第1話 再会

 寒空の下、枯葉の散った校舎の中庭で、黒田あやは昼食を摂っていた。ほとんどの生徒たちが、暖房の効いた教室内で昼食時間を過ごしている中、何食わぬ顔で過ごしている。


 黒田は無表情で空を眺めながらゆっくりと弁当のおかずを口に運んでいる。

 

 そんな黒田の元に、他校の制服を着たピンクのロングヘアの女子生徒が、紙袋と水筒を持ち、満面の笑みを浮かべ中庭の入り口から駆け寄ってきた。



「こんな所にいたんですか!」


ピンクロングヘアの女子生徒が黒田の目の前に仁王立ちし、突然大声で話しかけていた。

声量に驚き、さすがの黒田も目を見開いて驚いていた。


「え?」


「 探したんですよ文さん。お久しぶりです! 桐山です。久々にこの街に戻って来ることができました。驚いたでしょう? あっ、隣いいですか?」



 桐山友子きりやまともこは興奮しながら早口で話しかけ、黒田をさらに困惑させていた。


「……どっ、どうぞ」


 黒田は動揺しながらも、自分の横に桐山が座れるように、一人分のスペースを空けた。


「あっ、感動の再会で驚いてますね?」


 桐山はニコリと笑うと、黒田の横に腰を下ろした。


「えっと、あの……」


 黒田が誰なのか尋ねようとするも言葉が出てこない。桐山はそんな黒田の反応を無視して会話を続けた。


「お昼はよくここで食べてるんですか?」


 桐山が黒田の顔を覗き込み、とびきりの笑顔で話す。


「えっ、あっ……はい。そうです」


 黒田は焦った表情で返事をする。桐山は黒田の弁当箱に目線を移した。


「たこさんウインナー、美味しそうですね!」


 お弁当箱を指差して桐山は笑った。


「あの……」

「はい?」

「なんで私の名前知ってるんですか?」

「え?」



「いや、えっとその、私、以前お会いしたことありますか?」


 黒田は緊張した面持ちで桐山に尋ねた。


「まーたまた!  文さん冗談キツイですよ。ボケが古すぎますって」


「ごめんなさい、本当にわからないんです」


「何ですかーもう!  ボケ続けるんですね! 分かりましたよ。改めまして、近所に住んでたピンクヘヤで有名な一個下のキュートで乙女な桐山友子ちゃんでっす 」


 黒田は、桐山を見て、悲しい表情で頭を下げた。


「ごめんなさい、私、その……中学三年生までの記憶が無くて、だから貴方……えと、桐山さんのことわからなくて」


「えっ? まだボケるんですか?」


 黒田は頭を下げ続けた。


「嘘嘘嘘、え? ガチですか?」


「本当に記憶が無いんです、ごめんなさい」


「そんな……」


「ごめんなさい」


桐山はポカンとした表情で言葉を詰まらせた。一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐに柔らかく笑った。黒田は下を向いたままで桐山の表情の変化を見ていない。


「そっか、知らない人から急に話しかけられちゃうとびっくりしますもんね、ごめんなさい」


 気まずい雰囲気になり、黒田も桐山も喋らなくなった。


 すると、桐山の長いピンクの髪が、風でふわりと広がった。蜂蜜のような甘い香りが二人の周りに漂う。


「いい香りですね」


 黒田は目を閉じて、甘い香りを吸い込んだ。




 桐山はそんな黒田を見て笑った。





「頑張ったんですよー! 転校してからいろいろと!」


「努力家なんですね。髪、綺麗です。ツヤツヤしてて、尊敬します。私は見た目通り、地味でメガネですから、貴方のようにキラキラしてませんよ」 


「文さんは地味じゃないです、可愛いですよ?」 


「ハハッ、そんなお世辞でも私は嬉しいです。ありがとうございます……桐山さん」


 苦笑しつつ、恐る恐る弁当を食べた。


「……記憶喪失、やはり本当なんですね」

「え?」

「いえ、何でもありません」


 紙袋の中から、ピンクと水色のファンシーな柄が特徴的な弁当箱を取り出した。


「中学生の時はよく文さんと一緒に、海岸近くの公園でお昼を食べてたんですよ」


「へぇ、そうなんですか……もしかしてすごく仲良しだったんでしょうか?私たち」


「そうですよ、周りが嫉妬するほど仲良しだったんです」


「そうだったんだ……。あの、桐山さん」


 黒田はまっすぐに桐山の目を見た。


「はい?」


「もし迷惑でなければ、あの……今日みたいにここで昼食を一緒にしませんか?」


「えっいいんですか? でも文さんは、私のこと覚えてないんですよね?」


「桐山さんは私の近所に住んでいたんですよね?」


「そうですよ」


「なら私のこと沢山知っていますよね?」


「もちろんです!」

 黒田は悲しい表情を浮かべて、空を見上げた。


「私……本当に何も覚えてないんです、どんなふうに生きてきたか知らないんです。ずっと不安で自分のことを自分が一番知らないんです。だから、私のことを沢山知っている桐山さんに教えて欲しいんです」


「いいんですか?!」


 桐山は黒田の両手を握りしめ、目を輝かせた。

 黒田は、桐山の喜ぶ姿に少し動揺してしまう。


「是非、お願いします」


「じゃあ、私からもお願いがあるんですが……」


「はい? 何でも言ってください」


 桐山はニヤリと笑い、ベンチから立ち上がった。黒田の前に跪くと、上目遣いでニコリと笑った。







「文さん! 私と付き合ってください!」







「えぇっ?!」

 突然の告白に黒田は驚いて立ち上がると、膝の上の弁当箱をベンチの下に落としてしまい、中の具材が地面に散らばった。


 黒田は慌てて散らばったものを回収していると、桐山は手伝う様子もなく、ただじっと黒田を見つめ笑っていたが、制服の袖で目を拭い始め、『目にゴミが入った』と言い、黒田が顔を上げたときには、すでに中庭の扉から出て行く桐山の背中だけしか捉えることが出来なかった。

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