騎士の戦い

 操縦を任されていたバルバが血相を変えて走ってくる。


「団長! 見えました! レジェンディアです!」


 雲間がぱぁっと晴れていくと、そこには聖なる土地レジェンディアが悠々と広がっていた。中心にどっしりと構えている世界樹グランミリエルを望むことが出来た。


「バルバ! 皆を甲板に集めて」


「はっ!」


 ユカは地上を見下ろし、つぶやく。

「……妙だわ」


 エンジュが尋ねる。

「どうしたんだよ、団長?」


「ゴーレムがいない」


 ユカに言われて、エンジュも飛行船から身を乗り出した。


「いないなら、好都合じゃないか」


 そうつぶやいたのは、特攻隊長のシズイだ。

 見ると、帝国騎士団が皆、甲板の上に集合していた。


「そうですね。障壁の突破には難を要すると思っていたのですが……。皆、覚悟はいいですね?」


 ユカの言葉に団員たちは首を縦に振った。

 生きては帰れないかもしれない。個々の思いの違いはあれど、彼らは皆、騎士だった。世界の存亡をかける戦いに、身命を賭して赴く義務があった。それらを覚悟した上での首肯を見て、ユカは短く笑った。


「ふふ……。さあ、行きましょう! 聖なる地レジェンディアへ!」


 ユカの号令と共に、飛行船が速度を上げてレジェンディアに近づいていく。

 そうして、飛行船がレジェンディアの地に降り立った時、大きな影が、疾風のように彼らの眼前を横切っていく。


 行く手に立ちはだかるは、見上げるほどに大きい、真紅の巨竜だった。


 オーディーンが開口一番、大きな火球を吐き出した。火球は着陸していた飛行船に直撃し、船は一瞬で灰と化してしまった。


「貴様らにルーフの邪魔はさせんぞ!」


 大きな翼を動かすたびに、暴風が巻き起こる。

 騎士達は武器を取り、竜と相対する。


 副団長のバルバがつぶやく。

「団長、エンジュを連れて、世界樹へ走るのです。奴を止められるのは、悔しいがあいつだけだと思います」


「ダメです。無謀すぎます!」


 バルバはユカに怒鳴りつける。身が震えるような怒声だった。

「世界の存亡がかかっておるのです! 我々は何のためにここに来たというのですか!」


 その一言で、ユカは彼の思いを汲み取った。生半可な覚悟の者はここには誰一人としていない。他でもない団長のユカが、一番よく分かっていた。


「……行きましょう」


「でも……」


 遊び屋のゼルがエンジュの尻を蹴っ飛ばした。彼は笑っていた。


 皆が自分を見ている……。この期待に、応えなければならない。エンジュは強くそう思った。


「……皆、死ぬなよ」


 ゼルがつぶやく。

「ペーペーのエンジュちゃんに心配されたくないね」


 ラルーサが拳を打ち鳴らしつぶやいた。

「あたぼうよ! 俺らが死ぬわけねえだろ」


 ギランが眼鏡をくいっと持ち上げて、それに続いた。

「君は私たちを侮っていないか、エンジュ」


 シズイがすぅっと大きく息を吸い込んでから言った。

「俺たちを誰だと思ってる? 世界最強の帝国騎士団だぜ!」


 エンジュは自然と微笑する。憎むべき敵の手先だったはずの帝国騎士団。彼らの姿が、今のエンジュには少し違って見えた。決して彼らの事を許したわけではない。だが、少なくともこの一瞬、エンジュは彼らのことを仲間だと思うことができた。


 エンジュはユカと共に駆け出した。


 二人を狙ってオーディーンが火球を放つが、ラルーサが盾になった。それに乗じて、シズイが先陣を切り、巨竜に突進を仕掛ける。ギラン・ゼル・バルバがそれに続いて、攻撃を繰り出す。だが、オーディーンは巨大な尾を振り払い、騎士たちを虫のように薙ぎ払う。


 エンジュには彼らの姿は見えない。いや……見なかった。見たら、引き返してしまうかもしれないから。


 彼らの思いを背負い、世界樹へ行くこと。そして、ルーフを止めること。

 それがエンジュに課せられた使命だった。

 託された思いを胸に、エンジュは走る。

 遥か高くそびえ立つ、世界樹グランミリエルへ向かって。




  ◆ ◆ ◆




 エンジュとユカが世界樹へと向かう途中で、突如、一筋の塵旋風が巻き起こる。

 旋風と共に二人の前に現れたのは大樹の守護者、ゴーレム。十代の少女のような外見をしているが、人知を超えた力を秘めた魔道兵器である。


「この先は聖なる場所。……行かせるわけにはいかぬッ!」


 腕を軋ませながら、ゴーレムが二人に襲い掛かる。動作は思いのほか鈍く、二人は簡単にかわすことができた。

 だが、その威力は常軌を逸していた。

 凄まじい衝撃と共に、地面にひび割れが走る、

 ユカが剣を抜く。すらりと銀色に輝く刀身は、剣の切れ味の鋭さを物語っている。満身創痍のゴーレムに向かってつぶやく。


「私達は帝国騎士団。世界を救う義務がある。そのためにここまでやってきた。この先には、私達の住むこの世界を壊そうとしている少年がいる。私達は彼を止めなければならない! 邪魔をする者が立ちふさがったら……斬り捨てていくだけですッ!」


 ユカは芸術的な美しさの突剣を構え、地面を蹴った。銃弾のように飛び出した彼女は、勢いそのままにゴーレムに突進した。


 だが、ゴーレムも負けていない。突っ込んできたユカを受け止め、背後に投げ飛ばす。

 地面に激突して、ユカは軽く口を切った。すぐさま立ち上がると、ゴーレムを睨み付け、血を吐き捨てる。


「汝らに使命があるのと同様、私にもやらねばならぬことがある。それは神より託されし、我らゴーレムの存在意義なり。……そう、我ら四人のなッ! いでよ! トロン、ウルード、レイロンッ!」


 突如、ゴーレムが腕を突き出す。すると、彼女の体が頭・堂・脚の三つに分裂する! 分裂した肢体は光りに包まれたかと思うと、やがて、三機の小さな魔導兵器へと姿を変える。

 体躯は先ほどまでよりも一回り小さい。言うなればプチゴーレムである。プチゴーレムの後ろには謎の丸い球体が浮遊している。


「――やれやれ久々に我らの出番かと思えば……」


「――相手がたった二人の人間とは……」


「――アスカよ、お主大分くたびれたようじゃの」


「……お前らを分離するために、随分とエネルギーを使ってしまった。暫くの間頼んだぞ」


「「「任された!」」」


 三機のプチゴーレムが一斉に攻撃を仕掛けようとユカに迫っていく。さすがのユカも、冷や汗が頬を伝う。

 プチゴーレムは腕の関節を鳴らしながら言う。


「すまぬ。お主に恨みはないが……予言の子の邪魔をさせる訳にはいかぬ」


「予言……?」


「左様。古の創造主の予言なり。予言の子……。彼の者はこの世界を変革させんがために、世界樹が遣わした存在。故に、我らは彼を補佐する」


「彼……ルーフは星の脱皮を起こそうとしているのよ!? あなた達は、この世界がどうなろうとも構わないっていうの!?」


 ゴーレムはしばしの間黙考してから、口を開く。


「世界変革の結果は我らの知るところではない。予言の子の下した決断……それすなわち、世界樹の御言葉に同じ。故に、我らはそれを享受するのみ」


「……狂ってる」


「話は終わりだ。さらばだ……哀れな人間よ」


 プチゴーレム達が一斉にユカに襲い掛かった。しかし、その時白刃の閃光が彼らの前を横切る!


「……お前らの事情なんか知らねえよ。俺は友達を助けに来た。ただ……それだけだッ!」


 エンジュは身の丈ほどもある大剣を横凪に回転させる。

 ゴーレム達は咄嗟にエンジュと距離を取った。


「助かりましたエンジュ」


「礼はいい。さっさとこいつらを突破するぞ、団長」


「ふ……言われなくとも。……策はあるのですか?」


 ユカは相手をじっと見据えて思案する。

 敵は人外の破壊力を持った魔導兵器が三機。だが、三機の動きはそれほど素早くない。二人で攪乱しながら、隙を突いて少しずつ攻撃するしかない……。

 だが、エンジュはユカの思いも露知らず、不敵に笑ってつぶやいた。


「団長は引っ込んでろ。こいつは俺の敵だ」


「何を言って……一人で敵う相手じゃありません!」


 ユカの制止を振り切り、エンジュはゴーレム達に向かって行く。



 エンジュは、帝国騎士団で一番の下っ端だった。それ故、蔑みの目で見られたり、差別されたりということがままあった。

 だから、エンジュは皆が寝静まった夜中にひっそり剣の稽古に励んでいた。何回剣を振ったのかわからない。ただ、疲れてもう動けなくなるまで、毎日毎日剣を振った。

 そうしているうち、エンジュは他人には真似できない剣技を身に着けた。

 エンジュが持っているのは大剣。当たれば凄まじい威力を誇る武器である。

だが、当然普通の剣に比べて圧倒的に扱いにくい。重量が桁違いに重いため、振りは遅いし、普通の人なら、狙った的に命中させるだけでも難しい。さらに、動作も単調で大ぶりなものになってしまう。



 ――これらは全て、常人の話。エンジュは違った。



 エンジュはたゆまぬ鍛錬によって、身の丈もある大剣を、まるで細剣のごとく自在に動かせるようになったのだ。

 重量のある大剣に、細剣の速度が組み合わさる。すると、攻撃の威力は加速度的に上昇し……雷鳴の如き剣撃が生まれる。


 エンジュが地面を蹴って、ゴーレム達の中に飛び込む。

 跳んで火にいる夏の虫とはこのこと、とばかりに、プチゴーレム達がエンジュに一斉攻撃を仕掛けた。


「エンジュ!」


 思わずユカも叫ぶ。しかし、ユカの声はエンジュに届かない。エンジュは余計なものを全て遮断し、これから放つ奥義のために、全神経を集中させていた。


 プチゴーレム達の攻撃がエンジュに到達する刹那、エンジュが動いた。


 大剣を上から左下へ斬り下ろして、一機目のプチゴーレムの攻撃を横へそらし、腹部に一撃を加える。そのまま跳躍して、二機目の攻撃をかわし、回転しながら袈裟懸けに斬りつける。着地して続けざまに、三機目のプチゴーレムを横薙ぎに斬りすさび、最後に雷の如き刺突を放った。


