第73話 三百年前の英雄

「そんな……っ」


 頭が真っ白になって言葉を失う。ああそうか、だからハルイチそんは俺に教えるのを渋ったんだ。自分がヒトじゃなかったなんて、誰にとってもショッキングだ。

 しかし彼は安心しろ、と落ち着いた口調で言う。いやいや、自分が人間じゃない証拠を見せられて安心出来るか。


「お前の受けた“おまじない”について、一つ心当たりがある。昔家の書庫で読んだ書物に書いてあった」


 その言葉に顔を上げる。彼の黒い目がすぃ、と細められた。


「お前の霊力には若干森のそれと同じものが感じられる。そしてワーナーはお前が瘴気に弱いと思っていたようだな。あとは竜の長のあの言葉、お前にやたらと懐いているその子竜。

これらをふまえて、お前が受けた“おまじない”とやらは、“森の加護”であると考えられる」

「森の……加護……?」


 聞いたことがない。たしかに“おまじない”を受けた場所は森だけど、儀式的なものは何もした覚えがない。せいぜい魔獣に一晩中追いかけられたぐらいだ。

 “森の加護”というのは、とハルイチさんが話す。


「本来ならば森を護る精霊が上級精霊へと格上げされる際にその森の主__神霊から受けるものだ。受けると同時にその精霊司る"力"が与えられ、その"力"に応じた効果を付属する。例えば護りを司るのであれば結界の強化、浄化を司るのならばその精霊自体が浄化装置となる、というようにな。

そんな加護を経緯は知らんが人間であるお前が受けた。お前が司る力までは察知出来んかったが、加護の付属効果で精霊としての力の一部を得、人間と精霊のどちらでもありどちらでもない存在になってしまったと我は考える」


 それを聞いてふと疑問が湧き上がった。そんな中途半端にものになるんだったら、なんで師匠は“おまじない”と称して俺にそんなものを受けさせたんだ。分からない。


「……“おまじない”は師匠が受けさせたんだけど。なんでこんなことをしたのか、分かるか? ハルイチさん」


 彼は少し黙り込む。そしてぽろりと、口を開いた。


「死なせたく無かったのではないか、お前を」

「死なせたく無かった……?」


 ああ、と返される。


「霊術師は霊力を使い切ったらその次は命を削ることぐらいは霊術師ならばよく分かっているだろう。お前、三百年前の英雄が何故死んだのか、知っているか」


 三百年前の英雄。

 その名称にごくりと息を飲んだ。彼は三百年前にあった世界戦争の時、たった一人で和ノ国を守り、死んだ。和ノ国の人間ならば誰もが幼いころから聞かされてきた英雄譚だ。

 ……そういやそれの最後は『英雄は敵を殲滅した後、力尽きて死んだ』だったな。俺が知っている英雄譚は謂わばダイジェスト版で、詳しいところは知らない。

 黙って首を振るとハルイチさんが言う。


「英雄の死因は、霊力を使い果たした後に命を削り切ったからだ。我が家の書庫はあの英雄譚を物語ではなく歴史として扱っている書物があってな。我の祖先が書いたものらしいが、彼は英雄とも親しかったらしい。事細かに書かれていた」


 すると彼はふぅ、と息をつくとすらすらと言葉を紡ぎ出した。おそらく、彼が読んだその書物の一節をまとめたものだ。口を結んで聞き入る。


「『英雄は、刀を霊具とする霊術、舞刀術の使い手であった。舞刀術は和ノ国一の攻撃霊術。故にその霊力の消費も和ノ国一である。彼は少しでも霊力を補給すれば生きていたであろう。しかし敵の猛攻の中、そのような暇は無かった。よって英雄は霊力が底を尽きた後自らの命を削り、舞刀術を繰り出していたものと考える。だからその亡骸には大きな傷も痣も無く、霊力は枯れていたのだ』。……これでお前の師匠がお前を精霊もどきにしてまで加護を受けさせた理由が分かったか」


 彼の言葉になんとなく、と返した。


「霊力の消費が激しいから、霊力の貯蔵量と質を上げさせようとしたんだ、師匠は」


 おそらく正解だ、とハルイチさんが言う。


「ワーナーと竜の長はお前が森の精霊だと思ったのだろう。実際精霊は瘴気に弱いし、死の森にも精霊がいて、森を護ると共に瘴気をコントロールしているからな。その精霊たちは例外として瘴気に強いが、それ以外では普通の森の精霊と見分けがつかん。

竜の長が何故役目を果たさないのかと怒ったのも無理はない。死の森の瘴気が竜の巣に流れていたのだからな。声が聞こえたのもお前が“人ならざる”精霊としての特徴も持っていたからだ。

……質問される前に言っておくが我はこの察知の霊術、ベネットはマーフィーの一族だから聞こえた。ワーナーには聞けるもんなら自分で聞け。あいつはかなりそれに関してナイーブだ」


 質問しようとしたことも全部潰されてなんだか疑問が晴れてすっきりした。ワーナーさんのは……出会って数日の人間が聞いてもいいものではなさそうだから聞かないでおこう。

 じゃあ、と話に飽きてうとうととしていた子竜を抱え上げて見せた。


「こいつが懐いているのも、俺が加護を受けているからなのか?」


 彼はああ、と頷いて


「そいつは死の森に棲む竜だ」


 と、さらりと答えた。

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