某月某日、思い出の墓参りをする。
かざみや
秋風に燃え立つは郷愁の色
今からもう、十何年も昔の話になる。
かつて「ライトノベル」と呼ばれはじめた青春小説のジャンルがあって、その主要レーベルの読者投稿で、何度も優秀賞をもらっていた友人がいた。
まだ世の中にスマートフォンが存在しない時代。
彼に出会ったのは、あるレーベルが運営していた公式掲示板だった。
もともと文字を読むことが苦手だった自分にとって、小説というのはもっとも縁遠い存在ではあったのだけれど、あるきっかけでハマり、いつの間にか自分の頭の中にある世界を文字に置き換えることを始めていた。
地元が同じだったり好きな作品で盛り上がったこともあって仲良くなり、作品を見せ合ったり、野球好きという共通点からドームでの派遣バイトで一緒に働いていたこともあった。
前兆はなかった。
彼が行方不明になったのは秋の気配が漂いはじめた、晩夏の頃だったと思う。
派遣会社のスタッフに聞いても、共通の知人に聞いても、某社の担当編集に聞いても――とつぜん連絡が取れなくなったという返答以外はなかった。
以前から、しばらく音信不通になることは度々あって、お互いに自由人であることは理解していたから当初は「まあ原稿の追い込みしているんだろうな」程度に考えていた。
いつも通りに別れたあの日の挨拶が最後の言葉になるなんて、これっぽっちも思っていなかった。
よく更新していた日記も、よく語り合ったチャットも、いまでもぜんぶ当時のままだ。
ホームページのトップには、直近で受賞していたタイトルが「New!」のマークとともに並んでいる。
そして今にいたるまで、彼の行方はいまだ知れず、手向けの花すら送ることができずにいる。
先日、曽田正人の『昴』を読んだ。
彼がオススメしてくれた作品はいくつもあって、そのほとんどが今の自分が書くものに影響しているわけだが、これは食指が伸びずそのままになっていたものの一つだった。
読んだ。
懐かしさを感じた。
もちろん面白くて引き込まれる作品なのだが、それ以上に感傷が先立った。
あの頃の自分たちはギリギリの息苦しさの中で、それでも心が動くことを求めて、何かに突き動かされるようにして書いたり喜んだりしていた。
もうずっと過去に置いてきた憧憬を見た思いだった。
あれから何度も季節は巡り。
シナリオを書いたり、アフレコの場に立ち合ったり、当時なら考えられなかったいろいろな体験をさせてもらった。
小説を書けているか? と問われれば、技術的にも経験的にも比べものにはならないだろう。
けれど――
名前の出ない原稿を書き、必要とされるから描き、それ以外には「自分が書く」ことの意味を見出せなくなっている。
自分が本来持っているものは拙くて、本当は下手くそで、ウケないことを恐れて、小手先の、取り繕ったようなものばかり書いている気がする。
全力で失敗することが、いつしかできなくなっていた。
もちろん自分のした仕事に誇りは持っているし、間違っていたとは思わない。
でも、清らかな集中力で「何か」に向かい合っていたときと、必要とされているものは違ったように思う。
結局は上下優劣ではなく、向き不向きの問題なのだ。
たぶん彼は、これまで自分が書いてきたものを見ても褒めてくれると思う。そこに多少の指摘は入るだろうけど。
どこか後ろめたい、恥じるような気持ちがわずかにでもあるのなら、それはきっと“向いていない”のではないかな……とそんなふうに考えた。
書くことは好きだが、己の根っこは読者である。
いちばん好きな作者は夭逝し、その次に好きな作者はもう6年も書いておらず、盟友の作品を読むことはもうできない。
求めているものが読めないから、代わりに書く。
でも、その「自分が好きなもの」が、自分が書くことによって、誰かに手ひどく踏みつけられるモノになってしまうことをいつも恐れている気がした。
そんな折、懐かしいものに出会った。
もしどこかで彼の目に止まる可能性があるのならば、恥ずかしくない作品を書きたいと思った。
つまずいても、失敗しても、拙くても、書きたいと思った何かを裏切らないような文章を。
書いては消し、下手くそな自分に辟易しながらも、何度でも書き続けたいと思った。
『昴』五巻のラスト、主人公は思い出の地が瓦解するのを目撃する。
育てられ、夢を追った場所が壊れ、崩れ去っていく瞬間に立ち会い――それでも「その先」を見据えてゆく。
ジオシティーズは来年春に終わるという。
彼のページも、そのときには消えてしまうのだ。
――ここに、夢があったはずなんだ
奇しくも、同時期に現場で見ていた球団のスターたちが引退する今年。
事実は小説よりも奇なり。
弔いでもないけれど、彼とそれにまつわる縁に、なにかを手向けたいと思った。
――ともに見た夢に恥じぬよう。
たいした自覚もなく物書きになった。
最初はただ書くことが楽しくて、そのうち書くために必要な技巧を追うことが楽しくて、もの書き仲間と議論することが楽しくて……。自分は小説を書くことが上手くなったと思っていた。でも本当はなにも変わっていない。本質的には、なにも変わっていない。
書き手として、子どもでも大人でもない、宙に浮いたような立場で、風に吹かれて流されていただけだ。
そんな境遇が、スバルに重なって見えたがゆえの、ただの思い入れかもしれない。
ただ、“きっかけ”にするだけのエネルギーは、あるように思えた。
大上段に構えてコトに向かえば、たいていコケるのが経験則。
大事ななにかを成したいと思うのならば――
冷たく、静かに、燃えなければいけない。
心の奥底でちろちろと揺れる小さな焔を、じっと見つめて。
某月某日、思い出の墓参りをする。 かざみや @wordleaf
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