 最期に放った突きの衝撃波で三体のゴーレム達はことごとく吹っ飛んだ。

 これぞ、エンジュの編み出した奥義。目にもとまらぬ四連の斬撃である。


「なに……が……?」


 ゴーレムは事切れて、まるで電池の切れたおもちゃのようにそのまま動かなくなった。

 ユカの目にも何が起きたか分からなかった。エンジュが飛び出して、そのすぐ後に、三機のゴーレムが吹き飛んで起き上がらなくなった。エンジュの剣戟はユカでも見切れないほどの速さだった。


「エンジュ……、あなた、何を……」



「へん。これぞ奥義――《ベルセリオストライク》。……なんてな」



「……あまりかっこよくないです」


「けっ! どっかの誰かみたいなこと言いやがって……と、冗談言ってる場合じゃねえ。早くルーフを追わないと」


 そう言って、エンジュが走り出そうとした時、先ほどまでただ浮遊しているだけだった謎の球体が、凄まじい速度で回転を始めた。すると、動かなくなった三機のプチゴーレムが球体のもとへ収束していき……一機のゴーレムへと姿を変える。

 ゴーレムは胸に手をおいてつぶやく。


「ふぅ……トロン、ウルード、それにレイロン……貴様らの無念は私が継ごう。少し休んだおかげで駆動回路にエネルギーが戻ったようだ」


 言うや否や、ゴーレムはエンジュに詰め寄り、足を振りかぶった。

 その速さに反応できず、エンジュはまともにゴーレムの蹴りをくらう。

 そのままユカに殴り掛かったが、間一髪、持っていた剣で受け止めた。鍔迫り合いになる。だが、それも長くは続かなかった。ユカが力で押し負け、後ろに逃げる。


 先程までとは何もかもが違っていた。特筆すべきはそのスピード。あの短時間でこれほどの回復が出来るものなのか。


 不意の蹴打を受けたエンジュは未だ地面に倒れて悶えている。

 無駄だと分かっていても、ユカは説得を試みた。


「お願いです、そこをどけて。私たちはどうしてもその先へ行かなければならない。この世界を守るために。できるならば、あなたと戦いたくありません」


 すると、ゴーレムは険しい顔でユカを睨みつぶやく。

「……貴様は誤解している」


「どういう意味ですか」


「彼は……いや、ここで言っても仕方が無い。お前に彼の邪魔をさせる訳にはいかぬのだ!」


 ゴーレムは拳を突出し、威厳たっぷりにつぶやく。


「我が名はアスカ。聖地レジェンディアの守護者にして、世界樹の代弁者なり」


 アスカが動く。彼女は一瞬でユカの背後に回って、回し蹴りを放つ。

 しかし、ユカは驚異的な反射でアスカの攻撃を受け止める。


「受け止めた……ッ!?」


「舐めてもらっちゃ困ります。私は世界最強の帝国騎士団を束ねる団長、ユカ・ロートル。あなたに負けるわけにはいきません。……エンジュ!」


 ユカの呼び声にエンジュが応じる。

「団……長?」


 エンジュは弱々しく立ち上がった。彼を一目見て、ユカがつぶやく。

「あなたは何のためにここへ来たのですか」


「世界を……救う……」


「違います。あなたはもっとシンプルな目的のためにここにきた。違いますか?」


 エンジュが顔を上げた。そうだ……俺はたった一つの目的のために……。


「俺は……俺は、ルーフに、友達に会って話すことがある。だからここまで来た!」


 自信に満ち、力強い声だった。

 エンジュの言葉を聞いて、アスカが顔を顰めた。


「ルーフの……友だと!?」


 ユカは剣越しにアスカを見てにっと笑った。


「行きなさい、エンジュ! ここは私が抑えます! 早く!」

「でも、団長……」


 ユカはエンジュに一喝した。



「あなたは騎士でしょう!」



 ユカの凛とした声が、頭の中に鮮明に入って来る。



「人々を守る騎士が、友一人救えないでどうするの。その弱気な声はなんですか。これ以上、帝国騎士の名を汚して見なさい……解雇しますよ!」



「……団長……死ぬなよ」


「当たり前です。さあ、早く!」


 エンジュは天高くそびえ立つ世界樹を仰ぎ見る。あそこに……ルーフがいる。だったら、俺はあそこへ行かなくちゃいけない。

 エンジュは駆け出した。まっすぐ前だけを見つめて。


 行く手を阻もうとアスカが飛び出したが、ユカがそれを食い止める。


「友人の再会を邪魔するなんて、野暮はよしてくれませんかねェ……」


「く……っ!」


 二人の攻防は熾烈さを増していく。



 彼の者が世界樹に到達せし時、封印されし時が動き出す。

 ――その時が刻一刻と近づいていた。

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