第7話 子供の成長ってこわい
「それでは」
一瞬浮かべた微笑みを消し、男性は一息ついた。
「貴方様の報告をお願い致します」
その言葉にランは変わりないよ、と返す。何度も繰り返され、まう飽きたと言いたげな声色である。
「いつもどおり薬作って売って……ってだけ。あとはこないだもルリに届けさせた手紙にも書いたように女の子に魔術を教えてる」
少し行儀悪くタルトを食べていたフォークを振って不満げに言った。
「ちょっと心配性が過ぎないかい?」
「自らの生きがいを全力で守ろうとして何が悪いのです?」
ぴしゃりと言い返されたランは片頬を膨らませる。男性は気にすることなくそれに、と続けた。
「あの刀を引っ提げている少年……。アカリ、と言いましたっけ。彼と親しくするのはあまりお勧めできません」
「……へぇ?」
片眉を上げたランは怒りを堪えるように次を促す。感情の無い声は彼について調べたのですが、と話した。
「彼の実家は和ノ国、タカドの大旅館です。彼は子供の頃からそこで手伝いをして育っています。宿泊客の中にも馴染みの者がいるようです。これがどういう意味か、お分かりでしょう」
「……アカリ君は田舎の宿屋って言ってたけど」
「謙遜も含んでいるでしょうがね……。タカドはある意味で隔離された場所です。あそこは人口も少ないですし、ある娯楽は殆どが大人向け。彼が人口が多くて面白い娯楽があるイコール都会と認識するのも無理はありません」
「………………」
「情報は、何処から洩れるか分からないのですよ」
黙り込んでしまったランに男性はため息をついた。グラスの縁を指先で撫でながら言う。
「ともかく、人付き合いはほどほどにしてくださいませ」
機嫌が悪い、というのをオーラのように発し始めたランに更に言おうとしたことを飲み込む。彼を不愉快にさせるようなことはしたくないし、正直あまり確証のないことでもあるからだ。
(アカリという少年の紅い瞳……。あれは血の色ではなく明らかに霊力の色だ。霊力が瞳に滲み出てるなんて、人であるはずがない、人でたまるか。得体の知れないモノと関わってほしくはないのだが、証拠がないしな……)
きっと今思っていることを言ってもランは取り合わないだろう。男性は念には念を入れる性格だが、ランはそのようにして自由を縛られるのを好まない。
そんな思案を男性がしているうちにランは立ち上がった。
「大丈夫だよ、うまくやってみせるさ」
きゅっと口角を持ち上げて微笑んで見せた顔を男性は初めて振り返り仰ぎ見る。
実はこの二人、言葉を交わすことは幾らかあれどこのようにして顔を見合わせるのは数年振りであった。
「……前より若返ってない? やっぱり僕より少し上にしか見えないよ、もう兄さんでいいじゃないか」
「もう三十路越えですよ、ご冗談はよしてください。私といたしましては貴方様に身長を越されたことの方がショックですが」
「いつまでも子供じゃないんだから。それ、頭に入れといてよ。……ルリ、行くよ」
代金を机に置いてから荷物を持ってじやあね、と歩いて行く後ろ姿を見送った男性は今日何度目かもう分からないため息を吐いた。
「前は俺の胸くらいまでしかなかったのに……」
子供の成長ってこわい。
小さな呟きはカフェのざわめきの中に消えた。
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