10 奴隷になりました

「今日から、ここで働いてもらう。朝は日の出と共に起きてきなよ」


 自宅と思われる場所まで俺を連れ帰ると、ババアはぽいっと俺を暗い部屋の中に投げ込んだ。

 うぐぐ……。

 またもや、監禁されてしまったみたいだ。


 どうにか逃げ出したいのだが、まあご存知のように布のシートでぐるぐる巻き寿司状態なので、四肢ししを封じられている。

 結論から言って、どうにもならん。


「あら、お客様ですか?」


「ヘンテコな帽子を被っているな」


 シュッと何かが擦られるような音が響き、瞬時に部屋が仄かな光に包まれる。

 ろうそくに火が灯されたのだ。


 シートにくるまれた俺を興味深そうに見つめているのは、二人の寝間着姿の女性だった。


「あの、助けてくれませんかね?」


 茶色の髪をポニーテールに束ねている女性がきょとんと首を傾げる。


「このお方、何を言っているのでしょうか?」


 そうだ、日本語は通じなかったんだっけ。

 向こうの言葉はベルディーが自動翻訳してくれているので、ついつい忘れてしまう。


「知らん。しかし、こいつは異様な顔立ちをしている。他国の出身ではないのか?」


 そう言いながらもう片方の緑髪のおかっぱ頭は、俺に鋭い視線を注ぐ。

 優しそうなポニテと違って、なんだか怖い雰囲気をまとっている。


「とりあえず、ほどいてあげましょうか?」


「そうだな」


 二人はゴロゴロと俺を転がしてシーツから解放した。


 くはー、やっと満足に息ができる。

 ようやく生き返った気分だ。


「……」

「……」


 あれ? なんだか急に静かに――


 シートに覆い隠されていた漆黒のドレスがあらわになっていた。

 彼女ら二人は俺を見て、ぞっとした顔を浮かべている。

 女装はやはり、この世界でもまずかったようだ。


「このお方、男性ですよね?」


「そうだと思うが……念のために確かめるか」


 うおおおお! いきなり変なとこを掴むな!

 例のあれがみるみる膨らんで、ワンピースに大きなもっこりができる。


「男だ」


「そのようですね」


「趣味でそれを着ているのかどうかは知らないが、それだと動きづらくて仕事で粗相をするぞ。代わりのものを渡したいのだが、残念ながら、ここには男物の作業服はないな」


「ヨムル様は一人暮らしですし、奴隷は女性であるわたくしたちしかいませんしね」


 全力で引かれて、きゃーっと叫びながら引っ叩かれると危惧していたが、意外と冷静な対応だ。


 人差し指をこめかみにやり、ポニテがう~んと考え込むように唸る。


「とりあえず、私の予備を渡しておきましょうか?」


「いや、それには及ばない。私がもう使っていない服がどこかにあったはずだ。女物だが、こいつはそういう趣味らしいし、問題ないだろう」


 おかっぱはさっと戸棚から四角く畳まれた黒い洋服を取り出し、それを俺に渡す。

 す、すかーとですか。

 まあ、裾は脛の真ん中あたりまでなので、せめて転ぶことはなくなるだろう。

 幸いなことに、上部分はごく普通の薄黄色の半袖シャツだ。


 あれ? まだ布がもう一枚……。

 まさかと思って確かめてみると……パンツである。

 しかも、白レースフリル付き。

 俺は慌ててそれをシャツの中に包んだ。


「だが、今日はもう遅い。着替えるのは明日にしろ。後、言い忘れていたが私の名はカリアだ。まあ、言葉が通じないらしいし、教えても意味はなさそうだが……」


 彼女はよろしくと手を差し出し、俺と握手をした。

 貧相な体つきの割にはかなり力強い握手だ。

 圧迫された手が青くなってしまいそうである。


「私はメルリンと申します。以後、お見知りおきを」


 ぺこりと可愛くお辞儀をするメルリン。


「あのだな……えっと、浮雲。俺は浮雲だ。浮雲、浮雲」


 自分を指差しながら名前を連呼する。

 こうすれば察してくれるかもしれない。


「フーンさんですか?」


 ちょっと違うがまあいいか。

 俺はうんうんと頷いた。


「よろしくお願いしますね、フーンさん」


 にこっと微笑むメルリンの顔は非常にキュート。

 天使っぽいかアイドルっぽいかで選ぶとなると……両方だ。

 選んでないな、それ。


 こいつらは俺と同年代ぐらいだろうか?

 顔つきがどうも大人と子供の狭間って感じだ。


「明日は早い。さっさと寝ろ」


 カリアはふっとろうそくをかき消すと、「あちっ!」と小さな悲鳴を上げた。

 どうやら口を近づけすぎてしまったらしい。

 クール系っぽいが、ドジっ子な側面もあるみたいだ。


 しかし、俺はまた床の上で寝るのか。

 硬いんだよなぁ、これ……。

 そろそろベッドが恋しくなってきた。

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