ポニーテールはわらわない
お題:「すべり台」「ポニーテール」「皮肉」
――皮肉。
①かわとにく。
②意地悪く、遠回しに非難する様子。
③思った通りにならない様子。
ぱたんと辞書を閉じる。試しに国語辞典を開いてはみたものの、何も頭に浮かばない。
つまるところ、俺はネタに詰まっていた。
まったく、なんだってこんなことに……。
きっかけは一週間前、俺がふとしたことからつぶやいた一言だった。
下校途中、ふと笑いの神様が降りてきた気がして、俺は意気揚々と隣を歩いていた涼子につぶやいた。
「ゲッティ!!」
スパゲッティの持つ滑らかさと、黄色いスーツの人の○ッツを組み合わせた渾身のギャグだった。
硬直すること数秒。
涼子はまさに無の表情でつぶやいた。
「……大次郎のギャグってさ、すべり台みたいだよね」
ぽつねんと言って、そのままスタスタ歩き始める。
「ちょ、ちょっと待って! 意味分かんないって! すべり台って何さ!?」
「そのままの意味よ。落ちもない、スベるだけのギャグ。吐気がするほどのつまらなさよ」
思いつきで言ったギャグ一つで、ここまでボコボコにされるなんて。涼子は他人のふりをしたいのか、ポニーテールを揺らし、さっさと歩いて行く。その去り姿を見ていると、無性に悔しさがこみ上げてくる。
涼子とは家が近所ということもあり古い付き合いだが、これまで一度も俺は彼女が笑ったところを見たことがない。俺がふざけて何か言ったときは、いつも氷のような無表情で皮肉たっぷりのコメントをつぶやくだけである。
TVのお笑いショーを見て自分なりに研究もしたが、何の効果もなかった。
涼子はもともと笑い好きではないのだから、放っておけという意見もあるだろう。しかし、これはすでに俺の中で涼子を笑わせるという問題を通り越して、己のプライドとの戦いとなっている。女の子一人笑わせられないなんて、なんだかかっこ悪いじゃないか。そんな想いが胸の内でむくむくと強まって、俺はとうとう言ってしまったのだ。
「待て、涼子」
「何よ?」
「賭けをしないか? 今日から一週間以内にお前が笑ったら俺の勝ち。一度も笑わせられなかったらお前の勝ちだ」
涼子はしばし沈黙して、やがてぽつりとつぶやく。
「……私が勝ったら?」
よし、乗ってきた! 彼女はこれで、ノリが良いタイプなのだ。
「ラーメン一杯おごる」
「乗った」
かくして俺と涼子の勝負は始まったのだが……それから一週間後の今日。結局、未だ涼子は一度も笑っていない。古今東西あらゆるネタをぶつけたものの、彼女は一瞬足りとも笑うことはなかった。もはや、人間とは思えない。涼子は鉄の皮をかぶった最新型アンドロイドなのかもしれない。
万策尽きた。今日中にあの女を笑わせるなんて不可能だ。
結局、俺はラーメンをおごることになった。
勝負に勝っても涼子は機械のように無表情だった。その表情を見ていると、俺はなんだかやるせなくなった。
ずぞぞぞぞぞ……。麺をすする間も彼女は無感情だ。
その時、不意に店のおやじがつぶやいた。
「お嬢ちゃん、ずいぶん美味しそうに食べるんだねぇ。俺も作った甲斐があるってもんだ」
耳を疑った。美味しそうだって!?
「涼子、ラーメン美味いのか?」
「ん、まあね」
なんということだ。彼女はまるで無感情だと思っていたが、そうではない。単に思っていたことを表情に出さなかっただけなのだ。そのことに俺は遅かれながら気がついた。
今、内心でラーメンを美味しく感じているように、もしかしたら俺のギャグで内心こっそり笑っていたのかもしれない。そう思うと、涼子のポニーテールが笑っている気がした。
「あ、大次郎。この一週間、わりと退屈しないで過ごせたよ。一応、ありがと」
「お、おう」
「ちなみにあんたのネタは引くほどつまらなかったわ。さすがMrすべり台。もっと精進することね」
俺はもう少しがんばることにした。笑いが彼女の面を破って、ポニーテールを揺らすまで。
――ラーメンのスープが舌に心地よく染み渡る。
うん、うまい。
いや、これもまた皮肉なのかもしれないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます