11 初めての奴隷生活 前編
『浮雲さん、これは一体どういうことなんですか?』
『それは俺が聞きたいよ!』
俺は早朝からミニスカを着て、リンゴの木に登っている。
どうやら、実ったリンゴを収穫することが俺の主な仕事らしい。
下からパンツが見えそうで恥ずかしいんだけど!
『さっきから、退屈なお仕事ばかりで、わたし飽きてきましたよ?』
『……俺はお前を楽しませるために、ここへ来たんじゃないからな』
いい加減に、俺の脳内から出て行ってくれないかなあ。
翻訳機能を除いたら、こいつが役に立ったことなんて一度もある気がしない。
「おいフーン、もっと効率を上げんかい! こんなペースじゃあ、夜になるまで終わらないよ!」
「ラタ!」
木の下で喚いているババアに異世界語で了解と返す。
今朝、メルリンから教わった単語だ。
何を言われても、こう返せば怒られずに済むらしい。
ふぅー。
大きく
やっと、一本分完了だ。
「フーンさん。調子はどうですか?」
髪の毛を弾ませて走りながら、疲れた俺のもとに、水を汲んだコップを持ってきてくれたのはメルリンだ。
口うるさいババアやベルディーといい、微妙に近寄りがたいカリアといい……。
彼女はこの場における唯一の良心である。
「ありがと……うわ、間違えた。ルフディ、ルフディ」
ルフディとはこちらの世界でありがとうと言う意味である。
これも今朝、メルリンに習った単語だ。
「いえいえ、どういたしまして」
メルリンは顔を赤らめて照れながら、両手できゅっと掴んでいるコップを俺の前に差し出した。
コップではなくて、手の方に口づけがしたい。切実に。
「もう少しで終わりますね。私も頑張りますから、フーンさんも頑張ってくださいね!」
もう少しって、後10本はあるんだが……。
まあ、ポジティブであることに越したことはないか。
彼女は水が飲み干されたコップを受け取り、たたたっと小走りで家の中へと戻っていった。
メルリンの主な仕事は掃除、料理、皿洗いなどの室内で行う家事らしい。
そういえば、昨日メルリンと一緒にいたカリアとやらは、何処へ行ったのだろうか?
朝起きた時には、彼女の姿は既に見当たらなかった。
買い出しにでも出かけたのかな?
「おい、フーン」
「ひゃい!」
唐突に殺伐とした声音で話しかけられたので、びっくりして思わず日本語で返事をしてしまった。
しかも、噛んでる。
「これを家まで運んでくれ。私はもう一度出かけてくる」
声の主はカリアだった。
何故か、彼女の服はついさっきまで泥遊びをしていたかのように汚れており、膝や腕は傷まみれである。
それほど、深い傷ではないので命に別状はなさそうだ。
カリアは薬草らしきものが詰まったバスケットを俺に押しつけると、ありがとうの一言も告げずに、無言のまま街門の方角へと去って行ってしまった。
『しかし、凄い流血でしたね。頭から川みたいにじょわーって流れていました』
『流血?』
ああ、
って、流血?
どんだけ危ない仕事をしているんだよ。
まさか、街の外で魔物と戦いながら、薬草を集めていたりするのだろうか?
***
「お疲れ様です、フーンさん」
リンゴの収集を終えた俺を優しく迎えてくれたのはメルリンだ。
彼女は濡れたタオルで俺の汗を拭き取ってくれている。
ちょっと顔が近い。
でも、そこが良い!
「ただいま」
傷だらけのカリアが玄関の扉を開いて、ふらふらとよろめきながら中へ入ってきた。
「カリア! また、やっちゃったんですか?」
「大丈夫だ。すぐに治る」
「ですが、とりあえずガーゼだけでも貼らないと傷が……」
「心配するな」
手当を施そうと近づいたメルリンを払いのけ、カリアはそのままふらふらと寝室へと進んでいった。
せっかくメルリンが優しく接してあげているというのに。
感じ悪い奴だ。
「も~、カリアは本当に照れ屋さんなんですから……」
ぶつぶつと呟くメルリン。
「ただいま」
俺の背後でドアが再びキキーッと音を立てて開いた。
カリアに続いて、ババアもついでに帰ってきたようだ。
「お帰りなさいませ、ヨムル様」
俺もメルリンに続いて挨拶をする。
もちろん、彼女の発言をおうむ返ししているだけだ。
「今日はそこそこの売り上げだったよ。この調子なら、秋が終わるまでに十分稼げるはずだ」
「それは良かったです!」
「ははは、同感だよ。去年みたいに、リンゴばかり食べながら冬を越すのはゴメンだからねぇ」
朝も昼も晩もリンゴか。
あの超絶美味なリンゴならいける気がするが――
やっぱり毎食となると飽きるのかなあ……。
「で、フーンの初仕事はどうだったんだい?」
「はい、完璧ですよ!」
メルリンは俺が持ち帰ったカゴを、へへんと自慢気にババアの目と鼻の先に押し付けた。
どうして俺ではなく、彼女が自慢気なのかはわからないが、可愛いので許す。
「ふむふむ……指示した通り、熟したものしか採っていないみたいだね」
手を顎にやりながら、じろじろとリンゴを鑑定している。
「まあ、合格ってとこかねぇ」
やたら上から目線なババアだ。
まあ、俺は彼女の奴隷なので当然といえば当然なのだが。
「ところで、フーン。今日はお前さんにプレゼントがあるんだ」
ババアは腰に結ばれている袋の紐をほどき、中から布の束を取り出した。
普通のズボン。
普通のシャツ。
そして、おお素晴らしき普通のパンツ!
男性用の作業服だ。
「ルフディ! ルフディ!」
ババアの手を握ってぶんぶんと上下に振る。
おお、愛しきズボンよ!
穴を二つ開けるという、類をみない革新的なイノベーション。
疑いようがないほどの英知にあふれる素晴らしい発明である。
スカートの股の涼しげな感じにどうにも慣れなくて、気が狂いそうだったので助かった……。
***
後日、俺は洗濯した女物の洋服(おそらく間違って渡されたパンツを含む)をカリアに返却しようと試みたが、顔を真っ赤にした彼女の「燃やしておいてくれ」の一言であしらわれてしまった。
ですよねー。
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