第2話 青い悪魔

 

 神流かんなは、うっすら光の刺す林の中を一人で進んでいる。


 草木が太陽の光を反射して林を白い粉のように飾っていく。


「栗でも落ちてないかな」


 手に木の枝を持ち拾えそうな物を探しながらザッシュザッシュと歩を進める。


「あれだ、あれだ、あのデカい苔の付いた木だよ」


 茂みの先に一際大きい苔を付けた広葉樹が聳えていた。


「こんなゴッツい木を見間違う訳がない」


 木をペタペタ触り確認して、その先の何も無い風景を眺める。


「おお、大自然独り占め」


 神流かんなは、崖の上に立ち目の前に拡がる雄大な景色に得した気分になった、崖を挟んだ向こうには大森林が絨毯のように見える、下を覗くと落差が20メートルはあり底に川が見える、見てると高さに目が眩んでくる。


 そもそも何で神流かんなが川に来たのかというと、ミホマ達の痩せ細り具合と空腹感の様子から、ギリギリの状態なんじやないか? 推測して川で何か滋養の在るものを獲って少しでも補いたいと思い行動に移していた。


 ミホマさん達は現代医学で言うところの栄養失調だろうと思う、何とかここで栄養とカロリーあるものをゲットしたいところだ。


 居候だけやってるのは申し訳ないという気持ちも神流かんなの背中を押した。


 山小屋についていく途中に崖の下で流れる川を見つけていた、どうせ来ようと思いデカい苔の木の場所をしっかり覚えてたいたので迷いなく辿り着く事が出来た。


 赤茶色の岩壁には段差が沢山あり自分なら簡単に降りれる事も近寄って視認しておいた出掛ける際にミホマさんに声を掛けておいた。


「少し散歩に行って来ます」


 そう告げた後に、こっそり納屋から背中に背負うカゴと使えそうな鉈と柄杓を無断で拝借して来ている学生服にはまるで似合わない格好だ、誰かに見られたとしても誰も散歩だとは思わない。


 鉈とはいったが日本の鉈と違い少し長くスペインで使われるマチェット山刀に近い、コレを狩りや農作業で普段持ち歩くとしたらかなり物騒だ。

 魚が取れたらサプライズをしたい、取れなかったらソッと道具を返そう・・・


「アブねえ!吸い込まれる、遊んでる暇は無いな」


 冷たく刺すような風が時折激しく吹き上げてくる中を、神流かんなはサクサク崖を降りて行き崖下に辿り着いた。たまに手を掛けた岩が割れて落ちるとヒヤッとしたが、それ以外は苦にならなかった。


 そこには、和やかな太陽の光に包まれた、風景が自然の豊かさを誇張するかのように輝いていた。

 川原はまるで降り静まったようにひっそりと丸い石で埋まっている、川幅は10メートル位の小さい川だ神流かんなは川に降り立つと落ちてた流木の1つを拾って河辺を探索し始める。


「おっもしかして沢ガニかなゲットゲット~」


 石を退けると4~5センチの赤茶のカニが何匹かいる、苔や泥の付いた石を退けるのを頑張り、カゴに夢中で放り込んでいく、30匹は捕まえたので満足し、石を退かす作業は一時中断する。


