12 初めての奴隷生活 後編

 俺の奴隷としての日々は平穏そのものであった。

 リンゴが熟すると木に登ってそれを採取し、その必要が無い日はババアの付き添いでリンゴの販売を手伝い、雨が降っていて外出できない日はメルリンと一緒に家の掃除をした。


 その結果、雨の日があまりにも待ち遠しくなってしまったので、俺の寝床の上には数十体のるてるて坊主が吊るされている。

 るてるて坊主とは、てるてる坊主を逆さまに吊るしたものである。


 メルリンとカリアは闇魔法の儀式だと勘違いしているが、なんと言えば日本の奇妙な伝統を説明できるか見当もつかないので、適当に頷いて肯定しておいたんだが――微妙に引かれた気がする。


 彼女らの表情は、なんというか、バイトの面接で俺が趣味はゲームだと告げた時の面接官の反応に類似るいじしていた。

 一体、この世界で闇魔法のイメージはどうなっているのだろうか。


 ちなみに、俺の寝床は相変わらず寝室の床の上だ。


 右側にはカリアのベッド、左側にはメルリンのベッドとなっているので、夜にこの部屋を俯瞰ふかんすれば俺が美少女二人と添い寝しているような構図になる。

 スマホがあれば間違いなくそれを写真に収めて永遠の宝物にするのだが、残念ながらこの世界ではカメラがまだ発明されていないらしい。

 森の野蛮人たちよりはマシだが、やはりここの科学も大して発展していないようだ。


 その反面、魔法とやらはかなり凄かった。

 ババアが週に一度リンゴの木に掛けている水は、生水瓶アクアと呼ばれるマジックアイテムから注がれており、根っこがそれを吸い取ると次の日にはふっくらと赤らんだリンゴがずらりと枝に実っているのだ。

 凄いけど、俺の仕事が増えるのでやめて欲しい。


 仕事以外に何をしていたかというと、主にメルリンから異世界語の個別レッスンを受講していた。

 マインドに1しか振っていないので物覚えが酷いことになっているが、メルリンはりずに俺を優しく指導してくれた。

 おかげで俺は、平凡な日常会話程度なら差し障りなく話せるようになった。


 奴隷という底辺の身分なのに、毎日がどうしようもなく楽しかった。

 前世とのギャップ補正もあっただろうが、俺は間違いなく幸せだった。


 だが、一人だけ不満たらたらの奴がいた。


『つまらなすぎです! わたしはこんなに退屈な日常を見るために、有給を消化したんじゃないんですよ! さっさと行動を起こして革命でも、蹂躙でも、自爆でもいいから何か面白いことをしてください!』


 うぜぇ~。


『有給を取り消して働いてこいよ。お前がいなくても俺は大丈夫だ』


『どうしてそんなにやる気がないんですか? 浮雲さんは一応チート持ちの主人公なんですよ? 適当に街を歩き回れば、数日で一国の王様に成り上がれるかもしれないんですよ? 両手に金の延べ棒を握って、両足に女をはべらせて、両口から酒を飲むような人になれるかもですよ?』


 両口ってなんだよ。


『別にリスクを冒さなくても、俺は現状に満足しているんだ』


『はぁー……、本当につまらない男ですね。そーこーで!』


 嫌な予感がする。


『わたしは少しスパイスを投入することにしました』


『余計なお世話だよ。で、具体的には何をしたんだ?』


『ふふふ、見てからのお楽しみです』


***


 次の日、例のスパイスとやらはすぐに姿を現した。


 ぐ、ぐろい。

 CEROさん、これにもブロックかけてくれよ。


 リンゴの木におびただしい数の毛虫がうじゃうじゃと這いまわっている。


「おやまあ、これは酷い……」


 果樹園の惨状を見て、ババアは唖然と口を大きく開いている。


「リンゴが齧られて穴だらけになってしまいます!」


 メルリンはぱっぱとホウキで毛虫を振り払おうとするが、害虫の数が多すぎるのできりがない。


「これは、焼くしかないかもしれないねぇ」


「ヨムル様! そんなことをしたら、売るものがなくなってしまいますよ!」


「メルリン、残念だけど放っておいたら被害が他所様の作物まで広がっちまうよ。だから、ここでさっさと駆除しないといけない」


 くそ、ベルディーの奴め。あいつはつくづくろくなことをしない。


『ベルディー! なんてことをしやがるんだ!』


『これでようやく起承転結の承までたどり着きましたね。このまま、たらたら引き延ばしていたら、打ち切り間違いなしだったんですし、感謝して欲しいぐらいです』


『お前はいつから俺の人生の編集長になったんだよ。さっさと元に戻してくれ!』


『それは、浮雲さんがすることですよ』


『俺がすること?』


『浮雲さんが問題を解決して、ヨムルさんとメルリンさんのプリティーなハートをキャッチするんです』


 メルリンはともかく、ババアのハートは要らないかな。


『この毛虫は、キティーフラワーがドロップする花粉に非常に弱いんです。今からそれを取ってきてください』


『どこにいるんだよ、その魔物は?』


『街の外に出ればすぐに見つかります。ふふふ、そこら辺に関する手ぬかりはありませんよ?』


 なるほど。

 つまりこれは俺の株を爆上げさせるための八百長だってことか。

 くっくっくっ! ベルディー、お主も悪よのう。


「ヨムル様! 俺が毛虫を退治するアイテムを取ってきます」


「なんと、そんなものがあるのかね?」


「はい、キティーフラワーがドロップする花粉です」


「フーン、それはレアドロップだよ。一年間、同じ魔物を狩り続けて、ようやく落ちるようなもんだ。それに、市場で買おうにも、あたしにはちと高価すぎるよ」


 はぁー、とため息をつくババア。


『ちょっ、話が違うじゃないか!』


『大丈夫ですよ。浮雲さんのラックがあれば、どんなレアドロップも一発で落ちます』


 なんだそうなのか。なら、問題はない。


「ばば……じゃなくて。ヨムル様、一日だけ俺を信じて待っていてください。今日中にキティーフラワーの花粉を持ち帰りますから!」


 俺が自信満々にそう宣言すると、ババアは声高らかに笑い出した。


「ははは、その意気込みだけは買ってやろうかねぇ。まあ、期待せずに待っているよ。どうせ一日じゃ被害は大して広まりゃしないし」


「はい! では、行ってきます!」


「待て」


 揚々ようようと家を飛び出そうとすると、カリアが俺の首根っこを掴んだ。


「お前は魔物と戦ったことはあるのか?」


「いや、ないけど」


「なら、私を連れて行け。キティーフラワーは下級魔物だが、念のために経験豊富な私が付き添った方が安全だ」


 用心するに越したことはないので、カリアを連れて行くことにした。

 正直、メルリンと行きたかったなあ。

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