第2話

 ★

「ぅわあああああっ!!??…あ、アレ?」


 目を開けると真っ白い空間だった。アキは真っ白い床に大の字で伸びていて、叫んだと同時に上半身を起こしたらしい。


「えー、これって…ええー」


 思い浮かんだのは死んだという事実や猿に襲われた事ではなかった。


 アキが好んで手に取る、空想の産物。


 今流行りの小説で良くある展開。


 そう、もしかしてひょっとするとここはアレか。


「ようこそ死すべき魂を持つものよ!妾の名は…そうだな、時の女神とでもしようか!」


 アレだった。


 これ見よがしに浮き上がったギラギラ光る魔方陣。


 その中心に悠然と立つ、白いフワフワのドレスを着た、ちょっと露出多めの女の子。


 大きな碧い目と長いツヤツヤした金髪は完璧過ぎる容姿だ。


「汝は死んだ。だが、本来汝は今死ぬべき時ではなかったのだ…」

「ちょ、ちょい待て待て待て。コレはアレだよな?典型的なアレ!」


 口を挟んだとたん、今まで優しい笑みだった時の女神サマが、物凄く不機嫌な顔になった。


「なんだ?妾は忙しいのだ。口を挟むんじゃない!」

「そりゃ忙しいでしょうとも!今の流行りだし」

「?なんの話だ?」


 怪訝な表情の時の女神サマは、今流行の設定を知らないらしい。


 ともかく、アキは盛大に溜息をついた。


「これってアレだろ?あまりにも不憫な死に方だったから、それなら異世界で新しい人生を与えようとか、死ぬのを先送りにしてやるから異世界を魔王から救えとか、なんかそんなアレだろ?」

「き、貴様、何故わかった!?」


 驚愕の表情を浮かべて時の女神サマは目を見開いた。そんな顔してもなあ…


 流行りだから。もうそれに尽きるわ。


 ゴホン、とやって時の女神サマが気を取り直したように言った。


「にわかに信じられぬが…汝は生き返れると、異世界で英雄になって美少女ハーレムができると…知っているのだな?」

「美少女ハーレムができるかはわかりませんけど。そんな感じなのはわかります」

「ならば話は早いな。早速転生の儀を…」

「待って待って待って!それだけはご勘弁を!!」


 アキは盛大に両腕と首を横に振った。時の女神サマがまたもや怪訝な顔をした。


「なんだ?嫌なのか?」


 こんどは盛大に首を縦に降る。


「…なんで?」


 あれ、と思ってアキは時の女神サマを見た。


 涙目だった。


「あ、えと、泣かす気はなかったんだけど…」

「なんで転生が嫌なのよおおおお!?」


 最初の登場とは打って変わって、時の女神サマは威厳もクソもなく碧い瞳に涙を浮かべている。口元がキュッと結ばれていて、これ以上涙が出ないように我慢しているらしい。


「だってありふれてるじゃないか!!それならいっそ死んでしまう方がいい!!で、生まれ変わったら今度こそ絶対に作家になる!!」


 決まった。という顔のアキ。思わずしてしまったガッツポーズがまたなんとも言えないダサさだけれど、とりあえず決まった。


「ふーん。なるほどね。じゃああんたの望み叶えてあげるわ」


 ガッツポーズのまま、一瞬耳を疑った。


「それってあんた自身が非日常を味わいたいってことでしょ?作家なんてほんとに読む人を楽しませようとおもってないでしょ、どうせ。自分が行きたいけど行けない世界を想像して、会えない生物やらありえないシチュエーションを妄想して、現実逃避してるだけだわ、どうせ」


 アキは目をパチパチして少女を見やる。足を組んで踏ん反り返って空中の見えない椅子に座っているのだが、最初と随分感じが違う。


 …もしや作家と何かあったのだろうか?


「まあ、言っていることは大体あってるけど。そりゃぼくだって非日常を味わってみたいし」


 たしかに言われた通り、アキだって小説の中の主人公みたいな胸が熱くなるような出会いであったり冒険だったり色恋だったりしてみたい。


 ただ、それは無理だから。


 アキはそれを仕事にして、作家として楽しい人生を生きたいと思っている。


 決して、けっっっして現実逃避ではない。


「じゃあ決まりね。あんたは自分で考えたような非現実的な事が望みなのね。はい、もう行っていいわ。さよなら」


 時の女神サマが心底面倒そうに片手を振った。野良猫を追い払うような感じで。


「行っていいってどこに!?って、地面が!!」


 急に地面が消えた、と思ったらものすごい勢いで落下する。


 ああああああああと自分の叫び声が反響する真っ黒い穴の中を、時の女神サマが覗き込んでいるのが見えた。


 その顔にはめちゃくちゃ腹が立つような、ニタァとした笑みが浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る