御馳走様でした

 1人のいい大人が、2人の子供の頭を撫で続ける……。

 そしてそれを、気持ち良さそうに受け入れている少女達……。

 それは何とも表現しずらい、不可思議な光景だったかもしれない。


 そして厄介な事に、俺にはその頭を撫で続けると言う行為を止めるタイミングが計れないでいたんだ。

 メニーナもパルネも、何も言わなければ延々と撫でられ続けていそうだった。

 そんな彼女達の気持ちの良さそうな表情を見ていると、俺の方から止めようとは中々に言い出しにくいんだ。

 ただし、そんな事をいつまでも続けている訳にはいかない。

 勿論この行為が、何もやましく無いのは言うまでもない事だ。

 だが、他人がそれを見れば……何と言うだろうか?

 いやいや……長老やエノテーカが見ようものなら、折角纏まった話も水泡に帰すかもしれない。

 それを考えた時、俺のこめかみを一筋の嫌な汗が流れたんだ。

 そして、何とかしてこの状況を改善させよう……そう考えていた時だった。


 ―――グウゥゥ―――……。


 俺の腹から、時も場所もわきまえない傍若無人な同居人「クウフク様」が活動を活発化させたんだ。

 普段ならば我が儘放題アピールし放題にうんざりする処だが、今回は助け舟に他ならなかった。


「あれ? ゆうしゃさま、お腹空いたの?」


 クウフク様の声を聞いたメニーナが、可笑しそうにそう聞いて来た。

 それを切っ掛けとして、至極自然に彼女達の頭から俺の手を撤退させる事に成功したんだ。

 んんっ! ナイス、クウフク様っ!


「ああ……。もう丸一日、何も食べてないからな。流石に腹が減っちまった。……下にエノテーカはいるのか?」


 もっとも、クウフク様は俺を助けてくれたわけでも何でもなく、ただその本能に忠実だったわけで。

 そして俺自身も、クウフク様のアピールでどれだけ空腹だったのかに気付いたんだ。


「うん、いるよ―――っ! 私、エノテーカに話して来るよ! 行こう、パルネ!」


 メニーナの発案にパルネも頷いて応え、二人は跳ねる様にしてこの部屋を飛び出して行ったんだ。

 ほんと……子供って、何かにつけて楽しそうに行動するよなぁ……。

 ただし、俺自身もいつまでもベッドの上に留まっていようなんて考えていない。

 僅かに気怠い身体をベッドから降ろし、俺も下階にいるエノテーカの元へと向かったんだ。





「……起きたのか」


 俺の姿を見るなりそう声をかけて来たエノテーカは、全く以て普段通りだった。

 そこには昨夜、死闘を繰り広げた事なんて感じさせる成分が微塵も感じられない。

 流石はエノテーカ……と言いたい処だが、当の俺はどうにも不可思議な気分となって、彼の問いにただ曖昧な笑みを浮かべるしか出来なかった。


「だからそう言ったじゃん!」


 そんなエノテーカに、メニーナが抗議の声を上げていた。

 いや、メニーナ? これは別に、お前の事を疑っての声かけじゃあなく、単純な挨拶みたいなものだからな?

 そんな事を言った処で、まだ子供には分からないか……。

 俺は、カウンターを挟んでエノテーカにブーブー言っているメニーナの隣に腰を掛けた。


「……腹が減ってるそうだな。……少し待て」


 それだけ言うとエノテーカは、黙々と調理を開始していた。

 俺はそれにも何も答えず、ただ只管待ち続けたんだ。

 その間にも、俺の中のクウフク様はせわしなく存在感を主張して来る。

 エノテーカの調理の過程が進むにつれ周囲にはいい匂いが漂って来ており、それもクウフク様の活動に拍車をかけていた。


 ご―――は―――んっ!

 ご―――は―――んっ!


 俺の耳には、存在しない筈のクウフク様の声が響いていた。

 うるさいなぁ……。

 と思いつつも、俺もその声に合いの手を入れたりなんかして、彼の用意している食事を心待ちにしていたりした。

 それも仕方の無い事で。


「……待たせたな……。食え」


 エノテーカの料理は、絶品なんだ!


「あ……ああ。いただきます」


 そしてそういうが早いか、俺は即座に……そして無心に彼の出してくれた料理をかっ喰らっていたんだ。


 ……うん! 美味い!


 恐らくはこの村で飼っている牛に似た家畜の肉なんだろうが、それに甘辛く味付けされたソースがまた絶妙に合うんだ!

 表面は程よく、しかし中は微妙にレアな焼き加減も最高だ!

 それが薄めにスライスして有り、食べやすい上に確りと味わう事も出来た!

 そしてこのソース!

 一緒に出されたパンに付ければもう……! 何とも言えない味わいが口に広がった!

 タップリと肉汁を吸ったソースは、ただのパンを高級料理に変えてしまっているほどだった!

 他にもサラダやらスープが出されたが、サラダに掛けられているドレッシングも美味く、スープも胃に染みわたるような味わいだった!

 俺が一心不乱に食していると、不意に不思議な視線に気づいたんだ。

 顔を上げれば正面にはエノテーカが居り、彼は何やら驚きの表情を浮かべている。

 ……もっとも、分かりづらいんだがな。


「……驚いたな……。お前、何も疑ったり警戒していないんだな……」


 成程、エノテーカが驚いている理由はそこだったか。

 確かに昨夜は、俺と彼等……エノテーカと長老で死闘を繰り広げた。

 俺の方にはそんなものなんて無かった筈だけど、彼等の攻撃には明確な「殺意」が籠っていた。

 そんな相手から出された食事を、俺が何の躊躇もなくむしゃぶりついた事に驚いている様だった。

 もっとも。

 そんなに驚くべき事でもないだろう?


「なんだ、エノテーカ? 食事に毒でも混ぜてるのか?」


 俺は冗談めかしてそう答えとし。


「え―――!? エノテーカ、ゆうしゃさまの食事に毒なんて入れたの―――!?」


 その言葉を聞き取ったメニーナが、過剰反応してエノテーカに問い質していた。

 このままだと、昨晩の事も話さなければならなくなるかもしれない。


「メニーナ、冗談だよ。真に受けるなよ」


 だから俺は、殊更に恍けた物言いで彼女を宥めたんだ。

 それを聞いたメニーナは「なーんだ」と一言発すると、もうその話題に興味は無くなったのか隣のパルネと談笑を再開しだした。

 そして俺は、改めてエノテーカの方へと視線を向けたんだ。


「お前が俺を毒殺するなんて、ありえないだろう? それをしようと思うんだったら、俺が眠った直後にでも息の根を止めれば良い。そうしなかったって事は、はもうあの場限り、一先ずは終わったって事だろ?」


 俺は要点を微妙にぼかした物言いで、エノテーカにそう言ったんだ。

 俺の言葉を聞いて僅かに意外感を露わにしたエノテーカだったが、すぐに微笑を浮かべて納得顔になって頷いていた。


 まぁ、それ以外にも。

 俺には基本的に、毒や呪いの類は効かないからな。

 勿論、肉体的体力的なダメージは受けるだろうけど、それらの効果で最終的に俺が死ぬ事は無い。

 だから躊躇なく、彼の出した食事にありつけた……って訳でも無いんだが、エノテーカの心配は杞憂ってもんだったんだ。

 もっとも、その事は誰にも話していない……以前の仲間達以外知らない秘密なんだけどな。


 俺は彼の出した料理を一気に食べつくし、漸く一心地が付けていた。

 今はエノテーカが新たに入れてくれたお茶を口にして、安堵の瞬間を楽しんでいたんだ。

 クウフク様も満足した様で、今はピクリとも反応していない。

 まったく、この御方は……。


「……これからまた、長老の元へと行くのか?」


 そんな俺に、エノテーカがタイミングを見計らって声をかけて来た。

 まぁ彼にしてみれば、それこそ気になる事に違いないわけだからな。


「……ああ、そうだな。昨日の今日だが、だからこそ改めて確りと話さなければならないだろうし……。それに俺は、明日には魔王城へと向かわなければならない。やる事は山ほどあるからな」


 そして俺は、少し考えてそう答えたんだ。

 昨晩も彼等に言った通り、本当は日を置いて何度も足を運ぼうと考えていたんだが、長老たちとの戦いを終えた今だからこそ、彼等も真摯に俺の話を聞いてくれるだろう。

 そして俺には、その他にもやる事が山積みなのは嘘じゃあない。

 魔王城で魔王リリアともう一度会う必要があるし、可能な限り魔界や人界を周らなければならないだろう。

 そして何よりも、クリーク達の様子も気になるからな。


「ええ!? ゆうしゃさま、もう村を出て行くの!?」


 そしてまたしても、隣で聞き耳を立てていたんだろうメニーナが驚きに抗議の成分を含めてそう割り込んで来たんだ。

 メニーナ……盗み聞きなんて、はしたないんだぞ? まぁ、子供のした事だし、あえて言わないけどな。


「メニーナ、そんな顔をするな。またすぐに来るよ。なるだけ早く、お前が村から出れる様にするために……な」


 俺は彼女にそう答えると、また頭をワシャワシャと撫でてやったんだ。

 彼女は少し頬を膨らませて不満気味だったが、それでも納得した様だった。


「……そうか。ならば、長老に伺いを立ててやろう。……待っていろ」


 エノテーカはそう言うと、俺の答えを待つ事無くさっさと店から出て行ってしまったんだ。

 そして俺の方も、ゆっくりと彼の後を追うように店を出て、長老宅の方へと足を向けて動き出したんだった。


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