防戦一方

 俺は、態勢を低くして身構えた。

 でも、まだ剣は抜いちゃあいない。

 何故なら、俺ににじり寄って来ているエノテーカも無防備だし、長老に至っては未だ大岩に腰掛けたままだからだ。

 長老は確かに、戦いで白黒をはっきりさせようと言った。

 でも目の前の2人を見ていれば、それが本気の事だったのか疑いたくなるってもんだ。

 もっとも。

 向けられている殺気に偽りも無く、だからこそ俺はどんな奇襲急襲にも対応出来るように構えている訳だが。


「どうしたのじゃ、勇者よ。お主がいつも戦っている様に、此方へと仕掛けて来て良いのじゃぞ? それとも……手加減してくれているのかのぉ?」


 そんな俺の戸惑いを感じたのか、長老の挑発染みた声が響いた。

 ただし俺の方も、そんな安っぽい扇動に乗っかるつもりなんて微塵もない。


 長老たちは真剣に俺と戦おうとしているんだろうが、こっちとしてはそんなつもりなんて毛頭ない。

 魔王城を攻略していた時は、俺は勇者として、そして立ちはだかる魔神将たちもその矜持から剣を交えていた。

 互いに退くに引けない状況だったんだ、手加減なんて出来る筈も無いしそんな余裕も無かった。

 しかしもう、状況は変わっちまってる。

 長老たちは知らないだろうが、俺が魔王城で戦う理由なんてとっくに霧散しちまってるんだ。

 それはつまり、魔族と戦う理由が無くなったって事だった。

 それに、俺としても親しいと呼べる、気に入った相手と剣を交えるなんてご免被りたい気分なんだ。


「……そちらが来ないならば是非もない。此方から……参るっ!」


 裂帛の気合いと共に、エノテーカがその殺気のままに俺へと襲い掛かって来た!

 その手には……武器は無い。

 だが俺は、本能的に剣を抜き放っていたんだ。

 見る間に間合いを詰めたエノテーカが、俺に対して恐るべき速度の打撃を繰り出して来た!

 その瞬間!

 俺は思わず、持っていた剣でその拳を受け止めに行っていたんだ!

 刹那に垣間見た、月明りに煌めく彼の拳!

 その拳と、俺の剣が動きを止めた!


「……随分と、変わった武器を


 俺の剣はエノテーカの拳から生えたとぶつかり合い、激しい鍔迫り合いを演じていた。

 奴の拳からは月下で黒光りする鋭い爪クローが生えており、それが俺の剣を受け止めていたんだ。

 俺の問い掛けにエノテーカは何も答えず、拳を引くと逆の拳を突き出して来た!

 成程! 奴は武闘家だったという訳だ!

 当然、もう一方の拳にも鋭利な爪が生えている。

 その攻撃を俺は剣ではなく、盾で受け止めた!

 周囲に響き渡る、まるで金属同士がぶつかるような異音!

 エノテーカの作り出した爪は、間違いなく鋼鉄と同等の硬度を持っていたんだ!

 盾の上からでもお構いなく打ち続けられる打撃は、俺を後方へと押しやらんとする威力だ!


「……ならっ!」


 俺は、盾の特殊効果を発動させた!

 この盾は「雷光の盾」。雷の力を秘めた魔法の盾だ。

 そしてこの盾の持つ特殊効果は、攻撃した相手に電撃を流し込み感電させる事が出来ると言うものだった。

 まぁ、この盾が持つ電撃で痺れて動けなくなるのは、俺よりも随分とレベルの低い相手に限るし何よりも。


「……むんっ!」


 彼のように即座に危険を察して退かれては、その効果もほとんど期待出来ないんだけどな。

 しかしまぁ、何て危機回避能力の高さだよ。

 普通の戦士程度だったら、一撃でこの盾の能力を看破する事は出来ずに攻撃を続け、気付いた時には麻痺による運動能力の低下を起こしてるってのにな。

 俺は追撃を掛ける事無く、エノテーカの動向に注視していたんだが。


「……後ろかっ!」


 俺の背後から迫りくる魔力を感じて、俺は咄嗟に振り返って盾でその攻撃を受け止めたんだ!

 飛来したそれは、長老の作り出した魔法による氷柱攻撃だった。

 俺がその攻撃に気を取られた瞬間、退いていたエノテーカが再度肉薄して来た!

 俺は咄嗟にその場から飛び退き、エノテーカから距離を取る位置に陣取らされた。


「……ほれっ!」


 ……のも束の間、今度は足元の地面から何本もの鋭い石柱が俺を襲ったんだ!