「やっぱりメインは川魚でしょ」


 流れの早い川に柄杓を突っ込んで魚を追うが全く無理だ、野生のアイツ達は金魚とは別物だった自分の甘い考えに落胆した。


 神流かんなは何とかして、マホやマウに魚を食わせて喜ばせてやりたいと思案していた。


「そうだ鉈も使ってみよう、二刀流で柄杓から逃げた瞬間的に鉈を当てるサッサという感じで……もしかして名案じゃないか」


 浅はかな閃きを武器にして、決意新たに流れを緩めない川に挑む。


 裸足になり本気バージョンで冷たい川に入ると苔で滑りそうになる、バランスをとりつつ柄杓を魚の近くまで寄せるとさっきと違い何故か魚が静止したように動かない。


 何故だろう、何が違うのか解らないが野生の魚を難なく捕まえる事が出来た。

 魚に柄杓を寄せていくと何故か麻痺したように動かなくなる、不思議な現象が起きるので取りたい放題だ。……やはり異世界は違うな。


 かなりの大漁となった、指輪が抗議するように小さい光で点滅しているが神流かんなは鈍感な上に興奮と喜びが重なり気になる事は無かった。


 ーー陽光が清流のうねりに当たり、何条もの銀線が煌めいては消えていく。


 神流かんなは、大きめの石を集めて釜戸を造ると近くに落ちてる葉っぱや流木を集めジッポのライターで着火する、するとパチパチと心地良い音で燻り燃えだした。


 アウトドアをしてる気分になる。


 食欲を祖剃る赤い色のカニを丁寧に石に並べて遠火で炙り魚の何匹かを流木を刺して焼き魚にする。


 魚が焼けてくる匂いにビールが欲しくなる、今度は柄杓に川の水を汲み焼いたカニを何匹か入れて茹でガニにしてみた。


 神流かんなはタバコを吸わないが職場で『火を貰ってもいいですか?』とよく聞かれた。「タバコ吸わないんで」と言うと何故かガッカリされた、それが嫌で携帯していたジッポが学生服の胸ポケットに何故か入っていた。


「意外とどころかかなり超絶イケるぞ、米と醤油が有ったら言うことなしなんだけどな」


 重過ぎるから、その場で食べて量を減らそうとした食事だったが、空腹の神流かんなには至福の時となった。


 コンクリートジャングルで味わう事の無かった大自然の恵みを異世界で感じる、何となくややこしいが綺麗な空気と清流の流れる水の音に癒され、腹も満たされると自然にリラックスして落ち着いてくる。


 神流かんなは少し横になろうと姿勢を変えようとした、すると指輪が急にキツく絞まり出した。親指を押さえ顔を上げると川面に腕を組んだソイツは立っていた。


 視線の先に居たのは悪魔だった。


 神流かんなはその異形を見て背筋が凍りつく感覚に陥る、絶望の端まで押し出されたように心の底からの恐怖が這いずり地の底にひきずり込もうとする。 自分の心臓を云い知れぬ戦慄が握り込み、緊張が全身の皮膚を暴風のように這いまわった 、恐怖がブレンドされ過ぎて口元に嗤いが出る。


 悪魔の体長は2メートル位あり、肌は青黒く宝石や装飾品で身体中を着飾っていて人間のように見えるが、首の上は完全に山羊であった。


 恐怖で窒息しかけたが我を取り戻し、神流かんなは本能的に目を反らす、頭の上から下まで痺れる震えを奥歯を噛み締め耐える。神流かんなは自分の不幸を呪った。


 嫌な予感がする嫌な予感しかしない、最初に出会う敵はスライムからじゃないのか? セオリーはどうした? 悪魔にはデビルな羽と2本の尻尾まで生えてて脚も山羊じゃないか、どうか頼むCGであってくれ。


 怯える神流かんなを余所に、黄金の指輪がこれ迄にない程の異様な震動し、臨戦態勢であるかのように静かに強い光を放ち始める。


 光を帯びると神流かんなは、心拍数が下がり精神を持ち直して状況分析に努める。


 青い山羊悪魔が此方こちらを向いてガン見しているが、猛獣と同じようにこのまま絶対に目は合わせてはいけないのが鉄則だ 。

 間違っても関わりたくなかった、太陽で灰にならないとかズルい。


 神流かんなは悪魔から見えないように、後ろに手を回して腰に鉈を装着する。


『下等な人間よ、膝まづいて魂液リキッドオブハートを差し出せξξξξ』


 青い山羊の悪魔の口先に小さな魔方陣が出現する。


 えっ普通に喋った魂? 魂渡したら普通死ぬでしょ? 言葉が通じるならここは昔とった杵柄、培った社畜の営業トークで何事も無かったように華麗に切り抜けられたら神。


「悪魔様御覧下さい。沢山の新鮮な鯛と焼きズワイガニを全部無料で差し上げるので……」


「オゥッ」


 見えない何かが飛んできた、神流かんなの胸に小さな光が生まれた。そこに衝撃が当たりよろけると背筋に悪寒が甦り、走り出した恐怖が加速する。


『何故、死せぬぅぅξξξξ∫∫∫石化』


 もしかして殺す気だったのかよ? 殺人魔法みたいのをやられたのか? 今ので奥歯が震えてカチカチ鳴りっぱなしだもうイヤだ、もう魂は要らないのかよ?


「ウゴッ」


 恐怖で動けない神流かんなの身体に小さな光の輪が一瞬浮かび上がり衝撃波はそこに当たる。

 神流かんなは衝撃で吹き飛ばされ河原の石の上を後ろのカゴまで転がされる。


 痛みを忘れ悪魔を見ると、ゆっくりと浮かびながら音もなく此方こちらに向かって来る、それが恐怖を更に倍増させ膨らませる。


「マジで怖い青悪魔山羊メンの奴、短気過ぎる世の中の常識が通じない! キレる大人キレる悪魔、誠意ってなんだよ? ヤバい死ぬかも? 俺、異世界半日で死ぬの?」


 軽い混乱のせいで神流かんなから、支離滅裂な愚痴が出ていた。


『何故ェ効かん! 何故ェ死なぬぅぅぅムシケラ人形がぁぁぁぁぁっ』


 神流かんなは恐怖で足が震え後退る、醜態を晒すビビっている、いい大人が半泣きだ。


 しかし死ぬ選択肢は俺には無い、考えろ! 尖った石でも投げて逃げるか? 逃げれるのか?


『グルロロロ』


 青い山羊の悪魔が浮かんだまま、川面を渡りきり目前まで迫る。喉を鳴らしながら小虫でも掴むように神流かんなの頭に手を伸ばしてくる。


 眼前にドス黒い光沢を放つ鋭爪が迫る。何もしなければ魂抜かれて死ぬだけだ。


 神流かんなは青い山羊の悪魔が突き出した黒い鋭爪を横に避け、そばにあったカゴを手に取り逆さまにして山羊悪魔の頭部に被せながら飛びつく。


『小癪な人形がァァ死ィィィξ∬』


 青い山羊の悪魔が喉を震わせ吠えるが、神流かんなは構わず腰から手に取った鉈を山羊悪魔の首筋に刃の根本からザブリと切りつけた。


『∬ゴバゥッ』


 胸まで切り裂かれた悪魔から黒い血が噴き出した、あまりの威力に軽く躊躇したが神流かんなは気を緩めず、地面に着地して腰のあたりを切りつけ刃を返す形でもう1回切りつけた。


「ズパンッズパッ」


 生々しい音が河原に響いた。鉈の刃は指輪と共に白い微光を放っている。


『グロアアア!』


 山羊の悪魔がカゴを払ってふらついている。首を回し神流かんなを睨見ながら何かを言おうとしていた。


 また殺人魔法みたいのをやられたらたまらない、逃げる事も選択肢に入れて神流かんなは剣道のように構える。


『メ…グァ人形が…何故?』


 やっと倒れた、怨恨の視線をさ迷わせ口から溢れる血を垂れ流しながら端から砂になり崩れていく。


 不気味だ見ていられない、ホラー映画さながらだ。

 

 親指の指輪は砂からの黒い靄を、残らず吸い込み終わると集束した光を鎮めて静かに明滅していた。


 神流かんなは、悪魔が実在して襲ってきた事と悪魔とはいえ刃物を振るった事に対して、手が震えて恐怖の余韻を感じていた。

 暫くして落ち着いた神流かんなは悪魔の灰に向かって文句を言う。


「山羊のクセにメェと言おうとしたろ? グロ過ぎる迷惑過ぎる、マジでトラウマになった甦ったりするなよ」


 魔法への理解力が無い神流かんなに、山羊悪魔の魔法で死ななかった事への疑問は無かった、生き残った事で頭が一杯だった。


 目的を忘れてはいけない、日の高いうちに戻らないと帰れなくなる。


 悪魔の血で濡れた鉈と学生服の上着を軽く水洗いして少し乾かしてから釜戸の火を消す、そそくさとカゴに魚とカニを戻した後に、悪魔の着けてた装飾品や宝石をちゃっかり拾い集めゲットした。


「呪われ無いだろうな」


 神流かんなは、悪魔の装飾品を清流で洗いながら呟いた。


 ーー *


「あぁ重かった」


 神流かんなは屏風のような岩肌の崖をやっと上がりきった。


 疲れ感じながら帰路に向かった。


「何で川に来てないのか良く解った、あんなの居たら誰も来ねぇよ」


 奥の赤い薮の先にようやく山小屋が見えてきた。


 よく見ると小屋の前に馬が2頭いるミホマさんの旦那さんが兵役から帰って来たのかも知れない。


「ドガシャン!!」


「次から次へと何なんだ?」


 何かが起きている? 再び背筋に緊張が生まれる。


『キャーーーー!』 『止めてよー!』


 神流かんなはカゴを静かに地面に降ろした。


 鉈の刃先を拭いて装着し直すと山小屋を見つめ静かに駆けて行った。


「俺が皆を護って見せる」


 学生服が風に靡き神流かんなの汗を浚って行った。


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