第12話 普段温厚な人がキレたら恐いのは分かりきっている
「この家の娘は、人魚族なんだ」
スズメさんに問われた男は情けなく地面にへたり込んだまま口を開いた。そしてそこから零れた言葉に彼女は眉をピクリとさせる。
「じゃあお前らはその娘を薬にしてここで流行してる病気を治そうとしてたってことか?」
「ああ、そうだ」
「薬……?」
彼女の口から出てきた“薬”という言葉にクエスチョンマークが浮かんだ。人魚と薬に何の関係が。
そんな俺の様子にランが聞いたことない? と言う。
「人魚の肉は不老不死の妙薬だって」
「あるけど……流石に不老不死ってのはないと思ってた。人魚族ってけっこう伝説通りなんだな」
「まあ不老不死はあくまで伝説の域を出ないんだけどね」
彼はいかにも医者らしく話す。
「けど人魚族はその身体を構成する全て__肉は勿論、髪も血液もみんな何らかの薬になるんだ」
まじか、すげえ。
そう思いながら考える。ということは身体が薬になるってことはその娘を薬にするために
「殺そうとしてたってことか……?」
ぽろりと転がり出た俺の声に男が顔を上げて違う! と叫んだ。
「俺たちは身体のどこか一部、髪だけでもいいからくれって言ったんだ! それだけで十分薬になるってこの集落で昔から使われてきた医学書にそう書いてあった! だがあの母親は娘は薬にならないって言って家に引き籠もりやがったんだ!!」
その叫びに他の住民たちも便乗して口々に罵詈雑言を家に向かって放つ。よくもまあここまでと思うぐらいの内容だ。薬が欲しいという気持ちは分からんでもないが正直、フォローのしようもない。
「せっかくよそ者でも住まわせてやってるのに!」
「人魚のくせに、化け物のくせに生意気な口を叩くんじゃないわよ!」
「黙って娘を差し出せば悪いようにはしないって言ってやってるのに何様のつもりだ!」
「せっかく役立たずアンタたちのために役割をやろうってんのに! ありがたく思いなさいよ!」
胸くそ悪い。
広がる不快感と共に一つ分かったことがある。
この人たちは、この家に住む母娘を見下している。
それでいていざ困ったら利用しようと__いや、“使ってやろう”という体で接している。
ああ嫌だ、胸がムカムカする。
するとその時隣で盛大な舌打ちの音がした。そしてめっちゃ響いた。
怒気を孕んだそれに先程までのムカムカは何処かへと逃げ去り、ビビりながらそろりと見るとランが好き勝手言う住民たちに冷ややかな目を向けている。
何アレ恐い。顔がいい分余計恐い。
彼は目と同じように冷めきった声を投げ掛けた。
「一つ、いいですか」
その冷たさにうるさかった声が一瞬にして止む。周囲の気温が一気に下がった気がする。
おっかしいなー。ココが北の方とはいえ一応常夏の国マリテ、その上今夏なんだけどなー。
「貴方たちは“娘は”人魚族だと言いましたね」
「あ、ああ……」
「では“母親”は?」
「母親、は……」
ややあって「人間だ」と小さく返された声にランは呆れ返ったようにため息を吐いた。長い長い、ため息を。
それにさらに周りが寒くなる。いや寒い。寒いくらい恐い。
「責めるべきは母親ではなく、貴方たちの無知だ」
軽蔑を多分に含んだ声色。
怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる。コイツ怒ったらこんなふうになるんだ。
……こないだ間違えてランが大事にとってたお菓子食ったのがバレないように、帰ったら新しいの入れとこう。うん、そうしよう。
「身体が薬になるのは純血の人魚族だけです。ハーフマーメイドは薬にはなりません。お母さんはそう言ったんじゃあありませんか」
「……っ、そんな、デタラメだ! あの女が娘を出さないために言ったウソだ!」
「あと貴方が言ってた医学書、古いんじゃないんですか。人魚族の身体はどこでも万能薬になるって書いてるものなんて少なくとも30年は昔の本ですよ。こういう病気には人魚族の髪の毛は効きません」
さらさらと言葉を返すランに男が震える。その震えは、怒りから来ていた。
「このガキィ! 調子に乗りやがって!!」
男が立ち上がって彼に殴りかかろうとした時、俺やスズメさんがが反応するよりも早く大きな影が二人の間に入り込んだ。
『グルァッ!!!』
最終形態のルリだ。ルリは男に威力を抑えた水球を吐く。それでもかなりのパワーだが。
「ぎゃあっ!」
ひっくり返った男にルリはフンと鼻息を吐いた。主人を守る、素晴らしい竜の鑑である。きゃー、ルリさんカッコイイー!
「ありがとう、ルリ」
ルリをゆるりと撫でて、ランは突然現れた竜に後ずさりした住民たちに手袋を脱いだ右の手の甲を見せた。
「僕は協会の依頼で来た医者です。この集落の責任者に会わせてください。正直貴方たちのような人たちは嫌いですがこれでも医者。全員治します」
力強く言い切ったその声に彼らは逃げるように散っていった。
……おーい、吹っ飛ばされた奴置いてってるぞー。
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