堕天使マニピュレイション第一楽章
愛沙とし
緩序楽章 黄金の指輪
第1話 黄金の指輪
堕天使とは主なる神の被造物でありながら高慢や嫉妬がために神に反逆し罰せられて天界を追放された天使、自由意志をもって堕落し神から離反した天使である。
キリスト教の教理では悪魔は堕落した天使であるとされる。
道徳上の頽落とする説、品格の喪失とする説、天からの追放すなわち文字通りの落下であるとする説、自らすすんで神に背き天を離脱したことをもって堕落とする説を挙げている……………
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「なんで僕だけ此処に居なきゃいけないの」
「胸もお腹も気持ち悪いの」
「誰か居ないの」「苦しいのこの点滴取ってよ」
「背中のお注射もう嫌だよ」
「もう吐けない」「退院したら頑張るから帰りたい」
「外に出れたら何でも出来るのに」
「治してくれたら何でもあげるよ」
小学生の俺は、身動きの出来ない病院のベッドの上で毎夜同じ天井を見つめていた、このまま永遠であるかのように………。
今の俺にとっては遠い昔の話だ。
「ああもう3時か、後3時間しか寝れないな」
エアコンの冷たい風を受け、ベッドの上を部屋着でゴロゴロして、体を揺すりながらスマホを持っている。 空いてる片方の手には空の缶ビールをいつまでも大事に握っている。
不摂生真っ只中を謳歌し自慢の顎髭をインスタに上げようと夜更かししている。
だらしなく救いようの無いこの男
……
……突然、照明が消えた。
停電だろうか、人間が闇に恐怖を感じるのは、生物としての正しさだろう。
直前に何か得体の知れないものが、身体の中を駆け巡ったが幽霊など信じていない
「仕方が無い、車で停電していないコンビニかファミレスでも探して出社の時間まで過ごすか」
リビングで黒いセカンドバッグと鍵を持って、いつものように玄関のドアノブを握りガチャリと開ける。
「うおっ……」
…………声が漏れた。
森が現れた。玄関を境に草木が行く手を阻むように佇んでいる、この家をくり貫いて森に捨て置いた感じだった。
ドッキリなんてレベルでは無かった。
俺の車も駐車場も見当たらない、恐怖に触られたように心臓の鼓動が早まり何処からか寒気が流れてくる、未知の恐怖という代物に居てもたってもいられない。
混乱していて頭がついていかないのに、目の前に何かが存在している事に気付いてしまった。
何かの扉だ。透けて向こう側が見える、不気味な扉が空中で今にも慟哭をあげようと静止している。
「…コ……」 「…チ…」
透けた両開きの扉の向こうから何か声が聴こえてきた。
扉を注視すると見た目は外国の両開きの扉で骸骨と天秤をくっ付けた家紋のようなマークが微かに描かれているのが認識出来る。
全身に汗が伝うように痺れが走り、濡れた掌を素肌をつけられたように冷やりとした恐ろしさがこみ上げてくる、恐怖を感じる神経に毛穴から入って針を突き刺さしてくるように感じた。
「幽霊なんかいるわけ無いんだよ! 悪夢だ! 悪い夢だな、そうだよ夢だよ、幻覚だよ、俺は疲れてるんだ、やっぱ過労だったかな、明日の帰り医者に行こう」
スーツとセカンドバッグをその場に置くと、おたつきながらスマホの明かりで冷蔵庫を探し出した。
中から缶ビールを取り出し、乱れた呼吸を直してから一息で飲み干す。
「そっそうだ夢なんだし後3時間は寝れるな」
夢だ、夢であって欲しいと心から願いながら眠りについた。
***********
また夢なのか?
横になったまま空中に浮いた裸の
瞼を閉じているのに、真上から羽の生えた光を放つ裸の美女が俺を視ているのが解る。
瞼を閉じたまま、その光を見て感じてとっている。
その美女の顔を見ようとしても見えない、何もない何も存在しない空間に2人だけ浮かんでいる。
身体を透過していく光がまとわりつき触れては通り過ぎていく最中、ふと光達に押される。
反応し声を発しようとしても喉の気道が熱くなり、赤子の悲鳴を上げ沈黙してしまう。
瞼を閉じたまま、眼球を動かす事も無く光を直視している。
自分もこのまま光に沈み溶けて何かの1部になっていくのだろう。
何も解らない思考が
『契約は約束よ』
羽の生えた裸の美女の光体が透き通るように俺に重なり始める……………
** * * * * *
…
……
目を開くと眠っていた筈の
朝陽が無理矢理に
どう考えても景色がおかしい、寝ていた筈なのに立っているし外だ。
見たことも無い樹木や風景が目の前に幻想的に拡がっている。
何もかもが、おかしいが此所はそもそも日本なのだろうか?
タイムスリップや異世界の可能性も十分ある、誰かドッキリだと言って欲しい。
「本当に何処までが夢なんだ?」
頬をつねっても痛い。ケツをつねっても痛い。
俺が何か悪い事をしたのか?
専務のハゲ頭を笑ったからか?
