未来から来た俺


   お題「時間・サイコパス・女装」


 目が覚めると、見知らぬ女が俺を見下ろしていた。

 ウェーブのかかった金に近い茶色の髪はうなじに届くほどに長く、胸のあたりが平らな以外には文句のない、抜群のプロポーション。端的に言って女は美人だった。

 そして、俺にはこんな美人な知り合いはいない。この女は誰なんだ?

 いや……これは夢か――いや、そんなわけ――。


 夢見心地のぼんやりする頭でそこまで考えてから、ようやく体が動いた。

 遅れてきた反射で体が後ろに跳ねて、後頭部が壁に激突する。


「だ、だだだだ、だれだアンタ!?」


 女は慌てまくる俺の様子を見て何を思ったか、にへらっと人を食ったような笑みを浮かべる。


「いや、ビビりすぎだろ。引くわマジで」


 女は前髪をふぁさりと色っぽく撫で上げると、不遜につぶやいた。


「単刀直入に言ってやる。俺はお前だ」


 ………………は?


 女は至極真面目な顔をして話を続ける。


「その顔、信じてないってツラしてやがるな。まぁそれも無理はないか。俺だって、わざわざ過去の自分になんて会いたくないし。そうそう、俺……未来から来たって言ったら信じる?」


 目の前にいる美人の女は未来から来た自分自身? 

 そんな莫迦な話――


「し、信じられるわけ――」


「――ないよなぁ。俺も初めて、未来から俺が来たとき信じられなかったもん」


「……来たのか? お前の所にも未来の俺が?」


「ああ、来たぞ。ただその時はもう一人いたんだけど…………ま、そのことは置いとけ。とにかく俺は用があってわざわざ未来から高校生のお前に会いに来たんだ。信じられねぇなら、お前の質問には何でも答えてやるから聞いてみな」


 自信満々にそう言う女は嘘を言っているようには見えないが、だけど余りに荒唐無稽な話だ。


「……じゃあ俺の初恋の人は?」


「日曜朝から放送してたプリ魔女のヒロインの一人、ルミちゃん」


「……正解。なら、昨日の晩飯は?」


「逆に聞くが、お前五年前の晩飯覚えてるのか?」


「……質問を変える。来週の数学のテストの問題は?」


「お前、俺をからかってやがるな。教えるわけねーだろが!」


「んだよ! 未来から来たってんなら問題くらい知ってんだろ! 教えてくれたって良いだろ、自分のことなんだから!」


「甘ったれんな! 勉強くらい自分でやれ。確かに俺はお前が受けるであろう数学のテストのことは覚えているが、不用意に余計なことを口に出せば、あっちで留置場に行くことになるからな」


 未来から来た俺によると、来週の数学の試験問題について教えることは歴史の改変にあたるらしく、タイムパラドックスがどーたらこーたらあって、とにかく警察に逮捕されるような事態になるらしい。未来の俺も理屈はよくわかってなかったみたいだけど、とにかく歴史に大きな影響を与えるようなことは基本的に出来ないらしい。


 あれ? じゃあ、こいつ何しに未来からやって来たんだ? それに今まで見て見ぬ振りしてたけど、こいつが未来の俺なんだとしたら格好が明らかにおかしいと思うんだが。


「あのさ、今までツッコまなかったけど……お前の格好って……」


「ん? ああ、これは女装のことか。安心しろ、別に大事なもんはとっちゃいないから」


 こいつさりげなく、凄いこと言わなかったか?


「本題に入るが、俺はお前にある事実を伝えに来た。お前は十五年後、国際テロリストとして全世界に指名手配される。非人道的で近代最悪のサイコパス。人が消し飛ぶ様を見て、快楽の絶頂にいるかのように笑ってみせたそうだ。十五年後のお前の犯罪行為による被害者数は全世界の人口の三十パーセントにのぼる」


「……は?」


 俺が話について行けなくて呆然としている間も、未来から来た俺は淀みない口調で淡々と、未来の世界で起きたことを話す。


「人類の敵とまで言われるサイコパス犯罪者――それが未来のお前の姿だ」


 俺の将来が全世界で指名手配されるテロリストだと? そんな……そんなことって……。


「まぁ全部聞いた話なんだけどな。お前と同じように、俺の所にも未来から人がやって来たんだ。その時、来たのは俺じゃなくて、国際警察の人間だった。国際警察はあまりに大きな被害を出した事件を事前に防ぐために、時を超えて俺の所に来た。そして、そいつらの指示で俺は今、こうしてお前に会いに来たってわけだ。理解したか?」


「できるかー!! 意味わかんないし! なんで俺がテロリスト!? だいたいもう起きた事件を未然にってのもわけが……」


「簡単な話だ。このまま放っておけば心を失った最悪のサイコパスになるお前を、正しい道へ導いてやればいい。そうすれば事件を起こすこともないだろう?」


「…………お前は? お前の所にだって、未来から事件を未然に防ぐために誰か来たんだろ?」


「まぁな。だが、俺には無理だった。今の俺に女装を捨てることは出来ない。たとえ、大勢の命が犠牲になったとしても」


「なんかかっこよさげにつぶやいてるけど、全然かっこよくないからな! ただのサイテーなクズだからなお前!」


「フッ……。自分の発言はブーメランとなって己に帰ってくるもんだぜ。昔の俺よ」


「うぜえええええ! もーいい! とにかく俺はどうすりゃいいんだ!? 俺はテロリストになんてなるつもりないからな!」


「簡単だ。今月中に彼女つくれ。それが国際警察が考えた、事件を回避するただ一つの策だ」


 世界最悪の事件を未然に防ぐために彼女をつくれ、だと? あいにく俺は国語の成績は3以上とったことがないが、こいつの発言が常軌を逸しているのは理解できた。

 こいつ、莫迦なんだな。きっと。かわいそうに…………あ、自分のことになっちゃうんだった。

 未来から来た俺は、小さく咳払いをすると、国際警察が考えたらしい作戦を説明する。


「お前には長年彼女がいなかった。そのことでお前は心をこじらせ、ひねくれた人間になっていく。やがて、人間の女と付き合うのを諦めたお前は二次元の女を追いかけるようになるが、それもやはりしっくりこない。お前の心はさらに荒み、この世に恨みを抱き始める。やがて女装に目覚め、性を超越したかのような感覚を覚えるに至ったお前は、新世界の神となるべく国家転覆級の犯罪行為に勤しむようになる……とまぁこういうシナリオらしい」


「はぁぁああああっっ!? んな莫迦みたいなシナリオあるかぁっ!」


「まぁ落ち着けって。俺はもう女装を捨てる気は無いし、今から彼女を作る気なんて毛頭無い。だが、その点、お前は違うだろ? だから国際警察の命で、歴史改変の特例としてこの時代に俺が送られたのさ。全く知らないヤツに説明されるより、自分に説明された方が納得できるだろ」


 確かに俺は未来の俺のように女装癖なんてないし、多少捻くれてはいるけど、世界に憎しみを抱くような感じではない。好きな人だってその……いるし…………。


「お前にしてみたら、彼女もできるし、世界を救えるし、良いことづくしだと思うけどな」


 すると突然、未来から来た俺の体が、淡い光に包まれ始めた。


「やべっ、もう時間か。いいか! 今月中に彼女つくれよ! じゃないと世界が――!」


 そこまで言って、目の前にいた未来の俺の体はかき消えた。取り残された俺はぼんやり天井を見つめ思う。

 今月中に彼女つくるなんて、俺に出来るのか? だいたいクラス替えをしてから、女子とまともにしゃべったことさえないのに……。

 だけど、そうしなければ世界中を巻き込むこと事件が起こってしまうのだと、未来の俺は言っていた。


 ふっ……と、自嘲する。


 ……やってやる。やったやろうじゃんか。世界を救う勇者になってやろうじゃないか!





 ――こうして、少年は世界を救うべく、一世一代の告白をすることになるのだった。その結果、未来は変わるのか、変わらないのかはわからないが、少なくとも少年にとって大切な一歩となるには違いあるまい。


 ただ――少年には一つだけ知らされていないことがあった。


 これは若者の恋愛離れを深刻に危惧しているブライダル企業と行政がタッグを組み進めている、ランダム対象βテストであり、少年はただの被験者の一人に過ぎないのだということを。

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