第3話月だけが見ていた

 大きく不穏な物音が山小屋の中から聞こえた。


 神流かんなはカゴを置き走ると、慎重に山小屋の裏手から近づき窓の隙間から様子を伺う事にした。


『娘達になにするの乱暴しないで』


『ゲッゲッ何もしやしねぇよ。アグアの港にガキをバカ高く買う奴隷商が来るらしいから集めて売りに行くだけよ、余計な真似はすんなよ、オレはなぁ人を切らねぇと夜も寝れねぇんだからな』


 部屋の中に山賊が2人居た。


 1人は小太りのチョビヒゲを生やした小太りで背中に長剣を帯剣している、もう1人はガタイが良く身長が2メートル位あり、歴戦の傷が顔や身体の至るところに見える、2人とも厚みのある長剣をちらつかせ威嚇をしている。


 マホとマウは縛られて首輪まで付けられていた。


 なんて理不尽な世界だ。神流に怒りに闘志が沸いてくる。


『家にある物は何でも持って行って構いません。娘達を解放して下さい』


「ザクッザクッザクッ」


 小太りの山賊が床に山刀を不機嫌そうに突き刺す、殺すことに躊躇いのない醜悪な目付きの男が口を開く。


『もうドズルに探させたが金目の物は、ナンも無かったとよ、全く運がねえなぁ』


 汚れたチョビヒゲを、触り侮蔑するように告げる。


『ウシャシャよーく見た、金になりそうなのは何も無かっただモグッン』


 大きいインディアン系の山賊が、干し肉を歯で引きちぎり答える。


『私が行きます。何でもしますから娘達は見逃して下さい。御願いします! 御願いします!』


 必死に声を上げ、涙ながらに山賊にすがり付く。


『うらーーっお前じゃ駄目だ、高く買ってくれんのはガキだと言ったろ離せ、ボケ』


「ゴッガスッ」


 チョビ髭の山賊がブーツの踵で、ミホマの頭と肩を蹴り剥がした、ミホマのこめかみに踵の跡がくっきりとついた。


『ウッぅぅ止めて……』


 蹴られたミホマが、肩と頭を押さえて蹲る。


『ママをイジメないで』『ママァ!』


 マホとマウが、震えた涙声で声をあげる。


「コンコン」


 扉から音がした。


『おい音がしたぞ誰か居ないか見てこい』


『オラァには聞こえなかった気のせいだ』


『このっドズル!衛兵なら面倒だろ!うらーーっ』


『ヘイヘイ~グリルの兄貴はすぐ怒る』


 愚痴をこぼしながら扉に向かうドズルが扉を開けると、そこには誰も居なかった。


『やっぱり、オラァの言うとおりだ』


 側で何か光った山小屋の角の手前に、煌めく宝石が不自然に落ちていた。


『ンン? アレは……拾ったらオラァのだ』


 鼻息荒くドタドタと近寄り宝石を拾い上げると、角の先にもその先にも宝石やネックレスが落ちている。



 興奮したドズルの鼻息は止まらない、空に吠える。


『オラに有り難う神様、ウシャシャ~』


 随分と都合の良い神様だ。


 ――山小屋の中では、


『お金でも何でも払う、何でもするから娘達だけは返して!』


 再度、ミホマは涙をこらえてすがり付く。


『フンッ元からお前は、弄んだら殺して行く予定なんだよ、世の中てのは悪い奴が勝つようになってんだよゲッゲッ』


 グリルは山刀を見せながら口角を上げ嗤った。


『悪魔アァァ!!』


『オゥオゥ立場がまだ解らないみたいだな1度死ぬか? 死んでみるか? うら~~っ』


 醜悪な笑いを口元に浮かべながら、ミホマに山刀を振り降ろした。


『『ママ━━ッ』』


「させないよ」


『ガゴウンッ!!』


 神流は窓からスルリと入り込み、グリルの側頭部に鉈で1撃入れた。グリルは『グルン』と白目を剥いて崩れ落ちた。


 グリルの後頭部は峰打ちの威力でかなりへこんでいる、神流の親指の指輪は窓から侵入した時から、背中を押すように鈍く弱い光を放ち続けている。


「遅くなってすいませんでした」


『ママァ!』『カンナさんだ』


『……………カンナさん』


「ホントにすいませんでした」


 居た処で何も出来なかったかも知れないが、長い散歩をミホマさんに謝罪する。

 失神したグリルを後ろ手にして縛り手早く子供達の縄を解いていく。


「ミホマさん危機はまだ去っていません。御願いがあります、協力して下さい」


 マホとマウを扉の陰に行かせて、グリルを扉に背中を向かせて椅子に座らせる。


 山小屋の裏に落ちていた4つ目の宝石までしっかり拾い、まだ無いか探していたドズルが、ドシドシと興奮して戻って来た。


『ウシャシャ兄貴聞いてくれ! オラの拾った宝石はオラの……』


『もうっグリルさんたら、本当にイケない人ね』


 グリルの背中に半裸のミホマが、シーツを半掛けにして抱きついている。


『あっ兄貴だけズルいど、オラにも……』


 ドズルが近寄ろうと足を出した瞬間。


『せーのっ』


 樽に結んだロープをマホとマウが同時に引く。


『ナッウォッ!?』


 ドズルがよろめいた、それだけで十分だ。


「ガゴウンッ」


 神流は梁の上から飛び降り、狙いをすましてドズルの後頭部に渾身の一撃を振り降ろした。

 巨体がバタンと音をたて埃を舞い上げて倒れる。ドズルの後頭部はしっかりへこんでいた。


「ミホマさん何とか上手くいきましたね。マホとマウも恐怖に負けないで頑張った」


 神流が気を緩め安堵した瞬間、ミホマが悲鳴にも似た叫び声を上げる。


『カンナさんっ避けて!』


 倒れて這いつくばるドズルが、ボウガンを出し神流の頭に狙いを定めていた。


「バシュッ!」


 避ける間もなく、神流の頭を目掛けて鋭いボウガンの矢が撃たれた!


「ざまぁみろ」


 ドズルの顔は、悪辣な復讐の笑みで歪んでいた。


 「ドスッ」


 頭に突き刺さり神流は一瞬で絶命する……筈だがそうは為らなかった。


 一瞬だった。 


 神流が避ける姿勢の手の近くに、指輪から収束した光が走り小さい円を描くと矢が勢いを無くして落ちた。


 嘲笑から一転、驚いた形相のドズルが即座に次の矢を仕込もうと慌て出す。


「ガゴン‼」


 神流も慌ててドズルに近寄り一撃喰らわしていた。


 ドズルの後頭部は、2列平行に鉈の峰の跡が付きキレイにへこんだ。


 神流は呟く。


「オシャレだと感謝して欲しい位だ」


 まだ叩いてる2人を止めて、納屋から出してきた一輪車に載せるのを手伝ってもらう。


 山賊を納屋に運び馬のロープに縛りつけた。ついでに外に居る2頭の馬に水をやり奴等の荷物を部屋に運び込んだ。


 見上げると夕暮れの明かりが、山小屋を染めるように差していた。


「何というかお疲れ様でした」


『神流さんが散歩から帰って来ないので、心配してたらこんなことに……でも、カンナさんがすぐに助けてくれました』


 笑顔のミホマさんの顔には、涙の乾いた跡があった。


『カンナ~!』『カンナさん有り難う』


「遅くなって、ごめんよ」


 神流はマホとマウの頭を、労りポンポンする。


『カンナさん本当に感謝します。出来る事なら何でも言って下さい』


「何を言ってるんですか、見も知らぬ旅人の俺を泊めて食事も御馳走になりました。それよりコレを見て下さい」


 神流は外から持って来たカゴから、ドヤ顔で大量の魚と沢カニを持ってみんなに見せる。


『わあ、お魚だ』『カニー!』


『まぁ沢山、もしかして川に……』


「運良く大漁でした、今日の夕食は俺が料理しますから、寝室で親子水入らずで休んで居て下さい。後で持って行きます」


 神流は部屋を出て台所で食材を並べる。


 さてと取り掛かろう、魚は内臓を取り塩をふって焼く、あとは鍋に水と3枚にした魚の切り身と焼いたカニを入れて煮てみる。


 20分位を目安に神流は手で持った腕時計を確認しながらアクを取る。


 腕時計は山羊悪魔を倒した後に、いつ壊れるか不安になり腕から外して胸ポケットにしまってある。


 何か無いかと奴等の荷物を探る。


 衛生面が心配だが胡椒と干し肉と葡萄酒が入っていた、驚いたのは堅いがパンとチーズもあった。


 鍋の中のアクを取って塩コショウで味付けしてから、葡萄酒をアクセントに入れて煮こむ、仕上げに昼に食べた葉を刻んで散らすと台所に良い匂いが漂い出した。


~*


「どうぞ出来ましたよ。暑いのでゆっくり食べて下さいね」


 忠告を聞いて無かったのか、マホとマウが即座にガッツく。 


 火傷も心配だし空腹にいきなり入れると……アアッ…まあいいか。


『アチアチ、ウマウマッ!』『熱っ魚が美味しい~』


 好評らしい可愛い、神流は2人の頭をポンポンする、さっきは怖かったろうに。


