第4話 黒焦げの悪魔

 月光が強まり蒼白く幻想的に2人を照らす。


 窓から差す月明かりを優しく浴び、死んだように寝息を立てるミホマに神流はワイシャツを掛けて抱き抱えた。

 ぐったりとして寝息をたてるミホマを部屋まで運び元旦那のベッドの上に静かに寝かせてからシーツをかける。


 俺のお返しの前戯のせいでミホマさんの少ない体力が無くなり気を失うように寝てしまったようだ。


 神流かんなは居た堪れなくなり外に出て星が散りばめられた広大な夜空を見上げ、自分の存在の小ささを改めて感じ反省する。


「敏感過ぎるんだよ。だから童貞仕様だって言ったじゃん……」


「社会人として断れない事など山程あったはずだ。若さゆえの結果で決して失態ではない」


 神流は馬達に話し掛ける、多分解って貰えた大きい目がそうだと言っている。知らない人が見たら勘違いするくらい真剣に話した、友情の証に水をやりたてがみを撫でる。 


 ホントは奴等を納屋から出して同志を納屋に入れてやりたいが奴等を外に出してると山賊の仲間が助けに来る可能性がある。

 納屋が空かないと色々と困るだろう明日ミホマさんに警察とか有るのか聞こうと思う奴等には留置場がお似合いだ。


 山小屋に戻るのが気恥ずかしい神流は見張りも兼ねて納屋で寝る事にした。 

 気の抜けた神流が納屋の中に入ると壁際の暗がりに見覚えのある扉が静かにそして鮮明に妖しい存在を誇示して浮かんでいた。



「……何で此処に」



  納屋の内壁の中空に家のドアの前に出現した骸骨と天秤が掛け合わされた不気味な紋様の透ける扉が海月のように揺らめき浮かんでいる。


 見ているだけで背筋に緊張が張り付いていく、血が脈打ち心拍数が急激に上がっていくのが鼓膜にまで伝わる、身がすくみ不安が煽られて炎のように拡散される。しかし神流かんなの意識はハッキリしている、神流かんなを心の底から震撼させた青い山羊悪魔を撃破し乗り越えた事により恐怖に耐性が生まれていた。 


 神流かんなは冷や汗が流れる首を袖で拭き、血流の増加した心臓の上を押さえて鼓動を鎮めた、扉の様子を無言で伺っていると何かが聴こえてくるのが解った。


「コッチ……チ」「……コッ…チ」


 囁くように何か聴こえてくる聴こえ方がおかしい、耳を塞いでも聴こえてくる中で神流かんなは気付いた。


 音源は頭の中だった、不気味な声が頭蓋骨の中で反響している。毎度の事だが嫌な予感がしてくる俺の予感はよく当たる。 


 神流かんなは、そーっと起こさないように忍び足で山小屋に戻った人生はままならない。


 念のため台所から塩だけ持って来た、十字架やニンニクは見当たら無かった、活躍中の鉈はしっかりと腰に下げている、こういう時には準備しろと孫子が書いてた筈だ。


 装備を整え納屋に戻って来たが不気味な扉は健在だ、扉は沈黙する事で逆に存在を主張し続けている。


 神流かんなは扉を鉈で一刀両断にしたい衝動に駆られるが自重する、中に居る奴と対峙するという決意めいたものが沸いて来ていたからだ。必要有らばこの不思議な鉈で……。


「何処の誰か知らないが御指名は間違いなく俺なんだろ? 恩人のミホマさん達にまで万が一の危険が及ぶのを防ぐんだ、頭の中に響くキモい声も消えないと結局困るしな。大体「助けて~」とか「誰か~」じゃなくて「コッチ」て俺は子犬か?」


 静寂の中、頭に響く声だけが聴こえる。


 神流かんなは横目で山賊を確認すると消耗仕切って寝ていた。不自然に少し縮んだようにも見えたが人殺しに同情の余地は無い。 神流が決めた新しい世界での固定ルールだ。


 自分の恐怖を誤魔化しながら鉈で扉を触ってみる、空気のように感触が無く何も反応しない。


 訝しげに神流かんなは人指し指でつつこうと触れた途端に滑り込むように一瞬で指から引き込まれた。


 納屋の内壁、もうそこには扉は無かった。


「ビックリした、罠だったら俺はただのアホだよ大体あんな不気味な扉に自分から入れる奴が何処に居るんだよ俺の勇気を称賛するわ、中には最先端のLEDとかつけとけよ」


「…ッチに……」「け………して」「………」


 呼ぶような声が絶え絶えに続き、頭の内周に沿って響き続ける。まるで拷問のように無断で頭の中にスピーカーが置かれてしまった錯覚さえ感じる。


「気持ち悪い声だなサダコさんかよ、いつもの俺なら無言放置で帰って酒飲んでホロ酔いになったとこで寝てるよ。幽霊や呪いの類いは信じて無かったんだけどな……確かめなければならない事があるから行くそれだけ」


