まとめ

「できました!」


 キリンが作業を始めて実に二時間ほど。ぱっと明るい声を上げた。


「おっできたかい?どれどれ・・・?」


 キリンが自信満々に差し出した紙を受け取り、オオカミはそれを眺め始める。識字率の低いフレンズだが、タイリクオオカミの賢い彼女はひらがな程度なら読むことができた。キリンが書いたそれは全てひらがななので、問題なく読める。


「・・・」


 ひらがなで書かれたそれは、ほんの1000字にも満たない短いものだった。読む人によっては一分でも読めるだろう。


 なのに、オオカミは五分もそれを眺めて沈黙している。最初は自信たっぷりだったキリンも、オオカミがまじまじとその紙に真剣な眼差しを向けているうちに、だんだんと不安そうな顔になってきた。


 急に、オオカミがその紙で机を叩く。ぱん、と軽い音がした。


「どう・・・ですか?」


 キリンがおずおずと尋ねる。オオカミは目を瞑って深くため息をつき、ぽっ、と一言吐くようにして言った。


「スゴクよかった・・・」


 オオカミはそれだけ言い、キリンに貸した鉛筆も紙も置いてフラフラと自分の部屋に戻ってしまった。後ろからキリンに色々声をかけられたが、全て聞こえていないかのように反応を見せなかった。


「・・・???」


 残されたキリンは、よくわからないままテーブルの上の紙を手に取る。


 拙い字で、自分なりに練り上げた物語。途中、間違えた字があったり、オオカミの話をメモした文が紛れ込んでいたり。


 ちゃんとした文章には程遠いが、それでも自分で書いたものだ。なんだか誇らしくて、愛おしくて、ふふんと鼻を鳴らしてしまう。


「でも・・・先生、どうしたのかしら?」


 作品のことを一旦頭の隅におき、先程おかしな様子だったオオカミを思い返す。ヘンだったが、彼女が言い残していった感想にまた笑いが出てくる。


(また書いてみようかしら・・・?)


 そんなことを脳内に浮かべ、キリンも自室に戻って行った。




 〜その夜〜




「なんだか、今晩は変ですね〜」


 そう独り言するのは、ここのロッジの管理人アリツカゲラ。消灯前に、一通り建物内を回るのだ。それも毎晩。


 そう、毎晩。一日も欠かさず、毎晩毎晩回っていると、普段がどんな様子なのか夢に出るほど覚えてしまう。つまり、ほんの少しでもいつもと違うことがあればすぐ気がつくのだ。


「何があったんでしょうか・・・」


 今日、彼女が不思議だと思ったことは、二人の常連客のことだ。常連、というよりもはや住んでいるが。


 一人はタイリクオオカミ。漫画家であり、彼女の部屋からはいつもカリカリという鉛筆と紙の擦れる音が聞こえてくる。

 もう一人はアミメキリン。探偵(?)であり、彼女の部屋はいつもバタバタと騒がしい。何をしているのかと気になるが、部屋を訪ねても異常はないのでいい事にしている。


 それが・・・今晩は逆なのだ。

 オオカミの部屋からはバタバタと音がし、キリンの部屋からはカリカリと音がする。


 明日の朝食の時間が楽しみだ、なんて思いながらアリツカゲラはロッジを回って、廊下の明かりを落とした。





 カリカリカリカリ・・・


 キリンの部屋。アリツカゲラが外から聴いたように、鉛筆が削れる音が響いていた。


「敬意を忘れず・・・よね」


 作業をしているテーブルの隅には、原稿用紙とは別の小さな紙が置いてある。昼間、オオカミから聞いた話をまとめたものだ。


 ☆☆☆


 ・けいい をわすれずに!

 ・とにかくやってみる!しりごみしない!

 ・じぶんにしょうじきにかく!

 ・せかいかん はこわさず!


 ☆☆☆


「ふふ、明日には書きあがるかしら・・・!」


 オオカミのあの顔を思い出し、ワクワクしてきた。





 一方オオカミの部屋。


 ごろんごろんとベッドで動き回り、枕を抱えて尻尾を振る大先生の姿がそこにはあった。


(私の二次創作、私の二次創作、私の二次創作・・・!)


 実は、キリンの小説を読んでからずっとこの調子である。単純に話が面白かったのもあるが、彼女が創作に手を出したことや自分の作品に二次創作が生まれたことなど、嬉しいことが沢山あってキャパシティオーバーしている。


 二次創作・・・英語だと、似たような意味の言葉としてFan Fictionというものがある。

 定義は人によるだろうが、Fanとあるだけあってファンが原作者を応援する意味合いも込められているだろうと作者は思う。


「・・・」


 ベッドの上で尻尾を振る彼女は、その応援がたまらなく嬉しかったのだ。



 〜翌朝〜



「おはようございます、先生!」


「おはよう、キリン。昨日はありがとう」


「いえいえ・・・そう!ほら、また書いたんです!読んでみてください!」


「ま、また?本当かい?」


 冷静に対応するオオカミ。しかし、キリンにはそのブンブンと勢いよく動く尻尾が見えていた。


(二次創作・・・やってよかった!)

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