第二章 人魚の宴

第1話 そりゃスズメさんはプロだし

 竜の巣の出来事から数カ月、紀元7014年夏。

 常夏の王国であるマリテではあまり季節を感じる機会はないが、市場の魚のラインナップが俺がこの国に来た春と比べて変わっているように思う。

 街の活気も相変わらずで、昼間の市場は人の濁流だ。


 俺はこの数カ月で多くの酒場のクエストをこなし、そこそこ実力に対する信頼はついてきた。そのおかげか最近では少々危険なものも受けられるようになったし、S級の冒険者であるスズメさんがついていれば一部の冒険者向けのクエストも受注可能になった。


「けっこうハードだったな……」


 そして今、俺はスズメさんの家の椅子に腰掛けている。つい先程彼女同行で受注していたクエストから帰ってきたところだ。


「まーでもA-エーマイナスランクの依頼だからな。あそこまで動けてただけでも上等」


 スズメさんは机を挟んで向かいの椅子に座って葉巻を吹かす。大量発生した凶暴モンスターの群れを討伐するという先の依頼では彼女もかなり動いていたはずだが、俺はぼろぼろなのに対して傷一つ無い。

 なんか心折れそう……。このシャツも何枚目だか……。

 俯くと自信を無くすなと言われた。


「まずこの短期間で旅人ランクをAまで上げただけでも十分凄いことだからな?」


 旅人ランクとは、冒険者ランクと同じようなものだ。冒険者と同じようにクエストを受けて旅費を稼ぐ旅人が旅人全体を占めるこの世の中。依頼の難易度に合わせて旅人もランク付けが行われている。

 ランクは最低でF、最高でS。AランクはSランクの少し手前だ。Aランクの次にAAランク、つまりはSランクの見習いになって、その次にSランクになる。これは冒険者ランクと同じだ。

 しかし旅人ランクの方がそれと比べて圧倒的に上がりやすく、簡単だ。それは冒険者はその全てが戦う術を持っているが、旅人はそうとは限らないからである。なので旅人ランクでAは大体冒険者ランクでCに当たる。


 俺は和ノ国を旅していた時は師匠の方針で旅人登録をしていなかったため、マリテに来てFからのスタートだった。

 そこから竜の巣の一件と数カ月の努力でAまで上げた。しかしそれでも冒険者向けの依頼は難しい。A-ランクの依頼はBランクからAランクに上がりたい者が受けるものだ。

 俺一人ではCランクまでの依頼しか受注は許されないがSランクの冒険者であるスズメさんが同行することによってA-ランクまでなら受けられる。


「うぅ……。でも俺けっこう自信あったんだけどなぁ……」


 師匠との修行は厳しかったし、苦しかった。怪我やら毒やらで普通に死にかけたことだって何度もある。

 そんな三年間を乗り越えたという自負があっただけにこんな天と地の差を見せつけられたら心にくる。


「こういう所で自分が広い世界ではどこらへんかっていうのを知るのは大事だぜ。あとは個人の得意不得意もあるしな。お前、群れ相手だったら結構手こずるけど強いの一体とかだったらすぐ片付けるだろ?」

「だってそいつだけに集中すればいいだけじゃん」

「じゃあその意識を一点だけじゃなくて周りにも向けるようにすればいい」

「それができりゃ苦労しないっての……」


 簡単に言う彼女をじろりと見る。取り敢えず場馴れしろ、数をこなせ、と笑われた。


「そういや、そろそろ来る頃じゃねえか?」

「ん? ……ああ」


 ふと思い出したように言われた言葉に頷く。するとちょうどその時玄関の扉が叩かれた。


「兄ちゃーん、スズメさーん。帰ってきたんでしょー? いるよねー?」

『ママー!』

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