嘆きの欠点

「お……俺達の攻撃が通らない……だとっ!? 例え貴様が人界の勇者だと言え、そんな馬鹿な道理などあるものかっ!」


 俺の実践を伴った挑発に、エノテーカが強く否定する様に……まるで逆上するかのように突出して来た!

 そして俺は再び、戦硬防御壁バリガサブル・ディファーを展開して迎え撃ったんだ!

 今度は……防御姿勢も取らない。正しく無防備で……だ。

 そんな俺に、肉薄したエノテーカは弾幕と錯覚するほどの連続攻撃ラッシュを見舞って来た!

 両手には当然鋼鉄の爪アイアン・クローを具現化しその両手で、そしてその両脚を以て、変幻自在にして多彩な攻撃を様々な角度から放ってきたんだ!

 でもそのどれもが、俺にダメージを負わせる事なんて出来ない。

 鋼鉄の爪でさえ、文字通り歯が立たないでいた。

 それどころか、毛ほどの傷さえも負わせる事なんて出来ないでいたんだ。


「……ひょ……本当に、攻撃が通じないと言うのか……!?」


 エノテーカの嵐と見紛う攻撃を後方から見つめる長老が、信じられないと言った表情を浮かべながらそう漏らしているのが聞こえた。

 それを肯定する様に、攻撃しているエノテーカの表情には余裕がなく、一切反撃しない俺に寧ろ押されている様にも見えた。


 この技……自作特殊技セルフ・スキル戦硬防御壁バリガサブル・ディファー」は、彼等の言う通り凄まじく高い防御力を持っている。

 俺のかつての仲間達、「神拳ロン」と「豪炎の重戦士ライアン」と共に作り上げた、スキルの使えない俺の数少ない“取って置き”と言って良い特殊技だった。

 ただしこの技……しつこい様だが勇者特有の「特殊技スキル」って訳じゃあない。

 言うなれば…………ってところだろうか。

 友人たちが言うように、俺には彼等をも上回る程の闘気が内在していた。

 そして俺は、彼等のアドバイスを基にその闘気を何とか戦闘に仕えないかと試行錯誤したんだ。

 その結果、その闘気を一気に高め具現化し体の周囲に留める事で、驚くべき防御力を発揮する事に成功したって訳だったんだ。


 ただしまぁ……勇者と言う職業クラスから来るスキルじゃあないのに違いはなく。

 人体内に発生する「気」を必要最低限使用するだけで最大の効果を発揮する通常の「特殊技」と違い、この技は兎に角消耗が著しいんだ。

 一般的に、身体の内側に作用する戦闘時に昂った気を、強制的に体外へと噴出させていると言うのかな……?

 兎に角、燃費が悪い。

 如何に歴戦の戦士達よりも多くの「闘気」を有している俺でも、それ程長く維持し続ける事が出来ないほどだ。

 だからこの技は、ここ一番って時以外には使用出来ないのが本当の所だった。


 烈風の如き攻撃を切り上げて距離を取ったエノテーカが、肩で息を切らしながら俺と相対する。


「貴様……何故攻撃してこないんだ? これほどの力量差があるのだ……俺など、すぐに倒せるんじゃあないのか? それとも……手加減でもしているつもりか!」


 そして奴は、俺に射殺す様な視線を投げ掛けてそう吠えて来たんだ。

 俺が仁王立ちして手を出さない事が、奴を舐めている行為だと錯覚したんだろうが……そうじゃあないんだなぁ……。


 この技の難点が、発動させる条件として「動けない」と言う処にある。

 防御に特化したスキル……と言えば聞こえがいいんだが、実際は特化し過ぎて……超越し過ぎて、発動までに僅かな「溜め」が必要であり、発動してしまえば動く事が出来ない。

 自身を、味方を守るのにはこれ以上ない程の防御能力だが、戦うと言う一点で考えれば……使えない。

 なんせ、俺はソロだ。

 守るべき後衛なんて……居やしない。

 そんな俺がその場に立ち尽くして攻撃を無効化した所で、事態が何も好転なんてしやしない。

 それどころか見る間に闘気を出し尽くして、すぐに疲弊してしまうのがオチだ。

 俺としては鎧や盾による強固な防御力や、高レベルから齎される高い身体能力を活かした素早い動きで敵の攻撃を防ぎ、躱す方が効率が良いからな。

 そして何よりも……。


「手加減……? ああ、さっきから、加減するのに四苦八苦だ。その気になれば俺は、お前達を圧倒する事だって出来るだろうな」


 エノテーカの咆哮に、俺は正直に……それでいて少し高圧的な物言いで答えたんだ。

 それを聞いて矜持を痛く傷つけられたのか、エノテーカは歯噛みしてその眼光を益々鋭いものに変えている。


「お前も……気付いていたんだろう? 長老は、もうとっくに気付いてるみたいだけどな?」


 そんな眼差しなどどこ吹く風、俺は更に言葉を続けて後方で静かにしている長老の方を見やった。

 俺の視線を受けた長老だが、彼の方はその言葉に微動だにしなかった。

 恐らくは……さっきの「迅凮烈漸陣ヴァンゼンゼ・スメールチ」は、長老にとって最大クラスの魔法だったんだろう。

 事実その攻撃力は、俺がフル装備であったとしても多少のダメージを受けていただろうと推察出来るほどだ。

 だがそれが、俺のスキルによって完全に防がれたんだ。

 有り体に言えば、長老にはもう攻撃手段がない……少なくとも、俺を仕留めきれる魔法が無いことを示唆している。

 俺の推察に表面上は平静を装っている長老だが、そのこめかみには一筋の汗が流れているのが伺えた。

 そんな長老の気配に何かを察したのだろう、エノテーカの闘気も衰えて行く。


「なればお主は……何故そうせぬ? 何故に我等を蹂躙せぬのじゃ?」


 その長老が、重く悔しさをにじませた声音で問いかけて来たんだ。

 だがそんな事は、僅かでも考えるまでもない事だった。


「俺の目的は話し合いであって、強引にメニーナを攫う事じゃあない。昼間は俺の話なんて聞く耳さえ持って貰えなかったけど、俺は何度でもここを訪れて説得するつもりだったんだ。……もっとも、それを実行する前に、そっちの方から実力行使に出られたわけだけどな。それに……」


 俺の忌憚ない返答に、2人からは完全に剥き出しだった闘志が霧散していくのが分かった。


「ここで親代わりの長老や、兄代わりのエノテーカを殺しちまえば、俺はメニーナに本当に恨まれちまう。それだけは避けたかったからな」


 そしてこの言葉で、長老とエノテーカからはどこか脱力するような気配さえ感じられたんだ。

 実際、メニーナの両親が勇者との戦いに敗れ命を散らしたのは事実だろうが、時と場所を変えて俺が同じ事なんて出来る訳がない。

 それがどれ程仕方の無い事だったとしても、今の俺にはもう……そんな事は出来ないだろう。


「……ふぉ……」


「……ふふ……」


 俺の答えを聞いて、長老とエノテーカから僅かに笑みが零れたんだ。

 それは普段俺が聞いていた、親しみの籠ったものだった。

 それを聞いて俺もまた、一気に気合が抜けていくのが分かった。


「……ならばそうじゃのぉ……。勇者よ、お主の話……もう一度聞かせてもらおうかの」


 そして長老から、俺の聞きたかった言葉を聞く事が出来たんだ。

 そしてそれは、俺にとっての“タイムリミット”を発動させるに十分だった。


「そ……そうか。な……なら長老、一つお願いがあるんだが……」


 俺は、今にも消え入りそうな意識を必死に保って長老に願い出た。


「なんじゃ? メニーナの事ならばまだ納得した訳では……」


「いや……俺の身体を……宜しく頼む……」


 もう限界だ。


 眠い……眠くてたまらん!


 俺は長老にそれだけを言い切って、そのまま睡魔の命ずるままに微睡まどろみの中へと沈んでいったんだ。

 長老とエノテーカの、疑問とも驚きともとれる声が聞こえた……様な気がした。

 いきなり倒れて、いきなり眠った俺を、長老とエノテーカは……どうするかな?

 まさかそのまま……亡き者にするって事は無い……と思う。

 いや、そう願いたい。





 自作特殊技セルフ・スキル戦硬防御壁バリガサブル・ディファー」。

 発動すれば、今の俺ならば殆どの攻撃を無効化できる、防御に超特化した俺が編み出したスキル擬き。

 しかしその実、俺の「闘気」を大量に消費する、安易に使えないスキルであり。

 発動直前と発動中は動けない欠点があり。

 何よりも。

 使用した直後、少しでも気を抜けば凄まじい疲労と睡魔に襲われるってデメリットが存在する。


 背中に守べき味方がいる時には、この上ない程有効なスキルではあるが。


 たった一人、ソロで戦う俺には使い処の無い特殊技でもあった……。

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