8 cats 「出動」

 バンの中で助手席のメンバーが携帯を片手に後部座席を振り返る。

「譲渡先の人、連絡がつかなくて」

「押し掛けるよ」

 珍しく真剣な様子の真央に、メンバーも気を引き締める。

「契約書交わしてるからね。私達にはあの子を守る義務があるの。見つかるまで、何時間でも、何日でも探し続けるよ。……そうだよね?」

 葉介は唇を噛んだような表情で前を向いたまま答えない。

 真央はそんな葉介を一瞥しただけで助手席に身を乗り出した。

「さすがに虐待って事はないと思うけど。……脱走したのはいつからって言ってる?」

「それが……、一か月前からみたいで」

「一か月前!?」

 真央は車内に響くような素っ頓狂な声を上げた。

「それって譲渡してすぐじゃん! なんで今まで分からなかったの?」

「メールと写真は送られていたんですけどね」

 メンバーは表情を曇らせる。

 譲渡した猫はトライアル期間は毎日、正式譲渡した後もしばらくは定期報告が義務付けられている。

 これは面倒、厳しすぎるという意見もあるものの、多くの保護猫団体が施行している制度だ。

 猫は譲渡してしまえばもう何も分からない。

 虐待とまではいかなくても、まだ猫と一緒に暮らす事に慣れていない人もいる。

 元気がないとしても、病院へ連れて行った方が良いのかまでは判断できない場合もある。

 そんな時に様子を伝えてもらえればアドバイスをする事も出来る。

 時にはすぐに病院で診察を受けてください、と返答する場合もあるが、時間が取れない、お金がかかると都合がつかない場合もある。

 そういう時はメンバーが出動し、代行する等、手段を講じる事も出来る。

 診察の結果とその対応によっては譲渡した子を返してもらうように要求する事もある。

 強制する事はできなくとも、重篤な病気に対して適切に対応できないようでは、今後任せる事はできないと根気強く説得する事になる。

「トライアルの一週間はちゃんと写真が送られてたんですけどね。様子のお知らせがいつも同じ文面なのはまだいいとしても、送られてくる写真が全部同じ日に撮ったものみたいなんですよ」

 メンバーはスマフォを見せる。

「面倒がる人もいますから、それは仕方ないんですけど。たまには寝ている所なんかも送ってくれたら――みたいな文面を送ってみたら怒り出して。疑うんならもう送りませんって。その時は別に疑ったつもりはないんですけど……」

 中には脱走の事実を隠す人もいる。

 発覚する前に自分で探して連れ戻せればいい。

 しかし脱走は時間が経つにつれて連れ戻せる確率が劇的に減っていく。

 それを一人で、仕事を持ちながら、猫の習性についての知識も少ない中、自力で連れ戻せる可能性は低い。

 だから少しでも様子がおかしいと思えば、多少失礼でも猫の安否を確認する。

 脱走した時点で連絡をしてこない相手が、それですぐに認める事は少ない。

 契約書を交わしている以上責任問題になりかねないのだから分からなくもないのだが、それはあくまで人間の都合。

 見知らぬ場所の見知らぬ外へ放り出された猫は命が危ない状況にいるのだ。

 外の猫にも縄張りがある。

 突然現れた新参者がすぐ野良として生きていける事は少ない。

 自動車、人間、野良猫。そんな危険の中、じっと隠れて怯えて、弱っていくしかない。

「探しに行くって伝えたら断られました。遅くまで仕事で帰らないからって」

「ならそれまで周辺を捜索ね。一人家の前で帰りを待って、先方が戻ったら知らせて」

 テキパキと指示する真央に軽快な返事。

 こういう事態に慣れているようだが、葉介は強張った顔のままだ。

「力んでも事態は何も変わらないよ。今は力を抜いて温存。多分長丁場になるからね」

 真央は軽い調子でウインクする。

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