一度死んだら創造主になりました。
しーやん
第1話
「はあ…」
アキは思わず感嘆のため息を吐いた。手にしたライトノベルを名残惜しげにテーブルに置く。
改めて見る表紙の絵は、読み終わるとさらに愛着が湧くから不思議だ。
それはとある出版社から出版されたばかりの、なんとやらというレーベルで大賞を取った作品だった。帯が金ピカな上にデカデカと大賞受賞作なんてかいてあるんだから、そりゃ面白くないわけないと思ってついつい買って読んでしまうのだ。
そして味わうこの余韻。
主人公の冴えない少年が異世界に転生して、その世界のお姫様とラブコメしながら世界最強の騎士になる。という、どうしようもなくありふれた設定なのに。
完全に負けてる。悔しいけど悔しさなんて吹き飛ぶような爽快感。
この作品を書いた作者は、書き上げた後どんな気分だったのか。そして大賞を取り、自分の本が書店に並ぶ。
さぞ愉快な気分だろうなあ。
さらに振り込まれる大賞賞金を見て、さらには増える印税に、まさに勝ち組の気分に違いない。
「はあ…」
「あんた!勉強するんじゃないの!?しないならさっさと寝なさい!!」
ポカッと降って来た拳が脳天に直撃する。
痛いなあと振り返ると、母親が般若の形相でアキを睨みつけていた。
「またそんな下らないもの読んで。どうせ読むなら芥川賞とか直木賞とかにしなさいよ」
またか、とアキは思う。親世代はライトノベルの良さをわかっちゃいないわけですよ。
「そんな露出の多い女の子、お母さんは引いちゃうわー」
アキの手元にある本の表紙の少女を、まるで如何わしいものを見る目で一瞥した。一応その少女はこの話の中では由緒正しい家柄のお姫様で、母親が思っているよりは清楚で恥ずかしがり屋の設定なのだが。
フンと鼻をならすと母親はリビングを出ていった。
ライトノベルの面白さがわからん奴は人生損してる。
そうだ、ぼくだっていつかこんな話を書いて作家デビューして、親を見返してやる。
それがこの春高校に進学したばかりの、
☆
授業中はアキにとって貴重な創作活動の時間だ。
クソみたいに退屈な授業よりも、脳内に広がる、とても書き出せないくらいに広い異世界へ旅する方が有益だ。
机の下でスマホを持って、視線は教科書をチラチラしながら、時折ふむ、とわかったような顔で黒板を見る。
「ね、またやってる?」
後ろから背骨のあたりをつんとされて思わず振り向くと、後ろの席の
「見るなよ…恥ずかしいだろ」
「恥ずかしがってる場合かよ」
彼女は家が隣という典型的な関係で、高校デビューした茶髪の可愛い女子だ。可愛いけれど幼い時から知り過ぎているから、どうしたってラブコメ展開にはならない。泥だらけになって泥団子を投げつけられた記憶が鮮烈過ぎるから。
「アキは作家になるんでしょ?恥ずかしがってたらそれ読んでもらえないじゃん」
「そりゃそうだけどさぁ。有紗には絶対に読まれたくない」
スマホの画面を真っ黒にして、小説投稿サイトを見えなくする。ちょうど教師が私語をしているアキと有紗を睨みながら横を通って行った。
「なにそれ。まあいいや。どうせくだらない内容でしょ」
「う、地味に傷付くわ」
「異世界ものとか、転生ものとか、あんたの趣味は把握してるし」
だって人気あるじゃん、なんて言ったらまたバカにされるに決まっている。
前を向いて座り直したアキはスマホをポケットに突っ込んで、残りの授業時間を居眠りですごした。
授業も全て終わった放課後。創作活動の為に帰宅部を選んだアキは、お気に入りのライトノベル片手に田んぼだらけの田舎道を歩いていた。
部活がある為にほかの生徒はいない。
本を読みながらも、周りに誰もいないとどうしても次に何を書こうか、なんて考えてしまうから病気だ。
書き始めはこうしようか、主人公の設定は、名前って大事だよな、と思った途端なぜだかいつも嫌な気分になる。
なぜならこんなに悩ましいはずの名前なのに、アキの親は秋に産まれたからという理由だけで秋と付けたらしいのだ。
複雑だ。
実在しない世界の人間の名前はどうしてこんなにカッコいいのか。
かたや自分の名前ときたら実に安直。
だからアキの書く小説には良くあるカッコいい名前の登場人物が多い。アキラやら、クリスやら、サスケやら、ルフィやら…流石に悟空はないけど。
そうやってニヤニヤしながら道を歩いていると、田んぼ道に猿がいた。
突然だけれど、これは良くある光景だ。
ここは田舎なのだ。
中心にバカでかい、そんなとこにそんなもん置くなよ!というレベルの湖がある事で有名なあの県で。山に囲まれた盆地だから、必然的に野生動物も多くて田舎なところなのだ。
猿や鹿、猪だってクソほどいる。
だから猿に会ったら目を合わさずに、ぼくはなにも見てませんよと素通りする。これがセオリーだ。
だけどこの時、そんなセオリーは通じなかった。
パパーと突然クラクションが鳴った。後ろから猛スピードで田舎のベンツが近付いて来て、アキは慌てて田んぼに避けるハメになった。田舎道は車幅が自動車一台分しかない。
「あっぶねぇなぁもー」
軽トラックを田舎のベンツと言った奴は天才だと思う。
最悪なことに四月の田んぼは水浸しだ。足元でグチャグチャと嫌な音がしている。
クソ野朗!と心の中で毒づく。まあ、犠牲になったのは足だけだからまだ良かったかも。
しかし、最悪は立て続けに起こるものだ。小説の世界もそう。現実も、そう…
さっきのクラクションに驚いた猿が、アキを睨みつけていた。
ああ、目が合っちまった!
ウギャギャギギャグギャアアアとかまあよくわからない叫び声をあげた猿が、足を取られて動けないアキに襲いかかってきた。
終わった。
と、アキはなぜか冷静な頭で考えた。
この街で、消して少なくはない野生動物による死傷者に、まさか自分が含まれる日が来ようとは…
それはあっという間だ。野生動物は容赦してくれない。
アキは最期に、自分の頸動脈が噛み切られる感覚を味わって意識を手放した。
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