5 森の住人

 ——どっすぅーーーん!!!


 物凄い爆音が魔物たちの葛藤かっとうが起きている方角から響いてきた。

 これ以上物騒な敵が現れるのは、勘弁して欲しい。

 だが、そんな俺の切実な願いはお構い無しに、次なる脅威が森林の奥から出現した。


 大樹のように長身な、角を生やした人形ひとがたの化け物だ。

 自分は鬼であるとアピールしたいのか、金棒をブンブン振り回し、そこらの植物や小動物を容赦なく蹂躙じゅうりんしている。


『ははは、面白いですね。まるで、怪獣映画です!』


『まったく、面白くないぞ! こっちはさっき飲んだ果実のジュースを全部ちびったからな!』


 着替えがないのに困ったものである。

 まあ、もうすぐ殺されそうなので、着替えがあろうがなかろう大差ないか。


 金棒の一振りで巨鳥さんとその他大勢を吹き飛ばした鬼は、殺生のターゲットを俺へと移らせたらしく、どすんどすんとこちらへ向かって歩いてくる。


 一歩一歩踏み込む動作は図体の問題で非常に鈍いのだが、歩幅が広いので、あっという間に俺のすぐ後ろまでたどり着いてしまった。


『ふ、踏まれる!』


『スリル満点ですね、もぐもぐ』


 ボリボリとポップコーンをむさぼる音が脳裏から聞こえてくる。

 こいつ、他人事だと思いやがって……緊張感なさすぎだろ。


 むんむんと悪臭を漂わせながら、鬼の薄汚れた足の裏が俺を潰そうと迫ってくる。

 逃げ出そうにも、腰が抜けているし、未だに腹痛が治らない。

 また詰みかよ。



 そして、俺の目の前が真っ赤に染まった。



 ——だが、これは俺の血ではない。

 俺が踏まれてしまう寸前に、誰かが鬼の足裏に槍をぶっさしたのだ。

 あまりにも高速な走りに、俺の視線が追いつかず、槍の持ち主の姿はよくわからなかった。

 でも、人間なのは確かだ。


「グギャオォォォオォ!!!」


 赤ん坊のように喚きながら、鬼は森の奥へと去っていった。


「助か……ぶふぉっ!」


 っむむ、息ができん。

 俺を窮地きゅうちから救ってくれた謎の人物が突然タックルしてきて、俺を荒く引っ掴んだ挙句、己の胸の亀裂に俺の顔をうずめ込んだのである。


 呼吸をするために全力で抵抗しても、俺を抱きしめている腕の握力あくりょくが増すばかりで、完全に逆効果だ。

 しかし、やたら柔らかい胸元だな。

 腹はガッチガチに引き締まった筋肉の塊だというのに、何を常食していれば、ここまで格差が生じるのやら。


 ……いやいや、冷静になれ俺。

 常識的に考えてこれっておっぱいじゃ——


 俺の破廉恥な考えは、酸素不足で混濁こんだくしていく意識に飲み込まれていった。


***


「カカレニコ。ダフェラ、モーラノイ」


「モーラノイ?」


 目を覚ますと、俺は四人の筋肉がやたらと発達しているマッスルな女性に取り囲まれていた。

 彼女たちは理解不能な言語を口にしており、果物の皮や木の葉っぱで構成されたブラジャーやスカートという、かなり民族的な衣装を着用している。


「レニバ、レニバ。モーラノイ」


 レバニラレバニラとやたらお腹を空かせているような言動を繰り返し喋っているのは、その四人の中でも一番若そうな女性だった。

 若いと言っても、俺よりは年配そうな体つきだが。


「オオ~」


「カマチャ、アモノセリット」


「モーラノイ!」


 俺が目覚めたことに気づいたのか、残りの三人が次々に驚きの声を上げる。


『こいつら、何を言ってるんだ?』


『どうやら、人が滅多めったに近寄らないジャングルの奥地で発見した浮雲さんを、神の落とし子だと思っているようですね。浮雲さんの衣服はこちらの世界では異端ですし、その顔も誰が見ても間違いなく現地住民ではないと思いますもんね』


 よくわからんが、この勘違いは使えそうなので訂正ていせいしないでおこう。

 訂正したくても言葉が通じないので無理だけど。


「モーラノイ、アアバリサチェヌス」


 首を傾げながら、一人の女性がそう言った。

 全体的な意味はわからないが、頻繁ひんぱんに聞くモーラノイという単語は、おそらく俺のことを指しているのだろう。


 下手に動き回って、地雷を踏んでしまうと厄介なのでここはひとまず、様子を見るか。


 しっかし、四人ともおっぱいがやたらとでかい。

 メロンだと例えたところで過小評価にしかならないレベルだ。

 さらにその上から、ジャングルの蛮族ばんぞくらしい露出ろしゅつが多い葉っぱの衣を着ているので、目のやり場に非常に困る。


 うわっ、おっぱいが……間違えた、女の人が俺に迫ってくる。

 さっきから一番べらべらしゃべっていた若そうな子だ。


「モーラノイ、カタリコ。サチュバテナポポル」


 彼女は手を俺に差し伸べた。

 握手を要求しているのか?

 とりあえず右手を差し出すと、彼女はそれをぐっと掴み、魚を釣り上げるように引き上げ、俺を肩の上に担いだ。

 こちとら神の子供なんですが、扱いがちょっと雑すぎませんかね?


 彼女は右肩に俺を担いだまま、左手でばっとテントの入り口に覆い被さる掛け軸を跳ねのけ、颯爽と走りながら外へ出た。


 俺の頭が彼女の胸と共にぼいんぼいんと揺れて、目のピントが合わせづらいが、なんとか頑張って周囲を注視する。


 なんというか……原始的な村だ。

 人造の建物はテントぐらいしかないし、人々は葉っぱやボロい毛皮しかまとっていない。

 電気とか水道は間違いなく整備されていないだろう。

 こっちの世界はまだかなりの未開社会なのだろうか。


 視線を建造物から人々へと移す。


 住人たちはすれ違いざまに俺を「モーラノイ」と呼び、敬意を込めた土下座を披露ひろうしていく。

 王様にでもなったような気分がして超気持ちいい!!!

 前の世界では、他人が俺にひれ伏すとかまずありえなかったしな。

 神の子サイコー!

 他に行く当てもないし、しばらくはここで暮らすことにしようか。


 しかし、気づいたのだがここの住人は今のところ女しか見ていない。

 男は狩りにでも出かけているのだろうか。

 もしアマゾネスみたいに女しかいない集団だったら、夢に見たハーレム状態になれるかもしれない。

 うへへへへへ、とゲスい笑みを浮かべていると、俺を担いでいる女性が異国語で話しかけてきた。


「モーラノイ、エルガポポル」


「あ、うん。はいはい。えーるがぽんぽんね」


 彼女は俺を地面に下ろした。どうやらここが目的地らしい。


 たどり着いた地点には、神秘的な雰囲気をかもし出している古そうな蔵が建てられていた。外側はたくさんの宝石や動物の骨で飾られている。

 きっと、神様とやらを拝めるための建造物なのだろう。


 現地人の女はこの蔵の前に置かれた重そうな岩を、熊のような馬鹿力でどかせ、ぽっかりと開いている入り口をあらわにした。

 そして、俺をその中に無理やり放り込むと、再び岩を元の位置に戻した。


 ふぁっ?


「モーラノイ、カカリペストポポル」


 俺を閉じ込めた女性はパンパンと祈るように手を叩き、お辞儀をすると、そのままどこかへ行ってしまった。

 俺を置き去りにして。


 おい! ちょっと待て、おかしいだろ!

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