翼の誇り
お題:「天空」「休み時間」「害」
「ふわぁ~あ」
チャイムが鳴った後の休み時間。ぼくは背伸びしながら大きなあくびをする。窓の外はいつもと変わらぬ風景。一面の青が広がっている。
ちょんちょん。肩を叩かれる。
「……なんだ、ミホちゃんか」
「なんだとはなによ。カズくん、すごく眠そうだね」
隣の席のミホちゃんは背中の翼ををふよふよと動かしながら話す。
「ミホちゃんは眠くないわけ? さっきの授業退屈だったじゃん」
「えっそう? わたしは結構面白かったよ『下界』の話」
つい先程まで、ぼくらは授業で『下界』について説明されていた。下界というのは、ここ、天空界の真下に広がる世界のこと。そこには空の色に負けないくらい青い『海』というものがあるらしい。『陸』という場所には人間を代表として、多種多様な生態系が形成されているという。
とはいえ、ぼくもミホちゃんも実際に目にしたことはない。大人たちの話を聞いたことがあるだけだ。
僕の足元に、そんな世界が本当にあるのか……ちょっと信じられない。
「下界……ねぇ。ぼくは行ってみたいとも思わないね」
「え~楽しそうじゃない」
「どこがさ。下界には害が広がっている。害の気に触れすぎるとぼくらの翼が無くなるの……ミホちゃんだってわかってるでしょ」
「まぁね。害は良くないよね。うん、良くない」
下界には天空に住む人々にとって良くない外気、通称『害』が溢れている。天空では空の生活に適応できるよう、ふつうの人は背中に二つの翼がある。『害』はこの翼を溶かしてしまうらしいのである。ミホちゃんのお父さんも実際、『害』に当てられて、片翼を失っている。そういう人は珍しくないのだ。
「人間がいるから、害は生まれるんだ」
ぼくはポツリとつぶやく。
「諸説あるけど、『害』の発生には下界に住む人間たちが起こす悪徳が関わっている可能性が高いって、先生言ってたじゃん」
「うん」
「てことはさ、あいつらがいなくなれば、害もなくなるんじゃない?」
ミホちゃんは少し沈黙してから答えた。
「わたしは違うと思うな」
「なんでさ?」
「だってお父さんは下界へ行ったことを後悔していないもの」
「う~ん、それは……まぁ……」
「でしょ。お父さんはね、天使の仕事を誇りに思っている、っていつも言ってるの。魂を天へ届けるまでの間、僅かな時間だけど、魂の本当に綺麗な部分を見れるんだって」
「難しくてぼくにはわかんないや」
「そうだね。わたしにもよくわかんないよ。けど……だから、わたしたちは勉強するんだよ。カズくん、次の授業も寝ちゃダメだからね」
「はいはい」
チャイムが鳴って授業が始まる。
ぼくも少しだけ頑張ろうと思った。
今はそんな風には思えないけど、大人になれば、ぼくだって下界に行きたくなるかもしれないから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます