一日前のエイプリルフール
お題:「嘘」「世界の終わり」「人気チェーン店」
次から次へと回される皿。僕は皿を手に取り、スポンジで洗う。しかし、洗っても洗っても終わりが見えない皿洗い作業に、僕は嫌気がさし始めていた。
少しでも手を休めようものなら「おいバイト! さぼってんじゃねぇ!」とどやされる。僕はため息をつきながら、また手を動かし始めた。
――ジ、ジ、ジ……。連邦評議会の発表によりますと、規格外小惑星の接近につき、安全対策レベルが引き上げられました。小惑星は急速に地球に接近しており――
ようやくその日のアルバイトが終わって、僕は家に帰ってきた。僕があの王手人気ファミレスチェーン店で働き始めて数週間。仕事には慣れない。このまま続けられるだろうか。
いや、今は忘れよう。とりあえず、今日は終わったんだ。
その時、突然ケータイがけたたましく鳴り始めた。
――緊急警報が発令されました。小惑星の接近により、国際安全保障評議会より、明朝この星が破壊されるとの発表がありました。繰り返します、明朝、地球は破壊されるとの発表が――
僕は笑っていた。明朝、世界は終わる……バカげてる。今日は三月三十一日。どこの愉快犯の仕業かは知らないが、エイプリルフールにはまだ一日早い。
試しにテレビをつけてみると、小惑星接近の話題ばかりだ。くだらない。
その時、またケータイが鳴る。
バイト先の先輩からの電話だった。
「おい、菊田。お前、さっきの警報聞いたか!?」
「はい。明日、地球が無くなるとか、ナントカ」
「お前、のんきだな。まぁいい。とにかく、俺はお前に一言謝っておきたかった。今までことあるごとにいびったりして悪かったな」
まさかあの先輩にこんなふうに言われるなんて……。
「先輩、急にどうしたんですか?」
「いや、明日世界が終わるなんて思ったらさ色々思ってよ……。お前も達者でな」
電話は切れた。先輩は本気で明日が世界の終わりだと思っているのだろうか。
あんなの……信じるほうがどうかしている。
何かの間違いに決まっているんだ。
でも、どうしてだろう。先輩と話した後、無性に胸がざわめく。何かをせずにはいられない。けど結局何も出来ない。
僕はいつもどおりに過ごして、当たり前のように床についた。明日世界が終わるなんて、んなこと、ありっこないのだ。
その時、またしてもケータイがけたたましく鳴音する。
――ジ、ジ、ジ……。緊急のお知らせです。先ほどの発表は誤報でありました。繰り返します。先ほどの発表は誤報です。
そうれ見たことか、と僕はほくそ笑む。
信じる方がバカを見る。世界はそういうふうにできているのだ。
――繰り返します。先ほどの発表は誤りです。正しくは小惑星の予定到達日時は四月二日の明け方です。繰り返します。明後日の明け方に巨大小惑星の接近によって――
え……!?
背中が嫌な汗でじっとり濡れる。
◇
「……終わったかね?」
「はい。目標、実験を信じこみました」
「ふむ、これでまた新たなデータが得られたな。協力者にも感謝せねば」
「そうですね。菊田家だけに特別電波を出したり、彼の先輩にも手伝ってもらいましたから」
「しかしそうするだけの価値がある実験だよ」
「そうですね。この研究が完成すれば、我が社はあらゆる人間をカモにとって、莫大なビジネスチャンスを得られますよ、社長」
「うむ。そのためにもさらに実験体を増やす必要があるな」
世界で暗躍する詐欺シンジゲートの活動が本格化するのは、それから間もなくのことである。
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