第37話 森の奥で

 一歩進めるごとに瘴気が強くなる。瘴気が霧のように立ち込めて、ルリぎ払ってくれていても気味が悪い。


「これ、早く見つけないとアカバ君ヤバイと思うんだけどどう思う」

「考えるまでもなくそう思うよ……。僕たちがこの森に入ってからそろそろ一時間位、それからさらに一時間前にこの森にその子が入ったのなら瘴気の濃さとかにもよるけど保ってあと一、ニ時間あるかないかだ」

「なら急がねぇとなっ、と!」


 スズメさんが目の前に垂れて持ち上げるのも大変そうな太い蔓をバサリと切り落とす。蔓はどさり、と足元に落ちた。

 すると、それを見ていたランがあれ、と声を上げる。


「この木、毒樹どくじゅだ」


 切り口からポタポタと落ちる樹液がシュウシュウと煙を上げるのを目を見開いて見ながら呆然としたようにその蔓を持ち上げる彼。


「はぁ!? 毒樹どくじゅ!?」


 思わず声を上げてしまう。

 なんでこんな南国の美しい島にそんな瘴気を栄養にして育つ樹があるんだ。


「それだけじゃない、ここら一帯の木、全部毒樹どくじゅだ……」

「なっ、ウソだろ!? そんな前からここら辺は汚染されてたってことかよ!」


 彼のその口から溢れた言葉にスズメさんが信じられない、というように叫んだ。俺も正直叫びたい。

 普通の木なら瘴気に侵された時点で枯れてしまう。毒樹どくじゅがあるということは、それが芽吹いてここまで育つ程の間、瘴気があったということだ。

 でも


「そんだけ瘴気があったんなら、まず島の人間は知ってるだろうし、アカバ君も例外なく知ってると思うんだけどな……」


 俺の呟きを聞いたランはハッとしたように背負っていた鞄を地面に下ろして、そこから本を取り出す。物は丁寧に扱う性格である彼が鞄を手荒に扱っているということはそれだけ緊急の事だ。

 すごい勢いでそれを捲っていった彼の手が止まると、今度はなんで、という声が聞こえた。


「この毒樹どくじゅ、普通大陸の内陸部に生息する種類なのに、なんで海に囲まれたこの島にあるんだ……!? もう僕訳分かんない! アカリ君分かる!?」


 本を投げ出して頭を抱えるラン。って、お前に分からなかったら十中八九俺にも分からないからな。

 するとその時、スズメさんが突然声を上げた。


「静かにしろっ」

「「!?」」


 言われた通りに口を閉じると、何か音が聞こえてきた。これは……


「泣き声……?」

『キュイッ!』

「あっちの方だって!」


 ルリが一つ鳴いて飛んでいく。俺たちはそれを追いかけた。



 ルリが止まり、俺たちの足も止まった。

 辺りは先程まで歩いていたところよりも毒樹どくじゅが生い茂っている。だが、瘴気を吸収するそれが沢山あるおかげか、瘴気は幾分かマシで、空気もまだ浄化魔術が無くてもなんとかなるくらいだ。でもやっぱり少し気持ちが悪いが。


「ここら辺、だな」


 ここなら浄化魔術が使えない子供が逃げ込んでいてもおかしくはない。

 ポツリと呟くと、何処からか小さな声が聞こえた。


「だ、ぐすっ、れ……っ?」


 か細い、少年の声。今にも消えそうなそれにランが答える。


「……僕たちはアオバちゃんに頼まれて来たんだ。アカバ君……かな?」


 その声に何も聞こえなくなったと思ったらしばらくしてうん、という声が聞こえた。

 ランの大人びた柔らかな物腰は子供にもよく効くらしい。


「何処にいるか、教えてくれるかな?」

「ひくっ……。こ、こ……」


 その声が聞こえる方にランが歩み寄る。

 そして、しゃがみこんだかと思うと木の根辺りに空いた穴を覗き込んだ。


「ここだね」

「う、ぐすっ……」


 彼の肩越しに覗くと、アオバちゃんと同じくらいの男の子が穴の中で膝を抱えて座り込んでいた。



「あり、が、とござ、ま、す……」

「あーあー、落ち着いてから喋りな。ほら、お菓子」

「んむ……」


 しゃくり上げながらも話そうとするアカバ君の口にスズメさんが常備しているらしいお菓子を放り込む。その甘さに彼の頬が少し緩んだ気がした。

 しばらく彼女が背中をさすってやっていると、やっと落ち着いてきたらしく、アカバ君の口が開く。


「僕、川に仕掛けてた罠を取りに遊び場の方まで行ったんです」


 努めて冷静に話そうとしているがそれでもその手は小さく震えていて、見ていて痛ましい。


「けど、いつの間にか知らない所を歩いてて……。狼にも追いかけられて、必死に走って、あそこまで辿り着いたんです」

「そうか……」


 一瞬夜の森で魔獣から逃げ回った時のことを思い出して、一人でよく頑張ったな、と彼の頭を撫でる。すると安心したのかまたぼろぼろと涙を溢した。

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