第13話 幼少期でも女装は立派な黒歴史

 逃げて行った住民たちの後ろ姿を眺めてフンと鼻を鳴らしたランは今度はトントン、と優しく家の戸を叩いた。さっきとはえらい違いである。


「彼らは行きました。扉は開けなくても大丈夫ですがこれだけお聞きします」


 扉の向こうからは何も聞こえない。


「この家に患者はいますか? もしいれば治療します」


 沈黙。

 しばらく待つと、ガチャリと鍵の開く音の後に扉が細く開かれた。


「………………」


 出てきたのはメイと同じくらいの少女。ろくに食べていないのか、痩せこけているのが痛々しい。肩までのシルバーブロンドを揺らして不安げにランを見上げた。

 なるほど人魚族らしい人外じみた綺麗“過ぎる”顔立ちだ。そしてその首には魚のエラのようなものがある。水中で生活するためのものであろう。

 彼女は小さく口を動かす。


「おかあ、さんが……」


 か細いがそれでもよく聞こえる声は人魚族故か。

 その言葉にランはピリリとした緊張感を漂わせた。


「家に入っても?」


 黙ってコクリと頷いた彼女は招き入れるように戸をさらに開く。

 迷わず足を踏み入れたランに対して俺たちは入っていいのかとスズメさんと顔を見合わせて立ち止まっていると碧い瞳がこちらを捉えた。


「……入っていいよ」


 言う通りにそっと家の中に入る。後ろでバタンと扉が閉まる音がした。

 あまりジロジロ見るのも申し訳ないが家の中は否応がなしに全てが見えるほど狭い。壁際の小さなベッドでは女性が横たわり、苦しげな息を吐いている。


「あなた方、は……」

「僕は協会から来た医者です。あの二人は護衛兼助手。そしてこの子は相棒のルリです」


 俺たち、護衛の他に助手もすることになっていたのか……。

 今初めて知ったがとりあえず頷いておく。場の流れに合わせることは大事だ、変に棹させば余計な事が起こる。これは師匠との生活で得た経験則だ。

 ルリは紹介に合わせてお辞儀をした。いつの間にか第二形態になっている。


「まだここの責任者の方にお会いしていませんが先に貴女の治療をします。いいですね」


 有無を言わせない口調だが女性は口元をやわく微笑ませてええ、と小さく言う。存外豪胆な人なのかもしれない。俺だったら普通に戸惑う。

 するとランは素早く手を浄化魔術で清めながら指示を飛ばした。


「ルリ、水の用意を。アカリ君は僕の言う薬を鞄から出して。スズメさんは一応見張りをしていてくれないかな」

『ギャウ』

「わかった」

「任せな」


 言われた通りに各自動き始める。

 彼が女性に手を翳して魔力を流し込むように力むとブワリと魔法陣が展開された。それと共に女性の荒い呼吸が収まってくる。


「アカリ君、赤ラベルで手の平サイズの瓶と一番大きな瓶出して」


 指示通りに鞄の中をまさぐる。うわいっぱいでよくわかんねぇ……。これ全部ランが作ったのか……?

 とりあえず適当な瓶を取って聞いた。


「この“解毒”って書かれてるやつ?」

「……よく読めたね、テッラ語で書かれてるのに」


 驚いたような声はまあもっともだろう。

 和ノ国は三大国のように義務教育の制度はない。基本的に各家庭での教育だ。それで外国語を教える家庭はそう多くない。

 だが俺の場合実家が宿屋なので海外からのお客様のおもてなしもしなくちゃいけない。だからそこらへん__世界標準語と三大国の言語はしっかり叩き込まれているのだ。……和算とかはからっきしだけどな!! 土地の面積とか知るか!!

 そう言うと彼はほう、と息を吐いた。


「君の実家はけっこう国際的なんだね。あとそれじゃなくてもう一回りち小さな……」

「うーん、そうだったのかも……?和ノ国の人間より外国からのお客様が多い港町だったし。この“解熱”ってやつだな」

「へぇ……。うん、それで合ってる。ありがとう」


 彼に瓶を手渡してふと幼少期のことを思い出す。が、外国の男嫌いのお嬢様のために女装させられたことまで蘇ってきたので無心で作業をすることに従事した。

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