第74話 優しき炎
さらりと答えたハルイチさん。
それに待て待て待て、と入れる。
「いやそんなさらっとそんなこと言われても」
「事実だからな」
正直自分が人間じゃないと言われたことよりも驚き度は上だ。
この俺に抱えられながらもすよすよ寝てるこの子竜が? たしかになんか巨大化はしたけども。
「そいつは竜玉の間で、瘴気を吸収して一気に成竜にまで成長した。そして新たな竜玉が瘴気を払ったのと同時にまた幼竜にまで戻った。それはこいつが瘴気を栄養とする竜であるということだ。あの時魔力を視たが属性は火、闇だった。そしてこの竜はこの巣の竜ではない。これがどういうことか、わかるな?」
瘴気を栄養にして、闇の属性を持っている竜。棲息地は死の森。
……あ、なんか聞いたことある。昔船長がお土産で持ってきてくれた本に書いてあった気がする。たしかその名前は。
「死の竜、またの名をデス•ドラコ」
瘴気を力として翼は大木を包み込み、吐く炎はたちまち辺りを焦土へと帰す。紅蓮の身体に黒い魔力の筋で性格は獰猛。通称“死への案内人”。
けどこれは、
「大陸のおとぎ話じゃなかったか?」
子供が死の森に入ってしまわないように昔か言い伝えられてきた話のはずだ。死の竜は子供を死の森から遠ざける為の偶像で、空想の生き物だとその本には書かれていた。
「火の無いところに煙は立たぬと言うだろう。どんな空想上の生物にも“モデル”がいる」
そう言いながらハルイチは子竜の頭を撫でる。子竜は眠りながらも気持ちよさそうにその手にすり寄った。
「モデル……?」
首を傾げる。そんな俺を見て彼は説明を続けた。
「たしかに“死への案内人”はお前の言う通り空想上の生物だ。しかし、その元となった生物は今我らの目の前にいる」
「こいつ、が……?」
「そうだ」
俺の膝の上で寝こけている子竜はそんな物騒な渾名とは程遠く、小動物のように愛らしい。こいつが元だと言われてもあまりピンとこない。
「これはウラノスの大学レベルの話なのだが」
前置きをされて話を聞く。
ウラノスの大学レベルって普通に学会レベルの難しい話じゃないか。俺に分かるのか。
「こいつの正式な名は“スワヴィダフランマ”。優しき炎、という意味だ。
こいつは死の森で瘴気が結晶化し、そのおかげで一転して清らかな魔力の塊となったものから生まれる。そしてそれを死の森の精霊が育てる。この竜は名が示す通り穏やかで優しい性格で、成長すると親である精霊のよきパートナーとなるらしい。
恐らく時空が歪んだ際、運悪くこいつは魔力の塊状態で泉の近くにいたのだろう。吸い込まれるなりなんなりして最終的にこちらで孵化してしまった。その後親となる精霊を探していた時に精霊に“見える”お前を見つけ、親認定して懐いた、というところだな。
ものを言うようになったのは一度成竜になったからだろう。スワヴィダフランマはその誕生の稀有さから竜の中でも上位種だ。そこまで地位の高い種族なら他の種族との意思疎通も難しくはない」
つらつらと並べられる説明にくらくらする。うん、やっぱり分からない。
取り敢えず、と多分俺にとって一番重要であろう部分を確認した。
「俺はこいつに親認定されたから、育てないといけないのか?」
竜ってどうやって育てたらいいんだろう。人の子も育てたことないのに。
母さんに手紙とかで聞いてみるか……? 離乳食でいい……?
不安に思っているとハルイチさんはその必要はない、と首を振った。
「アスターに戻ったらその子竜は大陸の死の森まで連れて行く。そこで死の森の精霊に引き渡せば本来生きるべき場所で生きてゆかせることができる。それがこいつにとって一番だろう」
「そうか……」
安心するのと同時にもやりとする。たしかに子竜にとってはそれがベストだろう。
あどけない寝顔を見つめて黙り込んだ俺に彼はそろそろ戻るぞ、と言って立ち上がった。
「あまり引っ込んでいては心配されるからな。それに出航準備も整った頃だろう」
「ああ。……あのさ、ハルイチさん」
俺の声に立ち止まって振り返る彼。
「俺が人間じゃないって、メイ達に言った方がいいと思うか……?」
逆光でその表情はよく見えない。少しの沈黙の後、低い声が鼓膜を揺らした。
「それはお前の良心の征くままに判断しろ。伝えなくとも生きてはゆける」
それをゆっくり噛み砕いて、頷き、横穴を出る。
暗い中から明るいところに出たから一瞬視界が白く染まる。
砂浜の方から、メイが俺を呼ぶ声がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます