無事、目覚める
ゆっくりと……覚醒して行くのが分かる。
ああ……俺は……目覚める事が出来たんだなぁ……。
タップリと寝た感覚はある。
だから、もうとっくに夜が明けて太陽が空に輝いているだろう事は想像出来ていた。
出来ていたんだが……。
薄っすらと開いた瞼に飛び込んでくる光は……どうにも少なく、どちらかと言えば薄暗い。
「ああ……ここは……」
ハッキリして行く意識の中で、俺は自分が眠っていた場所に心当たりのある事で安堵していたんだ。
間違いない。
ここは……いつも俺が定宿としている、エノテーカの店の二階だな。
「ゆうしゃさま―――っ! 起きたんだね―――っ!」
「ああ……メニーナかどぐわぁっ!」
メニーナの元気な声を聞いた俺はそれに応えようとして、腹に凄まじい衝撃を受けたんだ。
視線をそちらへと向ければ、彼女が思いっきり伸びをした様態で、俺と十字を切る形で圧し掛かっていたんだ。
考えるまでもなく、彼女が手加減なくベッドで横たわる俺に飛び込んで来た事が分かった。
分かったんだが……。
メニーナよ……ようやく目覚めたばかりの俺に、その仕打ちは酷すぎるぞ……。
まぁ、そこに悪意が無いのは彼女の表情を見ればわかる。
それに恐らく、俺が目覚めるまでずっとそばに付いていてくれたんだろう。事情を知っているのかどうかは兎も角だがな。
そんなメニーナに、頭ごなしに怒る事なんて出来ないよなぁ……。
こちらの方にキラキラとした瞳を向ける彼女の頭に、俺はゆっくりと手を置いた。
「……メ……メニーナ……。重いからそこを退いてぐはぁっ!」
何とか笑みを作り、辛うじて優しい声音で彼女を俺の上から退けようとした矢先、メニーナのその向う側……俺の下腹部辺りに、新たな衝撃が起こったんだ!
完全に不意を突かれた俺は、先程よりも強烈なダメージを受けていた!
……うん、場所も悪いしね……。
震える体を今少し起こしてそちらを確認すると、なんとそこにはメニーナと同じ態勢をしているパルネが横たわっていたんだ!
普段から存在を薄くしている彼女を、俺は完全に失念していた。
そしてそんな彼女の飛び込み攻撃は、俺に完璧な不意打ちを成功していたんだ。
「パ……パルネ!? 何でパルネまで飛び込んで……」
苦しみの余り途切れ途切れとなりながらも、彼女にその行動理由を問い質したんだが。
「……メニーナが……楽しそうだった……から?」
返って来たのは如何にも子供らしい理由であり、更には疑問形でもあったんだ。
いや……楽しそうってだけで、長く眠っていた者にこの攻撃はいかんだろう……。
「ね―――?」
「……ね?」
そんな俺の思考なんて思いもせず、彼女達は顔を見合わせて頷き合っていたんだ。
それを見た俺は、何とか体を起こしにかかった。
このまま横になっていたら、「楽しい」って理由で体の上で踊り周られそうだからな。
単純な疲労から来る睡魔に苛まれるだけだからな……寝て、起きたら治ってるってのが実際の処だ。
俺は気怠い体を起こして、周囲の様子を改めて確認した。
いや、周囲の様子と言うよりは、今の時間を……と言うべきか。
長老とエノテーカと戦った深夜から、間違いなく時は経っている。
そして時間は流れて、すでに日も西側に大きく傾いている様だった。
問題なのは、それが何日後か……と言う事なんだが……。
「……メニーナ……。俺はどれくらい寝ていたんだ?」
パルネと二人して、俺のベッドの上でワイワイと話していたメニーナに話し掛けた。
若い頃は、それこそ数時間も寝れば復活できていたんだが……流石に……今はそうもいかない様だ……。
「ゆうしゃさま、よっぽど疲れてたんだねぇ―――……。昨日この村に来て―――おじいちゃんの家で話して―――ゆうしゃさまは宿屋に戻って―――……。それで朝になって迎えに来ても寝てて―――ぜんっぜん起きないんだもん。つまんなかったよ」
昨日この村を訪れてからの行動を説明してくれていたメニーナは、最後には頬を膨らませ唇を尖らせて話を締め括った。
成程……俺はどうやら、半日以上眠っちまったって感じだろうか?
まぁ……数日間動けなくなる「勇敢の紋章」を使った時よりはよっぽどましだけどな。
でもこんなに睡眠が必要だとは……これが旅先や戦場なら、戦死確定じゃないか……。
やはり「戦硬防御壁」も、使うのは考えなきゃいけないな……。
「そうか……。それで朝ここに来てから、俺をずっと看ててくれたんだな? ありがとな」
そういって俺は、再び彼女の頭に手をやってワシャワシャと撫でてやったんだ。
まるで子犬のように、メニーナはそれを嬉しそうに、気持ち良さそうに受け入れていたんだが。
「いいよ―――またおじいちゃんに、この村から出る話をしてもらわないとなんだから。あっ、それから、パルネも一緒にいてくれたんだよ―――。パルネも褒めてやってよ」
そんなメニーナは、思い出したように後ろにいるパルネの事も説明してくれたんだ。
俺としても、どうして彼女がこの部屋にいるのか不思議ではあったんだが……なるほど、俺の看病と言うよりも、メニーナの付き添いって処だったんだろうな。
それでもこの部屋で、俺の様子を看ていてくれたのには違いないからな。
「ありがとう、パル……」
そうして俺は、メニーナと同じ様に頭を撫でてやろうと手を伸ばしたんだが。
俺の手の接近に、見るからに体を強張らせて僅かに距離を取ろうとする彼女の動きを見て、俺はその手のやり場に困って固まっちまったんだ。
緊張感を露わにしてこちらを見つめるパルネ。
中空を持ち上げられたまま動きを止めた俺の右掌。
そして、まるで互いの出方を窺うように視線を交錯させる俺とパルネ……。
そんな時間が、永遠に続くかと思われたんだ。
彼女が俺に対して警戒心を抱くのは……分かる。
いや、勇者としてそんな事は理解したくも無いんだが、今までの行動を考えればパルネが俺に対して心を開いていないと言う事は、改めて言われるまでもない事だった。
まぁ……それはそれで、勇者として大問題だけどな……。
ただこの場は、勇者として……ではなく、大人として軽い気持ちでスキンシップを取ればいいだけなんだ。
だがそれで……もしも……もしもパルネが大泣きでもしたら……どうする?
いや……俺は……どうなる?
この年で、幼女……と見紛うだけで実際は俺と同年代か年上な訳だが、それでも傍から見る限りでは、ちょっとした犯罪にはならないだろうか?
それはまずい! 勇者として……だけではなく、大人として……いやいや、人としてまずい気がする!
そんな俺の心中の葛藤が、俺の行動を完全にストップさせていたんだ。
そしてそれに呼応するかのように、パルネもまたその動きを完全に止め、更に身体を強張らせていった……んだが。
「もう、ゆうしゃさま。何してるのよ? パルネも恥ずかしがってないで、もっと近くに来なきゃ」
メニーナから、そんな凝固した空気を一掃する言葉が投げ掛けられたんだ!
……。
な……なに―――っ!?
パルネのあの態度は俺を忌避していたんじゃあなくて、ただ単に……照れていただと―――っ!?
メニーナの言葉の真意を確かめる様に、俺は改めてパルネの方を注視してみたんだ。
よくよく見れば、彼女が身を硬くしているのは確かなんだが、その表情には薄っすらと赤みが差している。
体を固めて動かない姿も、見様によっては俺の手をジッと待っている……様に見えなくもない。
俺はメニーナの言葉を信じて、動かせないでいた手をパルネの頭へと移動再開させたんだ。
それを見て取ったパルネが、再び身体に力を籠める。
……おいおい……いきなり泣き出すなんて、勘弁だぞ……。
何とも不思議な光景……頭を撫でようとする方も、それを待つ方も妙に力の籠った描写が織りなす中……。
俺の手が……パルネの頭に……触れた!
ポスっと置いた俺の手を、パルネは目を瞑って受け入れている。
だがその表情は先程までとは違い、何とも……気持ち良さそうだ!?
俺がメニーナと同じ様に彼女の頭もワシャワシャと撫でてやると、その表情は一気に弛んでいた。
「あ―――っ! ゆうしゃさま―――私も―――っ!」
暫くパルネを撫でてやっていると、メニーナも催促して来たんだ。
そうして割と長い間、良い大人が2人の少女の頭を撫で続けると言う、何とも頭の痛くなる光景が展開され続けていたんだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます