4 異世界へ

 ここは一体どこなんだ?


 目を覚ますと、背中に数多の小さな枝が刺さっていた。

 チクチクと鬱陶しい。

 どうやら、生い茂った木々の間に挟まれているようだ。


『転移先も設定していなかったので、妙な辺境へんきょう へ飛ばされてしまったようです』


 頭の中で聞き覚えがある声が響く。


『ベルディーなのか? テレパシーで俺と話しているのか?』


『はい、そのようなものです。浮雲さんをお助けするために、これまで貯めた有給を全部消化したので、しばらくはご一緒させてもらいます』


 それは良かった。意味がわからないジャングルに置き去りという状況は、メンタルの弱さだけが取り柄な俺に刺激が強すぎる。


『これからどうすればいいんだ?』


『さあ、知りませんよ』


 助けてくれるんじゃなかったのかよ! 

 無責任だな……。


 ——ぐきゅるぐー。


 腹の虫が悲鳴を上げ、腹が減っていることに気づく。

 近くに果実でもなっていないかなと見上げてみると、鬱々とした灰色の雲が広がっていた。

 まずは食料と雨をしのげそうな安全な場所でも探してみるか。


 新たな明るい人生を謳歌する予定だったのだが、何を間違えたのか、こうして俺のサバイバル生活が幕を開けたのである。


 しかし、サバイバルは自分の強運に少なからずの恐怖を抱いてしまうほど簡単だった。

 木から降り、最初の一歩を踏み出したところで、目の前に果物の山が設置されていたのだ。丁寧にでかい葉っぱの上に乗せられて。まるで俺がここへ来客するのを待っていたかのように。


 俺は遠慮なく、その甘い匂いを漂わせるフルーツにかぶりついた。


 うまっ!


 元の世界で食べていたバナナやオレンジなどと比べるのも失礼なほどの、しっとりとした絶妙な甘さ。

 舌の上にマッサージを施すようにとろける果肉。

 口内に残されたジュースもべとべとと粘着せず、水よりもあっさりと喉をうるおす。


 数分後、俺は果物の山を丸ごとたいらげていた。

 ふぅ~、食べすぎてしまって動けない。


「キキーッ!」


 昼寝をしようと体を横に倒すと、甲高い狂気に満ちた叫び声が耳に届く。


『おお、ベヒザルですね。貯めていた餌を食べられて怒っているようです』


 猿なのか、あれは?

 ステロイドを摂取せっしゅしすぎたゴリラにしか見えないのだが。

 まあ、正体は何であろうと、あれが俺に殺気を抱いているのは確かだ。

 どう逃げようか困惑しながら周囲を模索していると、今度は後方で低いうなり声が鳴り響く。


「ガルルルッ……」


 すると、背後の茂みからすらりとした体つきをした、大型車並みのサイズの犬っぽい怪物が現れた。

 こちらも機嫌を損ねていらっしゃるのか、牙をむき出しにして俺を威嚇している。


『あれは、フォレストウルフですね。お腹が空いているみたいです』


『おい、何とかしてくれ!』


『別に心配しなくても、大丈夫ですよ。浮雲さんは理論上、負けることはありえないはずです』


『それはあくまでも俺に勝つ確率が少しだけでもある場合だろ。万が一、俺が勝つ可能性がゼロだったらどうなるんだよ!』


『……死ぬかもしれませんね』


 冗談じゃないぞ。つい昨日死んだばかりなんだが。


 俺を親の仇かと言わんばかりに引きつった眼球にぶっとい血管を浮かび上がらせながら、巨猿がのそのそと接近してくる。

 あと数歩したら奴の手が俺の頭をひねり潰すだろう。


 狂気じみた形相で唾液をだらだらと垂らしながら、フォレストウルフが「アウッー!!!」とはるか上空へ不穏な遠吠えをとどろかせる。

 仲間を呼び寄せているのかもしれない。

 俺一人でも十分弱いから、必要ないだろ! いい加減にしろ!


『ベルディー、弱点とかは無いのか?』


『さあ、知りませんよ』


 まったく役に立たないな、こいつ!

 まあ、例え弱点を知っていても、俺には武器がないから攻撃できないか。

 素手で応戦できそうな敵でもなさそうだし。


「グワァウッ!!!」


 先に襲いかかってきたのは狼の方だ。


 ここは——


 苦肉の策だが痛みをやわらげるために、しゃがんで頭をおおうことにする。


「ギャン!!!」


 またまた、耳障りな声を発するウルフ。

 だが、今回はこれまでの殺気溢れる唸りとは少しトーンが違う。

 苦しんでいるかのような悲鳴だ。


 そして、何故か俺はいまだに痛みを感じていない。

 なんだなんだ? 戦闘中に何かハプニングか?


 おそるおそる顔を上げてみると、そこには激怒の血相を浮かべて絡み合っている三匹の巨犬と巨鳥の姿があった。

 ちなみに、ベヒザルさんは早々と肉の塊と化していた。


 なんだかものすごいカオスになってきているが、この隙をつけば逃げられるかもしれない。


『かっこいいですね! ギガンテファルコンですよ』


 のどかになんの役にも立たない情報とくだらない感想を、俺の脳内へねじ込んでくるベルディー。

 気が散るのでさっさと休暇を取り終えて仕事に戻ってもらいたい。


 危険地帯から遠ざかろうと足を踏み出す——が、最悪のタイミングで冷酷れいこくな腹痛に体の動きを拒否きょひられて倒れてしまった。

 た、食べすぎたみたいだ……。

 だが俺は負けじと腕を使って地面を這い、生き延びたいという一心でなるべく遠くを目指す。


 戦場では既に狼側の二体がくたばっている。

 巨鳥が俺に襲いかかるまで数秒程度しか残されてなさそうだ。

 

 やばいかも。

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