『カンナさんこんなスープは、食べた事ないです。とっても美味しいです』


「喜んでもらえて良かったです。今日は早めに休んで身体を癒して下さいね」


 食後にマホとマウと、枕で軽くバトル・ロワイヤルをして倒されてから部屋を出る。


『カンナおやすみ!』『カンナさんお休みなさい』


『御馳走様です。カンナさんお休みなさい』


 神流は食事を御馳走する目的を果たし、達成感を感じると共に思い出していた。


 ミホマさんが身を呈してマホとマウを護る親の無償の愛情の深さを垣間見てしまった。


 神流に子を包み護る母親の、果てしない愛情の深さと強さを強烈に示した。


 神流の胸にはミホマに尊敬の念を抱く自分がいた。


 自分の親も心配しているのだろうか?


 神流かんなもかなり疲れきっていた、焼き魚を食べ終わり炙って塩コショウした干し肉を、かじりながらアクビをする。


 ミホマさんにシーツを1枚借りて暖炉の部屋の隅で丸まり横になった、寝場所があるだけ有り難い。


「ヘビィな1日だったな、こんなピンチの時はヒーローやヒロインが来て助けてくれるとかじゃないのか?……ああ風呂に入りたい」


 ボヤキつつ神流かんなは、即座に深い眠りについた。


 *  *  *  *



 ……人の気配に意識が浮き上がり目が覚めると俺の上に誰か居る。


 暗闇に目が慣れ始めると、月の光に映し出された半裸のミホマが、神流かんなの身体の上にゆっくりと撓垂れ掛かる。


「何がどうしたんですか?」


 これしか言葉が出てこない。


 返答せずにミホマが、カンナのワイシャツのボタンを外していく。


 反射的に手を止めようと強く押さえる。


『──夫が兵役に行ってるのは嘘なんです。本当は、1年程前に家にあるお金を殆どと納屋に居た馬も連れて、私達を捨てて出て行きました……』


『もう菜園の野菜も無くなり、備蓄の食料も底を尽きかけていました。川には魔物が居て行けず、あの山賊達が来なくても私達の命はもう時間の……』


 ミホマさんの表情は見えない。


『これで恩を返そうなんて思っていません。同情しないで下さい私を……』


 「いやっ、えーとですね」


 神流かんなは動揺している。


 何時代だ? 今日会ったばかりで俺は中学生で元サラリーマンで別世界の……考えが纏まらない。


 よく視るとミホマさんのいたるところに、アザを見つける、山賊からの乱暴での内出血だろう、こめかみには踵の跡がハッキリと残っていた。


 ああ、俺はなんて馬鹿野郎でクソ野郎なんだろう……ミホマさんに応えられないで男かよ。


 神流かんなは意図的に思考を切断して放棄した。


誰かに責められるなら甘んじて受けよう。


 そして俺は、目を閉じてミホマさんのまだ蒼い身体を受けとめ身を委ねた。


 ミホマさんの白い素肌を月だけが見つめていた。






 その体から漏れる生気が指環にゆっくりと吸い込まれていく事さえも……

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