第3話 一人旅ってだけでも尊敬できる
コンコン、とドアが控えめに叩かれる。生肉の山が全て焼肉の山に変わった頃だ。
「おっ。ランのやつ、いいタイミングで来たな」
スズメさんがそう言いながら扉を開けると、案の定そこにいたのはランだった。彼は急いで来たのか少し息が上がっている。
「遅くなってごめんね。二人とも、おかえりなさい」
『キュイ!』
いつものようにへにゃりと笑ってお邪魔します、と部屋に入ってきたランは机の上の肉の山を見て目を瞬かせた。
当たり前だ。まさに天まで届けと言わんばかりに肉が積み上がっているのだから。
「……なにこれ」
いつも穏やかなものを含んでいる声が平坦なものになる。そんなに驚いたのかよ。
「何って……。肉」
「いやそれは分かってるんだけど……」
待てこの
しかし彼の様子はすぐに元通りになった。なんというか常に冷静たれという雰囲気は伊達じゃない。
「ごめんね。こんなに山になっているのは初めて見たものだから、驚きで思考が停止してしまっていたよ」
少しおどけたように肩をすくめたランにスズメさんがお前も食えよ、と串を差し出す。それを受け取ると彼は近くの椅子に腰かけた。一瞬かぶりつくのを躊躇したように見えたが意を決したように勢いよくいく。
「ん、美味しいね」
ちゃんとごくりと飲み込んでから声を漏らす。やっぱりこいつもしかしてどっかいいとこのご子息とかじゃねえの? お忍び旅? 海外遊学? 一人で?
…………………………。
めっちゃ立派じゃん!! 長いこと旅してるって言ってたけしつまりはそんだけ一人旅してるってことだろ!? あ、違った一人と一体か。それでも同じようなものだ。
なるほどそれなら彼が長く旅人をしているのにもかかわらず戦う術を持たないのもわかる。自衛くらいはできるだろうけど金を稼げる程ではないに違いない。きっとその訓練をする為の時間の全てを勉強にまわしていたんだ!
ラン……! そういう事だったのか……! 俺はお前のことを陰ながら応援するぞ……! 気付いてないふりだってするからな……!
「……なんだい、その目は」
怪訝そうに首を傾げた彼になんでもない、と言って話題を変える。
「そういやお前、協会の人に呼び止められてたんだって?」
「ああ、うん。その事なんだけどね」
彼が持っていた串を小皿に置いて口を開いた。少し困ったように眉を寄せている。
「ここから北の方にある集落で流行病が出たらしくて……。僕らは免疫を持ってる病気だからかかることはないんだけど、その地域の人たちはそれが無いらしくてね。治療に来てほしいって」
台所でメイと二人でざくろに野菜を焼いてもらっていたスズメさんが予想通り、という顔をする。ほう、やっぱりランはすごいな。ところで今度は野菜か。もう止めるのも諦めたけど。
「ちょーっと、ついて来てほしいなー……なんて」
「……は?」
一瞬話が読めずにそう返してしまった俺にランはいつもの人好きのする笑みを見せた。
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