7 cats 「ミッシング」

『野良猫が増えるのは餌をやる人間がいるからだ』

 世間でよく言われている事だが、はたして本当にそうだろうか。

 ゴキブリやネズミも街中から民家のキッチンまで広く出没するが、それはどこかで餌をやる人間がいるからではない。

 同じように猫に餌をやる人間がいなくなっても、ゴミを漁り、鳥やネズミを捕って生き延びるだろう。

 そしてそれは猫をより害獣たらしめるかもしれないのだ。

 そうなってはもはや完全に駆除の対象とするよりほかなくなってしまう。

 しかし今いるノラ猫の大半は人間によって持ち込まれ、捨てられた猫達の子孫。

 紀元前より猫が存在したという説もあるが、ネズミ対策として輸入されたというのが定説だ。

 穀物をネズミの害から守り、寺の経典をかじるネズミを駆除する益獣としても重宝されてきた。

 世間のお父さんも、会社に貢献し、利益を出し、次世代を育て上げたにもかかわらず、用が無くなったからといってリストラされる事に納得はしないはずだ。

 古代より人と共存し、人類が今に至るまでに多大な貢献をしてきた猫に、用が無くなったからと捨て、害になるからと虐殺する。

 人間は昔から動物を利用して当たり前、それがどうしたと言う人もいるだろう。

 しかし過去、中世ヨーロッパ魔女狩りの時代には、魔女の手先だという迷信から多くの猫が虐殺された。

 その結果、猫を天敵とするネズミが大量発生し、ネズミを媒介とするペストが流行して数千万人が亡くなった。

 まさに天罰。因果応報。

『国の偉大さ、道徳的発展は、その国における動物の扱い方で判る』とガンジーも言っています。

「……っていう内容を絵本にしたらウケるんじゃない?」

「いいんじゃない」

 譲渡会場隅の休憩スペースに座り込んで熱弁を奮っていた真央に、葉介はスマホをいじりながら素っ気なく応えた。

 真央は特にメンバーというワケでもないのに休憩スペースにいる葉介に、蹴りを入れる真似をする。

「だけど、非難も来るんじゃないか?」

 そうよねぇ、と真央はぼやく。

「実際ガンジーが残した名言の中に、そんな言葉はないぞ」

「そうなの?」

「まあ残ってないだけで、そのくらいの事は言ったかもしれないが、証拠はないって話だ」

「そっか……、でも誰が言ったのかなんてどうでもよくない? この言葉自体は正しいと思うんだけど」

「まあ、論点のすり替えは非難の常套手段だ」

 知能の低い者に、立場が弱い者に、罪にならない相手に虐待してよいのなら、幼児にだって虐待してよい事になる。

 実際に動物虐待者が、幼児虐待に発展するケースは珍しくない。

 家庭内で起こる事は発覚しにくい上に、日本で幼児虐待で刑務所に入る事は極めて稀だ。

 望まれない子供を捨ててよいポストが設置されれば、本当に子供が入っているのが今の世の中なのだ。

 不幸な命を生まない為の方向性こそが大事なのであって、保護猫活動はその一環に過ぎない。

 皆が命を大切にという一つの方向に向かって一丸となる事こそが大事なのだが、何をするにも逆風が吹くものだ。

「動物保護を非難する連中の行動の先がオレには見えないな。家では子供を虐待していて『それが発覚した時に罪を軽くする為』くらいしか思いつかない」

 まあ、アンタの感想ならそうでしょうね……と真央は呆れ顔で呟く。

「結局は、お互い相手のやっている事の意味を正しく理解していないから平行線になるのよ」

 平行線で現実に衝突する機会が少ないため、それ以上歩み寄る事もない。

 豚と狼も一見相容れないようで、互いの獲物が違う為に一処ひとところに共存できる。

 だがお互いを理解する事はないし、小競り合いが無いわけでもない。お互い一所懸命生きていくしかない。

「私はか弱い子ブタちゃんだから、自分にできる事を精一杯やるしかないのよ」

「いや、逆だと思うぞ」

「何が?」

 なんでもない、と葉介は澄まし顔でスマホを眺める。

 若干納得のいかない真央だったが、「さあ休憩終わり!」と立ち上がり、近くにいたメンバーを捉まえる。

「目黒さん。この前のTNR現場でまだ捕まってない子、その後何か目撃情報あった?」

 テキパキと保留案件を消化していく真央だが、その合間に葉介が口を挟む。

「前から思ってたんだが、その呼び名って……」

「そうよ。本名じゃない。みんな住んでる所の地名があだ名になってる」

 もちろん同じ地域に住んでいる者もいる。

 その場合は早い者順で後から入ったメンバーが別のあだ名を与えられ、本名で呼ばれる者は極僅かである。

「捕獲や捜索はすぐに現地に行く必要があるから、住んでる区域が分かりやすい方が都合いいのよ」

 真央は後ろで忙しく動き回る男を振り返る。

「ね? 大田くん」

「僕、初めから大田ですよ。住んでるの千葉です」

「あれ? そうだっけ?」

 真央は目を泳がせる。

「もしかして、僕がやたらと大田区に呼び出されてたのって……」

「あ、電話だ!」

 真央は携帯を取り、これ見よがしな大声で応対する。

 わざとらしい声を出していた真央だったが、次第に真剣みを帯びてくる。電話が掛かっていたのは本当だったようだ。

 聞いては頷きを繰り返し、最後にすぐ行くと言って電話を切る。

「脱走よ。茶トラ。あなたが面倒を見てた子」

 真央は表情を硬くして葉介に言った。

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