第75話 迷子は母親を探す

 竜の巣から帰ってきて数日が経った。

 子竜はアスターに着いてすぐにハルイチさんに預け、彼らはそのまま大陸へと旅立った。子竜は俺と引き離されるのが分かったのかキューキュー鳴いて暴れていたのをなんとかなだめすかして眠ったところを渡したのだが、少し胸が痛む。

 俺が精霊に片足突っ込んでいるのもメイに言えていない。


 そんな中俺はしばらくここ、アスターを拠点にすることを決め、一時的な宿である酒場からスズメさんのツテを使って借りた部屋に移った。ランも一緒に隣の部屋を借りてたあたりちゃっかりしている。


 部屋は街の西側にあって、雑貨店などが立ち並ぶ静かな通りに面している建物の一室だ。元は冒険者協会が所有していた寮だったらしいが、今は俺たちのような長期滞在する旅人向けの貸家となっている。

 ベットと机、あとは椅子が一つ据え付けられており、部屋の一部をリフォームして作ったという台所とトイレと風呂もある(おかげで少し部屋は狭いが)。

 一人向けの部屋しかなく、メイと離れてしまったのが気がかりだがこんな好条件の部屋を格安で借りることが出来るのだから我慢することにしよう。


 そして今俺は酒場で何かクエストがないかを見ている。側にはメイとラン。大きな旅人用の依頼掲示板の前を行ったり来たりしながら手頃な依頼を探していた。


「酒場のクエストはそんなに受けたことがなかったから掲示板もよく見たことがなかったけど、こう見たら旅人向けのものだけでも色々あるんだねえ。魔物やモンスターの狩猟系から街のお店番……。あ、これ女装喫茶の繁盛期のヘルプだって。アカリ君これ似合いそうだから行ってみたら? 報酬も多いし君童顔だし」

「うるさいぞこら顔が成長に追いついていないだけだ!」

「それを童顔って言うんじゃ……」


 横から茶々を入れてくるランたちに言い返して、板の上の無数の紙に目を走らせる。

 そうしながら、ふとランに聞いてみた。竜の巣からの疑問だ。


「そういやさ、ラン。お前って何か旅してる目的とか、あるのか?」

「……僕の旅の目的?」


 そうだなあ、と目を伏せて、ぽつりと言った。


「……特に、目的は無いんだよね。やりたい事もないし、行きたい所も無いから。……強いて言うなら、どうだろう、自分探し? ……かなあ」

「……なんか……フクザツ、なんだな」


 ランの横顔からは何も表情が読み取れない。難しい事情があったりするのか。何か目的があるとばかり思っていた俺は少し意外に思う。

 すぐにパッと顔を上げた彼はニコリと笑って口を開いた。


「ところでアカリ君」

「なんだ?」

「あの子竜のことなんだけど……」


 内緒話をするように顔を近づけて声のトーンを下げる彼の声に耳を澄ませる。

 子竜のことなので真剣な話だろうと口を引き結んだ。


「どうやって産んだの? 医者としてちょっと興味が……」

「はっとばすぞ」


 まったくもって真剣な話じゃなかった。

 一発入れてやろうかと拳を握りしめたちょうどその時、酒場の受付嬢の声がした。


「すみません、そこの__ああ、刀をぶら下げている方」

「……? 俺、ですか?」


 振り返ると名前を確認され、是と答える。

 彼女は言伝です、と手元のメモに目を走らせた。


「ハルイチ、と名乗る方から『あのチビはそっちに行っていないか』という連絡がたった今入ったところです」

「ハルイチさんから…? チビ、ていうとあいつがどうかしたのか……!?」


 彼のその言葉を聞くに、子竜がいなくなったのだろう。

 となるとただでさえ珍しい種族である竜、それも子供がうろちょろしているということだ。

 普通に考えて、やばい。

 伝えてくれた受付嬢に礼を言い、メイをランに預けて俺は酒場を飛び出した。


 飛び出してまず向かったのは東の港。彼らがアスターから出たのはこの港からだからだ。しかし人混みを掻き分けて見回しても見当たらない。あの子竜だったら多分俺が近くに来たら霊力を感知して何かしらアクションを起こすはずだ。それが無いとなるとここにはおそらく、いない。

 次に走ったのは借りたての部屋までだ。子竜が俺の元に来るなら人混みに紛れて分かりづらくなっている俺の霊力を辿るよりもそれが濃く残っている所に来ると踏む。


 石畳を駆け抜けて、木製の扉を勢いよく開け、階段をドタドタと上る。

 そして角から二番目のドアの鍵穴にガチャガチャ鍵を突っ込んで開けた。


「いない……か?」


 入った部屋をざっと見回す。ぱっと見では何もいない……。


ガサッ


「っ!」


 布切れの音がしてその方を見る。

 そこはベッドの上で、暑いから脱いでそのまま放っていったジャケットがあった。

 それが少し膨らんで、端から見覚えのある紅い尻と尻尾が出ている。


「………………」


 黙ってそっと近寄る。

 するともぞもぞとジャケットが動いて、やがてひょこっと丸くて大きな黄玉色の瞳を持った顔が出てきた。


『ママー!』


 にぱーと笑うそいつにはぁぁ……とため息をついて座り込む。

 どうやら子竜とはもう少し長い付き合いになりそうだ。



第一章 大いなる海竜種 完

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