第5話 涙が俺の為に流れてくれるなら

 納屋に差し込む白矢のような朝陽が神流かんなを迎えてくれた。


「朝だ、ちゃんとした朝だ! 無事に帰って来れたな、ミホマさん達に朝食を作るか」


 意気揚々と納屋から出ると、上が気になるというか屋根の上に誰かが居るのが何故か見なくても解る。その方向を見上げると


『やっぱり旦那には、穏形の息が効かないのね』


 屋根の上にいる人物は、頭と顔を白いターバンで隠している、逆光で見辛いが腰に短刀を差していて軽装の斥候というか盗賊のように見える。


「山賊の仲間か?」


 神流かんなはスッと腰の鉈に手をかける。


『ちゃいますよ! あんなチンケな奴等と一緒にしないで下さいよ』


「何の用だ? 敵じゃないのか?」


『何の用って、旦那が崖下の川で悪魔を撃退したのを見て、その腕に一瞬で一目惚れですよ。敵どころか力になろうと思って付いてきたんですよ』


 誰が旦那だ、調子良い事を言ってるな。


「山賊の時に助けなかったくせに、それにそこの窓下の宝石を盗ろうとしてたんだろ」


『なっ何を仰いますやら違いますよ。それに単独で悪魔をブッチめる旦那に手助けとか、逆に失礼じゃないですか』


 ダーバンの盗賊は、しどろもどろで汗かいてる。


「バカッ人質も居たろ! 泥棒」


 盗賊がターバンを外した、年の頃は16~17歳位で目鼻立ちのくっきりした褐色の女だ。

 鳶色の瞳は大きく、真っ赤な髪は腰まであるポニーテールは編み込んであり風に揺れてから落ちる。


『泥棒だなんて人聞き悪い「トレジャーハンター」ですよ。アッチはレッド・ウィンド通称ハイドレディ以後お見知り置きを』


「……お前は俺に協力するんだよな?」


『モチロンですよ旦那♪』


「魚吊るすの手伝え」

 

『ハイッ! ヘッ?』


 ~*


 薄白げな朝陽が山小屋に穏やかにあたり反射している。


 開いた魚と紐を置いて中に食事を作りに戻り、昨日の残りのスープを温める。パンを小さく切りチーズを載せて軽く焼きスープに載せて持って行く。


「おはよう御座います。朝食を持って来ました」


 皆起きていた、ミホマは既に着替えており神流かんなのワイシャツは小さなテーブルにたたんで置いてあった。


『お早う御座いますカンナさん、まぁ朝食まで。上着は洗ってお返しします』


「イヤイヤいいですよ。冷めないうちにどうぞ」


 神流かんなは即効で、ワイシャツを掴んで脇に抱えた。


『ウマーッ!』『あ、パンとチーズだぁ』


「熱いからフーフーして食べるんだよ。あの、ミホマさん捕まえた盗賊や山賊はどうしてるんですか? 警察とか兵隊とか近くに居ますか?」


『街まで行かないと衛兵は居ないんです。犯罪人を連れて行くと治安報償金が国から貰えます』


「すいません食事中に変な事を聞いて」


 謝罪してから部屋を出る。


 神流かんなは食事を済ませ、ワイシャツと食事を載せたお盆を持って外に出る。

裏手に歩いて回ると軒下で魚を吊るすレッド・ウィンドが見えてきた。


『何が悲しくて、要塞城下街で有名なレッドの姐さんが魚仕事なんてしてるの? 魚の臭いが、取れなくなったらどうすんのよ』


 神流かんなに負けない愚痴り加減だ、近づいて行くと憮然と顔を向けて主張する。


『全部吊しやしたよ、コレで信用してくれますよね』


 ホッペタが膨らんでいる、ポーカーフェイスを知らないのか?


 神流かんなは、お盆に載せた食事を差し出す。


「食べろ、食事だ」


 神流かんなは魚の干物から距離を離して、洗ったワイシャツを庇に干した。


『これウメッこれうめぇですね。旦那』


 あぐらをかいている、スプーンを全握りだし顔を汚し過ぎだ、手を舐めるな。


 レッド・ウィンドは盛大に食べ散らかして、満足して食事を終える。


『御馳走様でした。で、で? 実際のところ旦那は何者なんですか?』


「俺も解らないが、名前は神流かんなだ」


『ハァ?』


「記憶を失って倒れて、この家で世話になってる旅人だ、RPGならこんな感じだろ」


『何を言ってるんすか? 本当に…もういいですよ』


 マトモに答えない神流かんなに対して、レッド・ウィンドはあぐらをかいたまま座り膨れている。


「じゃあ聞くが、お前は何やってたんだ? ずっと泥棒か? それとあの崖下の川で何をやっていた?」


『違いますよ! アッチは永久要塞クワトロの城下町アグアで裏の依頼を受けて生計を立ててました』


「裏の依頼? 強盗や殺しか?」


 神流かんなの顔が少し不機嫌になる。


 感情を抑制しきれない、神流かんなは社会人としては二流だろう。


『殺しなんて受けて無いですよ。ちゃんと「情報屋ハイド」として、浮気の調査とか近衛兵や貴族の身辺調査とか迷子の探索とか色々と大変でしたマル』


 調査が多いな探偵みたいなものか、街に居ないで何で崖下の川に居たかもう一度レッドに聞く。


『最近衛兵がうるさくて仕事が薄くて……』


 レッドの歯切れは悪い。


『悪魔が棲むあの川が、調度、守護竜の結界からはみ出ていてるのに行く奴がいると聞いて』


『魔獣や悪魔にやられた奴等に高値で薬草や薬を売ったり、救助伝令の代価を貰ったり、高価な遺品を拾おうと思って見張ってたら、旦那が死なずに悪魔をやっつけちまったんですよ』


 なんだ、その色々引っ掛かる話は。だから簡単に川には行けないのか命懸けなのか………。


『で、旦那はこれからどうするんですか?』


 真っ赤な髪を揺らし太陽の光を反射する鳶色の瞳で、泥棒は遠慮なく興味津々で聞いてきた。


 神流かんなは素直に答える。


「山賊を捕まえたろ? 殺す訳にも逃がす訳にも行かないから街まで連れていこうかなと思ってる、1番近い街は何処だ?」


『えぇ!? 此所から連れて行くんすか?』


「いいから話せ」


『1番近いのは北東の鉱山都市ベルトラムで順調にいけば2日で着きます』


 2日か近いのに結構かかるな、旅路の詳細を聞かなくても不安しかない。


 思案してる神流かんなを、よそにレッド・ウィンドは更に続ける。


『けど鉱山なんで、鉱夫や炭鉱夫が住む為の街なんで何も無いですよ。鋼材や宝石の原石とか魔石の買い付け以外で、行く人は居ないですよ。関税も取られるし』


 金か、そういえば俺の財布は何処にも無かった。此所じゃ使えるか解らないが、使えなくても持ってるだけで心にゆとりを持てたのに……聞いておくか、どんな流通貨幣があるのかを


「お前は、お金を持ってるのか?」


『何ですか? 突然に…………持ってますよ』


「取らないから、出して見せてくれないか」


『取らないで下さいよ! 約束しましたからね!』


 レッドは気が進まなそうに、布の財布を懐から出して紐を解いて中の硬貨を並べた。落ち着かない様子で赤い髪を弄っている、取られないか不安なのだろう。


 黒っぽくデカめの硬貨が18枚、銅の大小の硬貨が各10枚、銀の小硬貨が4枚、中の銀貨1枚だ後は砂金が何粒かと綺麗な石が数個あった。


「金銭のとこの記憶が飛んでるから、大体の価値を教えてくれ」


『何ですか? その飛びかた? えっとですね、えっとですねえ』


 算数の説明は苦手なようだ。要するに

 

 鉄貨は、

 10個で小銅貨、50個で中銅貨、

 100個で大銅貨になり

 大銅貨は10枚で小銀貨

 小銀貨2枚で中銀貨

 中銀貨10枚で金貨


 金貨1枚=鉄貨2万枚か、鉄貨は100枚までしか使えなくて屋台で1食鉄貨十数枚で済むらしい。


 鉄は偽造しやすいしな屋台に行ってみたい。


 石や砂金は小さい時に父親から貰ったもので、金銭が切れたり相場の変化時に使うかも知れないからと所持しているとのこと。


「話が反れたが、簡単には行けなさそうだな……」


『そうっすよ! 山賊なんか報償金は少なくなるけど首だけ持ってくのが普通ですよ』


 顔を近付けて熱心に助言してくる、離れろ。


『仮に途中で山賊が死んだら結局死体を運ぶんですよ。衛兵に渡しても中に入るには小銅貨2枚入りますよ。あんなの首はねた方が早いですよ旦那』


 想像以上に正論だ。異世界の世界観なんだろうけど簡単に殺せというコイツの主張に付いていけない。大事な事は自分の心の声に従おう。


「チョッと考える、お前に山賊と周囲の見張りを任せていいか?」


『ハイッ旦那は?』


「少ししたら、チョッと出掛けてくる」


 神流かんなは山小屋に戻り、ミホマさん達と会話に花を咲かせた後、散歩に行くと告げて外に出掛けた。


 川に近づかないようにして、代わり映えなく鬱蒼とする林の奥に行き、周囲を見渡してから神流かんなは静かに口を開く。


「聞こえてんだろ扉を開け」


 神流かんなの目の前に、妖しく揺らぐシジルゲートが浮かんだ。


 ー ー ー ー ー ー ー*


「色々と御世話になりました」


神流かんなは満身の笑顔でお別れをする。


「ミホマさんお元気で、マホとマウも健康で元気でいるんだよ」


 5日目の朝に旅立つ事になった。


 旅立ちの朝は淡く白い光が降り注いだように明るかった、山小屋の倉庫には採って来た沢山の果実と魚が積んである。


『カンナ~ねぇ行かないで~』

『又来てね約束だよカンナさん』

『カンナさん……こそ御元気で身体にお気を付けて旅の御無事をいつまでも御祈りします』


 みんな涙でグシャグシャだ。


 つられたように神流かんなも涙ぐんだ。


 こんな感情が俺にも、あったんだと自分でも驚いている。


『ゲッゲッ旦那様行ってらっしゃいませぃ任せてくだせぇ御家族は命に代えても守って見せますぜ』

『旦那様オラ頑張って耕す頑張って運ぶ頑張って吊るす頑張って戦う』


「グリル、ドズル頑張ったな、あとは頼むぞ!」


『『はい、旦那様』』 


 グリルとドズルは、深々と頭を下げる。


「そろそろ出発しようかレッド」


『ハイッ旦那、何処までも』


 ミホマさん達に手を振る、沸き上がる涙の衝動をかき消すかのように……。


 たった数日だが慣れ親しんだ、この山小屋にまた必ず戻って来ることを、神流かんなは胸に誓っていた。


 朝陽の光が山間から、2人の背中を押すように溢れていく。


 神流かんなはレッド・ウィンドと永久要塞クワトロに向けて熱い想いを胸に旅立った。




 朝日を反射させる親指の指輪は力強い黄金の輝きを魅せていた。

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