第2話 もう一つの旅立ち
天風丸が出航したのと同じ頃、和ノ国の首都、
「…………動いたか」
一人の青年が、眼下に広がる海を見やった。
それから数時間後、和ノ国に向かって疾走する一隻の小型魔術船があった。
それを操るのは、見た目こそ成年していないような子供だが、瞳は歴戦の戦士のような青年。彼は波に当たって船体が跳ねようがお構いなしに船をとばしている。だが、それでも遅いと感じたのか、一緒に乗っている二人の青年のうち、人形のように整った顔の青年が叫んだ。
「アンディー! もう少し速くできないか!?」
アンディーと呼ばれたその青年は叫び返す。
「すみません王子! これ以上とばしたら船が保ちません!」
もうギリギリです、と続けるアンディーに海の王国マリテの第三王子、ベネディクト·マーフィーは歯噛みする。
それなら、ともう一人の青年、レナード·ワーナーは船が波を切る音に負けないように声を張り上げた。
「俺が保護の魔術をかけるんで、アンディーさんはもっととばしてください!」
もうすでに魔術式を展開させているレナードを見やって、アンディーことアンドレアス·レヴィは船の速度を上げた。
それから一時間後には、東城の門を叩く三人の姿があった。三人とも海水を被ってびしょ濡れだが、それに構っている暇もないらしい。
「マリテから来た! 話は通っているだろう、ここの次男に会わせろ!!」
ベネディクトが声を上げた。それにわかっていると言うように衛兵が門を開けるよりも先に内側から蹴り開けるように門が開き、そこから白いものが飛んでくる。キャッチしたベネディクトは、それがタオルだと気付くと同時に、親友の声を聞いた。
「焦らずとも我は逃げん。それよりも早く拭け。我が家の畳や床が痛むだろう、たわけが」
王子を相手にたわけと言い放ったこの青年は、和ノ国の将軍の次男、ミザクラ ハルイチだ。ベネディクトとは幼い頃からの幼馴染で、親友である。
彼は三人が慌てて身体を拭くのを見やりながら続ける。
「とうに例のあれは動いているぞ」
「っはぁ!? 動くっておま」
驚いて手が止まったベネディクトに手を動かせとぴしゃりとしたハルイチは詳しいことは中で話すと門の内側へ入っていく。慌てて拭き終えた三人も後を追いかけた。
ハルイチの部屋についた四人は床に座って、彼の出した地図を囲む。ハルイチは地図を指しながら説明する。
「昨日までこの山の辺りで動いていなかったのだがな……。今日の朝、急に気配が動いて、察知できなくなってしまった」
「察知できなくなったって、和ノ国の外に出たって事か?」
「ああ」
ハルイチは霊術師である。それも、察知特化型の。彼は自然の気の流れを利用して、和ノ国中の事象を察知することができる。
そんな彼が気をつけて察知していたのは、とある山の付近でずっと動いていなかった魔力の塊であった。察知出来なくなったということは、ベネディクトの言葉通り、彼の領域、つまり和ノ国を出た事を意味している。
「動いたっつーことは、誰かが持ち出しでもしたんですかねェ」
レナードの言葉にいや、とハルイチは首を振る。眉を顰めて、自分の考えを確かめるようにゆっくりと言った。
「恐らく、これは意思を持っている。……生き物なのかもしれない」
「それはまた……。どうして、そうお考えに?」
彼はそう訊いたアンドレアスにいい質問だ、と言う。
「昨夜からこいつの様子がおかしくてな。今朝、いなくなって確信した。こいつは
喜んでいる」
「「「喜ぶゥ?」」」
三人の声が重なった。ハルイチは続ける。
「魔力の動きがな、精霊や、それに準ずる者が喜んだ時の霊力のそれと同じなんだ」
それなら、とベネディクトが答えを言う。
「こいつは喜んで自分から動いた、もしくは動かされた、ということか」
頷くハルイチ。ベネディクトは更に言う。
「こいつが何処に行ったかわかるか? ハルイチ」
「…………なんとなく、推量の範囲を出ないがな」
とん、とハルイチは地図に指を乗せ、すう、と動かす。かさりと地図が音を立てた。
「今朝、この山の麓の町からマリテに船が出ていてな。多分、これに乗ったんだろう」
「俺らの国、か」
「……よし、引き返すぞ」
立ち上がった三人は、待て、という声に止まった。ハルイチだ。
「我も連れて行け」
はあ? と眉を顰めた親友に構うことなく、ハルイチは鞄を取り出し、徐に浴衣から動きやすい洋服に着替え始める。
「準備ならもうできている。なに、伊達に何年も察知し続けてはいないさ。少しは探す役に立つだろうよ。…………どうせ、将軍は兄上が継ぐんだ。そろそろ、好きに生きさせろ」
それを聞いたベネディクトは仕方ない、という風に、でも少し嬉しそうに頷いた。跡継ぎ云々の問題でこれまでずっと自分の家に引き篭もらざるを得なかった親友の行動的な言葉が彼をそうさせたのだ。
それを見たハルイチはジャケットを羽織ると、口角を上げる。
「さあ、世界を救う宝探しと洒落込もうじゃないか」
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