サボってた後輩にブーデーと悪口を言ったからか? コンビニでビニールを余分に貰ったからか?
どうしてなんだ?
「誰が何の為にこんな事をしたのか、天災が起きたのか全く何も解らないが、家からも追い出すとかどんだけモラハラなんだよ!」
見える範囲に建物も生き物も存在しない。
「……どんだけ~」
見知らぬ林は深い静寂に包まれた、有罪。
余りの静寂に呆然としてしまった
服装も中学の時の紺のブレザーに変わっていた、それに合わせるかのように
要するに若返ったのか? もう「変身」という言葉が妥当だ、作り替えられた懸念すら生まれる。
かなり不可解なことを発見する。
普段ピアス等の装飾品を着けない俺の両手の指全てに、鉛色の指輪が装着されていた。
さっきは全部鉛色に見えたが左手の親指だけが黄金色になっていた、何故だか銀色にも見える。
親指の指輪の模様は、あの森の幽霊扉のマークと酷似している気がする。
気味悪いし煩わしいのだが、いくら指輪を抜こうとしても抜けないので早々に諦めた、首輪じゃなくて良かったのは言うまでもない。
「もういいやポジティブ思考だ、とりあえず此処は何処だ?」
周囲を見渡しながら身体を確認する。
尻尾も角も羽も無いなしっかりと男の肉体だ、とりあえず下半身の動作確認をしてみる。
「ナッタッフォッ」
「感度が危険レベル! 完全に未使用、未登録だ」
誤射する危険が、この若き肉体にあることを忘れないように深く胸に刻んだ。
周囲は何処にでもあるような普通の林だが、見たことの無いような植物ばかりだ。
人の手が余り入ってないせいか、この場所は薄暗く鬱蒼とした緑に囲まれている。
「喉渇くし腹も減るのかよ! 便所はどうすればいいんだよ!」
ひとしきり愚痴を叫んだ後、
日は出ているが肌寒い、季節まで変えてきたのか、こういう状況の時は「押さない駆けない喋らない」いや違う、人里か川を探すのが鉄則だ。
夢や幻だとしても生き延びるんだ。
夢でも死ぬってあのアニメの赤ん坊が言ってたしなアリスのように戻れるかも知れない。
中学の時に親に頼み込んで買って貰った、防水性の腕時計だ、かなり懐かしい。
自慢しながら毎日着けていたが、自転車でコケて割れてしまった。
親にムッチャ怒られた上に捨てられて泣きながらゴミ箱を探したのを覚えている。その時計が今の時刻は朝8時5分を示している。本当に夢の続きのようなきがしてくる。
今必要な物が揃ってる、自分の家や車を探してみた。周囲をくまなく探すが、部屋も部屋の残骸すらも見当たらない。
仕方なく、立っていた場所の木に棒でスタート地点の印をして戻れるようにしてから、勘を頼りに真っ直ぐ歩き出した。
俺には変な自信が有った、サバイバルの動画をスマホで見た事は何度もあるからだ。
セオリー通りなら、オアシスや美女の女神や宝箱が出てくるんだがなぁ。
少し歩くと小さい針葉樹の木の向こうに、見上げるほどの立派な樹木が見えている。
枝には、今すぐにでも食べれそうな熟した実がなっていた、10メートル位あり届く訳もなく物欲しそうに眺めていた。
ローブが有れば投げ縄で取れるのにと、悔しい気持ちに駆られる。
すると不意に実が1つ落ちてきた、
手の平サイズのその実をゴシゴシ拭いてカジってみた、チョッと高い梨のような味がするラッキーだ。
すぐ食べ終わって仕舞い、もの足りずに隣の実を眺めるとまた落ちてきた。
その隣も眺めると落ちてくる、10個以上も梨モドキが手に入った、不思議だがラッキーという事にして有り難く食べた。
「非常食確保」
余りは学生服の上着に丁寧に包んで携帯した。
眺めている時から親指の指輪が明滅し始めていた事に、
不意に後ろで枯れ葉を踏む音がした、野生の獣かもとバッと振り向いた。
そこには小学校低学年位の幼女2人が、此方を眺めながら何かの絵のように立っていた。
1人は肩にかかるブラウンの髪で、もう1人の子は赤茶色の短めの髪2人共に瞳は栗色だ。
着ている服は、お世辞にもキレイとは言い難い、角も尻尾も付いて無さそうだ……人類で良かった~。
……少女2人はこちらを眺めているコマンド?
