取るべき手段

 思った以上に強力で、想像以上に苦戦を強いられている現状に、俺の取るべき手段はだんだん限られてきていたんだ。

 相手は魔族と言えども正規兵じゃあないんだ、俺のレベルを考えればここまで苦しい状況に追い込まれるなんて考えてもみなかった。


 因みに、魔族の殆どは人界の冒険者みたいに「聖霊の祝福」を受けて「レベル」と言う強化措置を受けていない。

 それを考えればまぁ……戦闘種族と言うのも頷ける話だな。

 レベルの恩恵を受けなければ魔族と渡り合う事の出来ない人族と違って、魔族はその潜在能力だけで強くなってゆくんだ。

 もしも聖霊の祝福を受けてレベルを上げた戦士が現れたかと思うと……空恐ろしい事だ。

 でも、そんな事は有り得ない……そうなんだが。

 聖霊の祝福を受けて強くなれるのは、光の聖霊アレティの恩恵を受けた者だけ……つまり、人族だけだと言う事だからな。


「ほりゃ!」


「……ちぃっ!」


 長老の魔法で、空気中の水分が凝縮し礫となって俺に襲い掛かった!

 それを俺は盾で防いだんだが……盾からはみ出た体の部分を幾つも掠め、俺の身体に何本もの赤い筋が刻まれた!


「つあっ!」


「くうっ!」


 その攻撃に呼応して、エノテーカが急襲し飛び蹴りを見舞って来たんだ!

 これも俺は盾で防ぐ事しか出来ず、正しく防戦一方を強いられ続けていた。


 長老が魔法を巧みに扱うのも、エノテーカが武闘家として高い攻撃力を示しているのも、これらは全て魔族本来が持っている能力に「職業クラス」を定義させて、鍛え上げてきた結果にしか過ぎないんだそうだ。

 如何に魔族と言ったって、やはり個々で得手不得手が存在する。

 つまり大まかに分ければ、近接戦闘が得意か遠距離攻撃なのか……となるわけで、エノテーカは無手での接近戦を、長老は魔法での遠距離攻撃を得意としているってことだな。

 そして自らが聖霊に申告した職業として、エノテーカは「武闘家」であり、長老は「魔術師」なんだろう。

 そして聖霊の恩寵によるレベル補正からの能力向上は得られていないだろうが、職業クラスを定めた事による特殊技スキルは有効だ。

 だからエノテーカの拳からは鋼鉄の爪アイアン・クローが具現化されているし、長老の使う魔法も普通では考えられない位に強力だったんだ。

 それでもこれだけ強いんだから、ほんと魔族って……ずりぃよなぁ―――……。


「おおおっ!」


「ぐ……くそ……」


 凄まじいエノテーカの連続攻撃ラッシュを、それでも俺は悉く凌いで見せた!

 だがその圧力で、俺の動きは完全に止められてしまいその場で釘付けとなってしまったんだ!


「あああっ!」


「ぐぅっ!」


 暴風雨の如き攻撃の最後に、エノテーカは渾身の一撃を叩き込んで来た!

 速く……重い!

 俺はその攻撃を盾で受け止めたんだが、俺の身体は踏ん張った姿勢のまま後方へと押しやられたんだ!

 そこに!


「天へと駆けのぼる風竜が纏いし颶風っ! 過流と化し我が敵を切り刻めっ! 迅凮ヴァンゼンゼ烈漸陣・スメールチっ!」


 満を持して長老の魔法が発動し、俺の足元から巨大な竜巻が発生したんだ!

 物理攻撃と魔法攻撃……その流れるような連携には付け入るスキなんて全く無かった!

 俺を包み込んだ濃密な竜巻に逃れるような隙間は無く、その中心に捉えられた俺を発生させた鎌鼬が容赦なく切り刻もうとした!

 如何にレベル上限キャップ間近の俺とは言え、この魔法に晒されればただでは済まない!

 なんせ今は、聖霊の武具を身に着けていないどころか、防具と言えばこの手に持つ「雷光の盾」だけなんだからな。

 このままでは成す術無く、俺は肉塊……とまではいかなくとも、尋常じゃあないダメージを負う事になる!