 塩の袋を握りしめ勇気を確認したが神流かんなの溜め息が止まらない、溜め息の海に沈みそうだ。光のない空間を声の方向にただ進む、何も見えないから戻ることは既に出来ない。 


 これこそが地獄ではないのか? 冒険や探検という部類に入るのだろうか、中で死んだら誰にも死んだ事さえ伝わらない。


 不安が臨界点を越えて爆発しそうになった神流かんなは自分から頭の声に話し掛けてみる。


「何故俺を呼ぶんだ! 俺で良いのか? お化けか地縛霊なのか俺は信じてないけど本当に幽霊やゴーストが存在してるのか?」


 ーーやはり返事はない。呼ぶ声は絶えず聞こえてくる進むしかなく道は無く、闇の中を警戒しながら不安と恐怖に支配されないように歩いて行く。

 永遠にも感じた暗闇の奥に仄かな明かりが見えてきた。戸惑いつつもそれを頼りにそのまま進みようやく辿り着いた。


 其処にあったのは暗闇の中で爛々とした炎を糸のように虚空へ巻き上げる巨大な蝋燭だった。その蝋燭が円周状に置かれ円の中心には青白い炎に包まれている戦車が佇んでいた。

 唯唯異様さを見せ付けるオブジェだ。


「オイまさか、そこの下敷きになってるのか?」


 下から声が聞こえてくるのが解り神流かんなは屈んで覗こうとすると一瞬炎が揺らいだ。


 燃える戦車の下からハッキリした声が聞こえた。


『僕は、堕天使べリアル。君と契約を交わし仕える事が決まっている』


 普段使うことがまるでの無い堕天使の意味が解らない、べリアルって中ボス的なアレじゃないのか……アレの何処が天使?


「潰されてるのに随分と格好良い台詞を言うんだな、取り敢えず質問していいか? あの扉とこの指輪は全部お前の仕業か? 俺を呼んだのがお前で合ってるか?」


『そうだ君に足を運んでもらい契約を交わすためべリアルリングでシジルゲートを開いた』


「……目的はそれだけなのか」


『そうだ僕は封印を解いて貰い契約を交わし君に仕えたい』


 巨大な蝋燭の紅の炎が風もないのに揺らぎ巻き上がり存在証明を果たしていた。神流は不気味な扉を潜り此処まで来てでも聞きたかった事を質問をする。


「……この世界に俺を飛ばしたのもお前か?」


『僕ではない』


「じゃあ俺が元の世界に帰る方法は知っているか?」


『僕は知らない』


「そうか」


 誰が俺をこの世界に……? 悪魔が焼かれ続けてるのは可哀想にも見えるが問題はそこじゃない。


「契約してどうするんだよ? 何がしたいんだ?」


『契約する事だけが僕の目的だ、君にも目的が有る』


「そんなもん無えよ、勘弁してくれよ、命や寿命の交換条件とかは普通に嫌だ。デメリットしかねぇ」


『交換など無い、君は指輪を集めなければならない』


「これ以上要らねえよ、邪魔だから逆に取ってくれよ」


 神流かんなは指輪の付いた両手をブラブラする。


『嫌でも君は集めなければならないだろう』


「何でだよ?」 


『封印を解いてくれたら教えよう』


「何だよその詐欺師みたいな交換条件」


 神流は更に続ける。


「仮にお前を助けれたとしても火を吐いたりトライデント的な槍で人間を殺すんだろ? そういうのは人として無理だから」


『誤解しないでもらいたい、この状態でも遣わされてる身でね人形を殺すのは禁則事項に指定されてる』


「何処の会社員か教えてくれ、誤解も何も信用度がゼロだよ現在進行形でな、残念だが今回は諦める方向にしてくれ」


『僕は既に少ない魔力を削って君に助力している、心当たり位は有るだろう』


 神流はドキッとして顔に動揺の色が浮かんだ、一応の確認をする。


「……悪魔の時のアレとか?」


『そうだ』


 完全に心当たりがあった。


「山賊達の退治のもか」


『そうだ他にも色々と有るがそのお陰でシジルゲートを繋ぐ魔力を指輪から溜めるのに時間がかかってしまった』


 心当たりが有りすぎて困ったぞ契約とかマジで嫌なんだが助けるだけじゃ駄目かな? ここで逃げるのはマズイか待てよ、指輪から?


「指輪から魔力を溜めるってどういう意味何だ」


『そのままさ回復できる魔力もあれば、外部からべリアルリングを媒介にして補給する事をいう、僕は今の状態だと回復に時間がかかるから後者だ』


「それは何処からだ?」


『君の周囲にいた人形の生気、殺した獣の魂、滅した悪魔の魔元素で君への助力で足りなくなってしまった魔力を補った』


 指輪が吸い込んでいたアレだ!


 ミホマ、マホ、マウから生気を抜いていたと解ると血液の温度がグングン上がっていき、こめかみの血管が浮き出る。神流かんなは怒りを隠さずにべリアルに怒鳴る。


「クソ悪魔2度と俺の家族や知り合いの生気を吸うな! 危害を加えないと約束しろ! それが守れないなら話は無しだ!」


『解った家族に危害を加えはしない』


「それとその「人形」ていうのが「人間」の事ならややこしいから人間と言え、あと世界を火の海に的なのもダメだ」


「今俺が言った全部を1000%守るなら、仕方なく何となく嫌々契約だけならしてやる」


『約束しよう、早急に僕の上に有るインドラの結界を破壊して戦車をどかして欲しい』


 あっさり了承され逆に要求される肩透かし状態だ。


「あのなぁ学生状態の人間の俺が、結界なんていう物の割り方を知るわけ無いだろ。戦車も燃え上がってるし、動かす処か触れただけで火傷して俺が燃え尽きるわ」


『フッ笑うのは失礼かな、手をかざし触れる。ただそれだけしてくれればいい難しい事ではない』


 簡単じゃない事を簡単に言う嫌われる上司の典型だ顔を見なくても冷笑しているイメージが伝わってくる。


「オイ若干バカにしてるの解るぞ、勇気が……ハァ触りゃいいんだろ! 死ぬほど感謝しやがれ!」


 ヤケになり神流が戦車に触れようとすると手前で温かい何かに触れて止まる、少し遅れて触れてる何かが飴のように砕けそのまま燃える戦車に手を触れるが熱さを感じる事は無かった。


 触れる直前から戦車は少しずつ動き始めていて難なく移動する事が出来た。戦車のあった場所から燃え尽き炭化している黒焦げの人影が立ち上がった。


「これが黒焦げモンスターのべリアルか?」


『僕はモンスター等では無い』


 ベリアルが強く抗議してくる。


『僕はルシファーの次に神に創造されし熾天使であり

 天上にあってはミカエルよりも尊き位階にあった天使長の1人だった』


 知識は全く無いから解らないが昔は役職持ちの偉い天使だったという事だろうか。


「今は黒焦げの天使なのか黒焦げの悪魔なのか」


 べリアルは答えない、間接をボロボロ崩しながら右腕がゆっくりと上がっていき、神流かんなを指差し声を上げた。


『サタネル』


『地獄より舞い戻りし神の使いの事だ、人間の言葉で説明すると超高次元精神生命体だ』


 漆黒の元天使長は蝋燭の灯りを仄かに浴び高らかに神流に向けて言い放つと蝋燭の逆巻く炎が一斉に紅蓮の竜巻と化し暗闇を紅く色付ける。


 べリアルは威厳を見せ付けようと、神流かんなに向けて指差しポーズをとっているが体中がパキパキと割れて炭クズが溢れる。


「いろいろ大変だな眠いから、そろそろ帰ってもいいか?」


『……精神体の僕を疲れさせるとは恐れいるよ』


 黒炭の悪魔が呆れたジェスチャーをする 。


『先程まで有った恐れや不安の感情は払拭されたようだね』


「少年なら、人間なら当たり前の反応だろ、悪魔に弄ばれる人間の身にもなれ」


 眠気のせいで神流かんなは悪魔と会話している違和感が麻痺していた。


 べリアルが言葉を紡ぎ始めた。



【全ての指輪をその手中に収める事で、汝の道は開けるだろう】



「いきなりどういう話だ?」


『教えると約束しただろ? 神託、神の啓示とも言う、それを伝えただけだ』


「どういう意味だ?」


『解らない事は無いだろう、僕以外の指輪は空だという事だ』


「強制か?」


『総て君の自由だ』


『付け加えるなら、僕が最初に感じた君の寿命は尽きかけていたが、今は人間の範囲内の寿命だから安心するといい』


「全然意味が解らねぇ! 説明下手か?」


『無事開封されたし、僕の宮殿に招待するとしよう』


 頭が混乱している神流かんなを放置し黒焦げのべリアルが蝋燭から逆巻き上がる竜巻の炎に手を向けて大きく水平線を描くとマジシャンのように姿を消した。

 一瞬遅れて蝋燭も戦車も消え真っ暗になったが、闇の世界は一変する。


「ぬおっ」


 そこには1km四方の空間に昼のように明るいアラビアのような街並みが存在していた浮かぶ大理石の階段がありファンタジーまっしぐらな宮殿の入り口へと続いていた。


「……幻の箱庭みたいだ」


『そのまま上がって来てくれればいいから』


 空から声が降ってきた、何処から喋ってるんだろうか? 助けたのは俺なのにアイツは何か偉そうだ、まるで教師のようだ其にしても眠い。

 朝から1日中動き続けてた神流の疲労は相当なものだった。


「何でもありならエスカレーター位つけろよ」


『僕の美観に合わない』


 べリアルにバッサリと言われ渋々階段を上がり宮殿の入口についた。宮殿には扉も無いようだ神流は奥の玉座にスタスタ歩いて行く。

 玉座には知らない奴が座っているがさっきの黒焦げ悪魔で間違い無いだろう。


「お前が黒焦げだったべリアルか?」


『ようこそ僕の宮殿へ』


 座ってる女は唇の端を上げて小さい牙を見せニヤリと笑った。


「オイ、その格好はなんだ?」


『精神体やアストラル体である天使や堕天使に決まった形は無いあるとしたら人間と呼ばれる人形の偶像だ』


 ベリアルの年齢は17~18位で顔立ちは整い瞳は輝くターコイズブルーというハーフアイドルにいそうな容姿だった。ベリアルのしっとりした長いアッシュグレーの髪が胸元にサラッと落ちる。


「何でチアガールのコスプレなんだよ、こんだけアラビアンな空間ならアラビアのベリーダンスの衣装じゃないのか?」


 ベリアルは答えず神流の様子を小動物でも見るように観察している。べリアルの意図が解らず神流は居心地が悪い上に疲れからくる睡魔が波のように押し寄せていた。


 ベリアルの前髪のヘアピンには可愛らしいピンクトパーズが飾り付けられていた、耳にも同じ宝石のイヤリングが装着されてあり、それをチャラチャラと満足気に弄っている。封印が解かれたばかりだからはしゃいでいるのだろうか。


 胸にアルファベットで《BELIAL》とプリントされているのを見て神流は呆れる。


「カッコ悪いせめて筆記体だろ、どっちにしてもドン引きだけどな」


 会話の成立しないベリアルは、指を遊ばせ愉悦に浸っている、艶かしい表情のまま口を言葉を紡ぐ。


『見た目が美しければ何でもいい』


 べリアルはミニスカートのから見える艶かしい長い脚を組み替える。


『それより何か望みはあるかい?』


 神流かんなは広間の一角にある部屋に歩いていき屋根付きの豪華なベッドに寝転がる。


「外が朝になったら起こせ」


 そう言って今度こそ深い眠りについた。


 ~~*


『日が登った』『朝だ』 『起きるんだ』


 耳元で声がする目を開けるとベリアルが横で寝ながら神流を起こす。


「何でお前が一緒に寝てんるだよ」


『此所は僕の宮殿だ何処でも寝れる自由がある』


 会話するだけで神流かんなは消耗していく。


「くっつき過ぎなんだよ! 離れろ悪魔」


『僕は堕天使だ。それにまだ契約が済んでない』


 ……ん? 顔が目の前に唇を奪われる。


「・・んっ・・ふぉっ・・んっ」


 何かの力の塊が急激に喉に流れ込んでくる。


「・・んっ・・お・あああ舌を入れんじゃねぇ!」


 神流はジタバタ振りほどき口を袖でゴシゴシ拭く。


『その態度、僕の乙女心もキズ付く』


「何しやがる‼ 何をした?」


『契約を完了させただけだ、僕と繋がったこれで僕を正式に使役出来る、存分に踊り喜びを表すといい』


「ハァハァ……とりあえず出る、帰り道どこだよ?」


サモン召喚


 後ろにあの扉が出現する。


「悪魔にアレだが悪さしないでヒッソリと慎ましく生きていけよ、約束は守れよ身内に危害をくわえるなよ」


 そう言って扉に触れると一瞬で神流かんなは引き込まれて消えて行った。消えた扉を見つめてべリアルは呟く。


『君はまた訪れる、僕を求めて』



 べリアルは紅いレーザー光のように妖しく輝く瞳をとじて牙の見える唇を舐めた。

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