 この連続攻撃で、俺は更に2人から距離を取らされてしまっていた。

 エノテーカも長老からもそんな仕草を見せる事無く、それでも2人は見事と言って良いコンビネーションを披露してみせたんだ。


 俺は、ここ最近では無い程の緊張感に苛まれていた。

 長老とエノテーカの能力は、魔神将よりも強いと言う程じゃあない。

 それでも俺が、余裕をもって相手を屈服させる事が出来る程弱いと言う事も無かった。

 そして何よりも、その連携は見事なものだったんだ。

 コンビネーションにより、その攻撃力は数倍に増大する。

 つまり「パーティレベル」が高いって事だ。

 俺がいつもクリーク達に言っている事を目の前で実践されるなんて、ほんと皮肉としか言いようがないよな。


 それに俺は、多分本気で彼等と戦う事が出来ない。

 頭では全力を出せと……出さなければ無傷で勝つ事なんて出来ないって分かってるんだ。

 でも別の感情が、それを全力で拒否している。

 2人を傷つけるなんて、あってはならない事だと叫んでるんだ。

 それどころか、こちらが圧勝で勝っても駄目だと思っている。

 それで長老とエノテーカは退くだろうし、メニーナの事も諦めるかもしれない。

 だがそれは不承不承……到底納得させての事じゃあない。

 それじゃあ駄目なんだ……この場合はな。


「戦う気が無いならばそれでも良い……そのまま敗北しろ!」


 防御姿勢を崩さない俺に向かって、エノテーカが再び接近して来た!

 奴の素早い動きに、盾を構えて迎撃態勢を取った直後!


「うおっ!」


 俺のすぐ目の前にある地面が……爆ぜた!

 長老が爆裂の魔法を使った事は、考えるまでもなく分かる。

 ……しかし……ここ最近は魔神将としか戦っていなかったツケって奴か?

 迫りくるエノテーカに気を取られ過ぎて長老の存在を一瞬でも忘れてしまうなんて、本当に間抜けとしか言いようがないな。

 長老の攻撃は、俺を直接狙ったものじゃあなかった。

 勿論、弾け飛んだ地面からは土砂に交じって大小様々な礫が俺に襲い掛かり、それだけでも結構な攻撃力にはなる。

 でも、これの本当の目的は!


「おおおおっ!」


「く……くおお……!」


 俺に近接戦闘を試みる、エノテーカへの援護射撃だったんだ。

 飛散した岩石群を防ぐために俺は防御を余儀なくされ、エノテーカはその土煙に紛れて俺への最接近を容易に果たしたんだ!

 その目論見は見事に嵌り、この接敵もエノテーカ主導で開かれてしまった!

 俺はと言えば、エノテーカの弾幕の様な打撃をただ盾に隠れて防ぐしか無かった。

 盾のスキルを発動させようにも、奴の攻撃はその盾を躱す様に……死角を突いて繰り出されて来たんだ!

 これじゃあ、スキルを発動させる処じゃあない。


「ぐ……く……」


 奴の攻撃の圧力に晒されながら俺は、盾で防ぎ、身を躱し、時には剣で受け止めて、ただ只管にエノテーカに隙が出来るのを……若しくは、この攻撃が止む瞬間を待ち続けたんだ!

 連続攻撃は、息を止めて水に潜っている様なものだ。

 どれ程体力に自信のある者でも、何時かは息継ぎ……つまり、その攻撃が途切れる時がある!

 俺はそこにこそ、チャンスがあると踏んでいた……んだが。


「……っ!」


「っ! ここだ……どうわっ!?」


「ふぉっふぉっ!」


 一瞬攻撃の圧力が弱まった瞬間、エノテーカへ攻撃を繰り出そうと動き出した直後に、それを見越したかのように後方からタイミング良く突風が吹き寄せたんだ!

 その豪風自体に攻撃力は無かった。

 この魔法は、風属性の攻撃魔法をより強力にするための補助的なものだったからだ。

 それでも長老ほどの術者が使用すれば、補助魔法と言ってもそれなりの強さになる。

 そしてその結果、体が浮かされるかと言う程の瞬間的な強風を生み出したんだ。

 それは攻撃しようとした俺の体勢を崩すには十分で、俺から距離を取ろうと飛びずさったエノテーカへの助けになったんだ!

 長老の風を受けて、エノテーカは俺の眼前から大きく後退する事に成功していた。

 なんてこった……。

 2人の息がこれほど合ってるなんて、流石に俺も今まで気付かなかったな……。


 長老、そしてエノテーカと相対した俺は、改めてこの戦いの難しさを痛感していたんだった。

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