 そして、俺の取るべき手段は更に絞られたんだ。


 1つは……言うまでもなく俺の切り札、「勇敢の紋章フォルティス・シアール」を解放する事だ。


 これを使えば、俺は苦も無くこの場を収める事が出来るだろう。

 魔神将3人相手でも抑え込んで見せたんだ。訓練を受けた戦士でもない長老とエノテーカを抑える事なんて、それこそ赤子の手を捻るくらい簡単だろうな。


 しかしこれを使えば俺は……数時間後に数日間、指一本動かせない状態になってしまう。

 今回訪れたこの魔界で、俺のすべきことはこの村に集約されているという訳じゃあない。

 魔界各地を回る事になるかもしれないし、何よりも魔王城へと赴いて魔王リリアと再度面会しなければならないんだ。

 それを考えれば、おいそれと「奥の手」を使う事は出来ない。


 そしてもう1つの手段。


 それを使えば、少なくともこの場を凌ぐ事が出来る。

 何よりもその消耗は、「勇敢の紋章」を使った時より遥かに軽いものだ。

 ……考えるまでもないか……。


「おおおおっ!」


 俺は雄叫びと共に気合を入れ、俺の中に渦巻く闘気を活性化させた。

 そしてそれを身体の外へ……皮膚を隈なく多い、更に身体全体を厚い膜で覆う様なイメージを持って展開させたんだ!


「おおおおっ! 戦硬バリガサブル防御壁・ディファーっ!」


 そして俺は、「自作特殊技セルフ・スキル」を発動させたんだ!

 その直後、俺の身体は眩い白光に包まれた!

 そしてそれは、俺に襲い来る数知れない真空刃から俺の身を完全に守ってくれたんだ!

 この技はまぁ……勇者の得る事が出来るスキルじゃあない。

 編み出した俺自身がそう名付けただけ……つまり、土魔神将ゼムリャと戦った時に言った「勇者十神剣 神速剣」と同じ、そんなスキルなんて本当は無いんだけどな。


「な……なんと……」


「……あの攻撃で……無傷なのか……」


 魔法が止み、豪風の納まったその場所に俺の姿を確認した長老とエノテーカは、傷一つなく立っている俺の姿を見て絶句していたんだ。


 何故だかは知らないが、勇者が「特殊技スキル」を覚える事は無い。

 いや、使用出来る魔法にはそれに近しいものがあり、例えば魔法を刃に宿らせて攻撃する……なんてものがある事はある。

 ただそれは、他の職業クラス……上位職になるんだろうが、例えば「魔法剣士」なんかは普通に使う事が出来る。

 それを考えればそれは、スキルと言う程大層なものじゃあないよなぁ……。

 そんな俺……勇者に対して、他の職業クラスを極めた者はそれぞれ特殊技スキルを使えるようになることがあるんだ。


 例えば神拳と謳われたロンは、己の闘気を拳に宿して攻撃する事が出来たし、自身の肉体を鋼鉄のように変えて敵の攻撃に耐えていた。

 その闘気を様々な属性に変化させ、相手の弱点を突く様な多彩な攻撃を繰り出していた事を今でも覚えてるな。

 例えばバトルマスターと誉れ高いライアンは、盾や鎧に己の気を注入して防御力を高め、文字道理パーティの壁として敵に立ちはだかっていたんだ。

 ただでさえ高硬度の防具を身に着けたライアンがこれを使用すると、比喩表現抜きであらゆる攻撃に立ち塞がる驚異の壁と化していたっけ。

 敵の攻撃に晒されながらもこちらへナイス笑顔を向けるライアンに、彼の背中に守られた俺達は何とも微妙な笑みを返したものだ。


 そんな彼等に俺は様々な事を聞き、色んな事を教わった。

 彼等が言うには、俺の闘気は人一倍強いものらしい。

 そしてそれを活かせば、スキルとまではいかなくともそれと同等の効果を引き出す事が出来る……と言う事だったんだ。

 そして俺は彼等の指導の下に訓練を重ねて、自ら「特殊技スキル」と呼ぶべき技を編み出したんだ。


 それが「戦硬防御壁」だ。


 結局俺は、攻撃にこの闘気を活かす事が出来なかったが、それでも防御に特化させる事には成功したんだ。

 そしてこのスキルを発動させた俺は、驚異の防御力を発揮する事が出来るんだ!


「見ての通り、今の俺にはお前達の攻撃は通用しない! それでもまだ、俺と戦うって言うのか!」


 俺は殊更に無防備な体勢で仁王立ちとなり、彼等を挑発する様にそう叫んだんだ。






 さて……素朴な疑問として。


 そんなある意味で「無敵」なスキルがあるならば、何故魔神将との戦いでそれを使わなかったのか……と言う疑問が湧いて来るだろうか。

 まぁ……そんな事は、恐らく誰でも思うだろうな。


 当たり前の話だが、何のリスクも無くそんな都合の良い特殊技なんてこの世には存在しない……と思う。


 勿論この技「戦硬防御壁」にも、飛びっきりのデメリットが存在するんだった。

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