第3話 新たな友人
船に揺られて次の日の朝。存外近く、古くから交流のある和ノ国とマリテは、航路がしっかりと確立されているお陰ですぐに到着できる。
俺とメイは朝日を受けて輝くマリテの首都·アスターに目を輝かせ、これからこの地を巡るのだと胸を高鳴らせ、同時に初めての場所に少し不安にもなった。……のだが。
「ヘイそこのあんちゃん! これ買ってくかい!? 今朝捕れた新鮮な魚だよ!」
「こいつは南の方からの甘ぁいフルーツさ! 買っていきな!!」
「お兄さん、これ、綺麗だろう? どうだい、今ならなんと3000コリトで売ってあげるよ」
人が……多いッ!
その上市場の商人の熱気の強さ。和ノ国の
「兄ちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ……。メイ、お前こそ大丈夫か?」
ちょっと人酔いしかけていたところで聞こえてきた声にはっとした。そういえばメイはこんなに多くの人を見たことがない。ある程度の人混みは経験してきた俺でもこうなのだから、彼女はもっと大変だろう、と兄なりに気遣ったのだが。
「え? うん、だって人に気付かれないように魔術使ってるし」
「自分に使うならお兄ちゃんにも使って欲しかったなぁ!」
思わず先程の心配を投げ捨てて全力で返してしまった。
道理でメイには誰も声をかけないわけだよ! てかお前俺を人避けの盾に使ってるな!? 酷い……っ!
とあまりにもの虚しさによよ……と泣きそうになった。
それを見ていた船長がけらけらと笑う。
「ははは。メイは強かやなあ。ええ女になるでえ」
「ありがと、船長♡」
「お前なあ……っんむ」
その白々しさに怒る気にもなれずジト目で妹を見遣ると口に何かが突っ込まれた。飴だ。
「んなしかめっ面しなさんな。ほら、もうすぐ酒場やで」
飴を突っ込んだ張本人である船長は前方を指す。そこには、他の建物よりも一際大きな建物があった。
酒場という場所は、多くの人が集まる情報交換の場であり、クエストと呼ばれる仕事も集まる、金稼ぎの場でもある。
旅人にとって金が稼げて、宿屋も兼ねているここはなくてはならない場所だ。
ちなみにすぐそばに冒険者協会というものも併設されており、そちらは定住してクエストを受けることを生業とする冒険者達専用のクエストを受ける場所である。
別の地からやってきた旅人は、泊まるにしてもクエストを受けるにしてもまずは酒場の受付で旅人登録をする。そこから泊まるなら部屋を取り、クエストを受けるならクエストの受付で自分の力量や条件に合うものを探す。料理を頼んで他の人と話に花を咲かせるのもいい。
飯と情報と仕事。この全てが酒場には集まるのだ。
俺とメイが旅人登録を済ませて先に席に座っていた船長の元に戻ると、彼女は既に大量の料理を注文していた。一部がテーブルから落ちそうになっていたのでそれとなく押し戻す。
「おー! やっと来たか! さあ、座り座り!」
「船長…………」
「こんなに食べるのか……? あんたいくらなんでもこれ全部食べたら太るぞ……?」
こんな細っこい身体によく入るものだと思わず引くと、船長はあほかー! と怒鳴る。
「全部私の奢りやっちゅうねん! 流石に一人で食い切らんわ!」
その言葉に俺たちの目が光る。
奢り? 奢りって船長言いましたね今? 十代の耳は誤魔化せませんよ船長?
「え、まじ? これ全部船長の奢り?」
「そうや」
「このサラダも食べたい」
「ええよ」
「あ、デザートも付けて」
「もちろん、門出祝いやからな」
「「船長大好きっ!!」」
飛びついた俺たち兄妹を船長は豪快に笑って受け止める。
知ってたけど船長の力はやっぱり強くて、ちょっと俺の男としての尊厳がアレになって涙が出そうになる。
すると、その様子を見ていた周りの商人たちが集まってきた。
「お、ヤヨイちゃん、どしたのかね」
「お前一人っ子じゃなかったっけ? 妹と弟?」
ヤヨイ、というのは船長の名前である。彼女はいいや、と返す。
「よく寄ってる和ノ国の宿場町の……アレ、高戸のとこの兄妹や。昨日初めて国の外に出て、旅を始めたんよ」
それを聞いた商人たちはそりゃあめでたい! と沸いて、それならこれも食いな、あれも食いなとどんどん料理を持ってくる。
わぁい今日の朝飯は豪勢だなぁ! ……ちょっと待て、今酒も運ばれてきたぞ朝っぱらからなにしてんだ。まだ日も上りきってないぞ水辺線から出てきたところだぞ。おはようしたところだぞ。……ってこらメイどさくさに紛れて飲もうとするな! 前から憧れてたのは知ってるけどお前にはまだ早い!
俺が慌てて酒の入ったグラスを取り上げる前に別の手がメイからそれをひょい、と取る。
「こらこら、君のようなお嬢さんが飲むものじゃないよ」
上から降ってきた声に顔を上げると、俺と同じくらいの青年が微笑んでいた。
ちなみに顔がいい。とてもいい。なんなら声もいい。顔立ち的に大陸の方の方ですかねテッラですか外国の方はやっぱりイケメンが多いですね。
アカリ君泣いていい? いいよね?
「あっ、ラン! おったんか」
「久しぶり、ヤヨイさん。どうやら盛り上がっているみたいだけど?」
俺が手を伸ばしたまま硬直し、勝手に脳内で彼と自分を比較して泣きたくなっているのをよそに、ランというその青年は船長から俺たち兄妹のことを聞くと、へえ、と目を細める。
「僕の名前はラン。君たちと同じ旅人さ」
彼は俺と同い年で、やはり三大国の一つ、陸の帝国テッラの出身といった。船長とは数年前に別の国で出会ったらしい。
その物腰は柔らかで、気品さえも感じさせる。話もとてもおもしろく、船長も彼を気に入っている理由がよくわかった。
これで顔もいいんだから、さぞモテるだろうなぁ、と思って己のこれまでを振り返り、その中々に中々な灰色さに考えなかったことにした。家の手伝い漬けの次は旅で師匠にしごかれまくってたから……。春色の青春なんてなかったんや……。
今日一日で俺はどんだけハートブレイクしたら気が済むのかな!?
暫く談笑していると、俺の“
「君は刀使いなのかい?」
「ああ。前は和ノ国中を旅してたんだけど、その時に付いていた師匠が刀使いだったんだ」
これはその師匠に貰ったんだ。
そう言うと、ランはいいねえ、としみじみ言う。
「師と呼べる人がいるってのは、幸せなことだよ。……で、その人はどんな人なの?」
「……お前、興味あるの刀よりそっちだろ」
「えへへ、ばれた? で? で? どんな人?」
「そうだな…………」
う〜ん、と顎に手をやって頭の中で整理しながら話す。
まだ過去を省みて懐かしむような年齢ではないという自覚はあるが、師匠と旅をしてきた時のことを思い出すとあまりにも非日常で、ワクワクした。
強くなって女の子にモテそうなタイミングがあっても彼女に「私を超えてからそういう事はしろ」と邪魔され尽くしたせいでそれに関しては灰色だったが、全体として見れば充実した日々だったとくすりと笑ってしまう。
俺にとって師匠とは、全く訳のわからない、色々とブッ飛んだ人物だった。
見た目は俺よりも明らかに年下なのに、実際は俺よりも年上だった。年を聞いたらぶん殴られたから間違いない。二刀流の刀使いで、その実力はまさに一騎当千。凛と仁王立ちしていたかと思えば幼女のように甘いものにはしゃいだりする。とんでもない目に遭わされたのも一度や二度ではない。ぶん殴りたいこの笑顔、と拳を握りしめたことも一度や二度ではない。
それでも、世界で一番尊敬できる師匠だった。
そこまで話すとランはお気に召したようで、目をキラキラと輝かせる。
それは年相応青年の表情で、さっきまでの大人びた雰囲気とは違ってなんだか安心した。
「女刀使いか。かっこいいね、会ってみたいな」
「師匠とは俺が実家に帰るために別れて、それ以来音沙汰なしだからな……。今頃何処で何してるんだか」
そう言うと彼は残念、と眉を下げる。
その顔に、そんなに残念がるなよ、と肩をすくめた。
「どうせ縁があればまた会うだろうな」
「…………僕、君のそういう所、ほんと好ましいと思うよ」
「……そうか?」
「そうだよ」
突然の言葉に訳が分からず一瞬思考が止まるが、彼の口調的に、悪い意味ではないだろうと深く考えるのはやめた。
そうやって騒いでいると、いつの間にか日は昇りきり、お昼になっていた。
宴もそろそろお開き、ということで商人たちは手を振りながら自分の店なり船なりに戻っていく。随分と酒を飲んでいたが多分大丈夫なんだろう。きっと。それを眺めて、朝から少し騒ぎすぎたわあ、と船長が苦笑する。
俺も騒ぎ過ぎたなぁと小さく反省。成長には反省が大事って師匠言ってた。
いつの間にか胸のどこかにあった新たな場所への不安も何処かへ行ってしまったようで、晴れやかな気持ちである。
「私はそろそろ船に戻るけど、もう二人だけで大丈夫?」
「うん! ありがとう船長、ごちそうさま!」
「困ったらいつでも私の船に来るねんで、暫くアスターにおるつもりやから」
「ありがとう、色々と良くしてくれて」
彼女はええのええの、ほなまたなー、と笑って港へと歩いていった。それを見送って、俺とメイは顔を見合わせる。
「じゃあ……この後、どうする?」
「どうしよっか」
取り敢えず今日はそこら辺をぶらぶらするか、と話がまとまり。市場へと足を向けたその時、
グォアアアアアッ!!!
ドゴォォォン!!!
地鳴りのような大きな音が響き、港の方で火柱が上がった。
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