ここはアイテムで意思の疎通を図ろう。
「こんにちは、この果実いる?」
頷いてる頷いてる予想以上だ、2人に1個づつ中でも大きくて綺麗な実を渡して自己紹介をする。
「俺は迷子……ではなく旅人の
渡した果実を撫でてる2人に名前を聞いてみた。
『姉のマホです』『妹のマウ!』
「此処は何て言う場所か教えてくれる?」
『守護竜様の墓山の近く』
竜? やはり異世界なのか、幼女2人は頬が痩けていて異常に痩せている。
俺は残りの実をお裾分けしたいと言って2人の家に行くことにした。
2人が此処に居た理由は、この実が落ちてないかを見に来たからだった。
実際は知り合いも頼れる人もいない俺は、藁にもすがる思いで小さい背中からはぐれ無いように付いて行った。
1時間程、樹海のような道なき道を歩くとそこだけ木が伐採された広場のようになっていた。
真ん中に彼女達の家らしき山小屋が建てられていた。
家に招き入れてもらい部屋を見渡すと中には家具も暖炉もある、立派な欧州のロッジのようだ。
台所に果実を置いて彼女達の親に挨拶する。
「初めまして旅人の
断られたらどうしようと、ドキドキしながら
『 母親のミホマと言います。 娘達にナシの実を沢山譲って頂いたそうで、夫が兵役で都に出ておりますので部屋は空いてますので使って下さい』
「有難う御座います。そこの部屋の隅で構わないですよ」
泊めて貰えるのは有り難いが兵役から帰って来た時に勘違いされても困る。
ミホマさんはかなり痩せていた。まだ10代にも見える、赤茶色の髪で瞳は淡い栗色だ。
袖から見える肌は色白でキメ細かい強いて言えばドストライクだ。
写メを撮りたい気持ちにはなるが、手は出したりはない、不倫は不幸の始まりと昔の俺が言っていた。
「本当に助かりました。有り難う御座います」
重ねて頭を下げ
マホとマウに薪の棚がある裏手に連れていってもらう、裏手に簡素な菜園があったが収穫出来るものは残って無かった。
「サクッ」
何故か力を込めなくても難なく割れるのでサクサク割る。鬼でも宿ったのか? 割った薪は2人に木で造ってある棚に積んでもらう、
「声出してやると楽しいよ、エイッとかヤアッとかさ」
『エイッ』『エイッ!』 『ハハッ』
途中から
やっと2人の笑顔が見れて良かった、使う分の薪を担いで戻ると少し早めの昼食に呼ばれた。
親指の指輪が光る都度2人から何かを吸い出して吸収している事を、
食卓には芋の粉の温かいスープに何かの茎や葉や木の実が色とりどりに入っている、ゆっくりゆっくり噛むように胃に納めた。
この世界に飛ばされ独りで不安もあった
*
自分の知ってる畑を思い出し、近くで枯葉を集めて土に混ぜてみる。
流石にここで用を足すのはアウトだ、流行り病の危険を家の近くで起こす事は出来ない。
離れたところで腐葉土を作るのは有りかも知れないな。
『カンナ~』
『カンナさん何をしてるの?』
俺のやってる事を不思議に思ったのか、マホとマウが聞いてくる。
「土を元気にしたいなと思ったんだよ、生ゴミ有ったら持って来て」
2人がタッタと競争して山小屋の中に入って行くと、すぐに戻って来た。
『カンナゴミ~』
『カンナさんはゴミじゃないよ』
「じゃあ畑に撒いて、混ぜるから」
2人が撒いた生ゴミを土に混ぜていく、そこに食べた梨の種を植えていく、それが終わると折れた柵を当て木をして拾ってきた蔦で縛りつけた。
やることが無くなり、つまらなそうに俺を見てる2人を呼ぶ。
マホとマウに畑の隅っこで棒倒しを教える、土を取っていき倒した方が負けという簡単なゲームだ。
棒が倒れるだけなのに、悲鳴のように騒ぐ、俺が大袈裟に悔しがるからだろう。
「指輪に捨てられ指輪に育てられ指輪で変身する、我の名は指輪戦隊、指輪ボーイだ」
指輪を見せてポーズを取って格好付けるが、不発に終わり無言の時間が流れた。
ひとしきり遊び終わった
「おっ有ったよ」
少し歩いただけで、自生する野生のヨモギとタンポポを見つけた、ここなら車の排ガスやペットの小便も気にせず採取出来る。
マホとマウにお花摘みと言ってタンポポを集めて貰い、ヨモギを採取していく最中、
『!』
2人の背中から薄い靄のような物が浮き上がり
タンポポとヨモギが両手一杯になった所で、終了して持って返る。
『カンナさん、そのお花達は?』
タンポポとヨモギを台所に置いたのを不思議に思ったミホマが
「2人に、集めてもらいました。私の故郷では塩茹でにして、アクを抜いてから油で揚げて食べます。そして薬草としても使用しています」
『そうなんですか、夕食に添えてみますね』
夕食の木の実のスープにタンポポとヨモギのサラダが添えられた。クセがあり大人でも調味料無しでは中々食べれる人は少ない、なのにミホマさん達は普通に食している。品数が増えた事で団欒の一時が生まれた。
『オハナ!』『初めて食べた』
『しんなりして美味しいわカンナさんのお陰です』
「いえいえ、いくらでも咲いてますから」
食事を終えて就寝となった、油の予備が無く日が落ちたら寝るらしい、部屋の隅を貸してもらい学生服のまま眠りにつかせてもらった。
黄金の指輪は静かに時を待つかのように鈍い光を明滅させていた。
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