決裂
「そんな事は認められぬのぉ……」
「い……いや、彼女の希望も……」
「それは、この村の“しきたり”が認めておらぬのぉ……」
「だ……だが、パルネの両親は……」
「それは、あの子の家族で出した結論じゃからのぉ……」
長老の家に来てからこっち、俺と長老の会話は正しく堂々巡りだった。
まぁ……それも想像出来ていた事なんだけどな。
それでも、聞く耳も持たないとはまさにこの事、俺と長老の話し合いは……いや、話し合いにすらならず、けんもほろろな対応に終始していたんだった。
「おじいちゃんっ! 私はゆうしゃさまについていって、世界を見て回りたいのっ! 何でダメって言うのっ!?」
「その話は、また今度じゃのぉ……。せめてお前が、一人前になるまではこの村で過ごさねばならぬのぉ……」
唯一にして最強の援護射撃であるメニーナの言葉にも、長老はやんわりとではあるが確りと拒絶していた。
そして更に不気味なのは……。
同席しているにも拘らず、一言も発せず事の成り行きをただ見守っているエノテーカの存在だった。
彼にしては珍しく、明らかに不機嫌な表情をしている。
それは間違いなく、俺の話に気分を害しているからだろうな……。
俺はここでは、まだ魔王リリアと聞いた聖霊たちの話をしていない。
この話をすれば、恐らくは長老たちも俺達に協力するしかないだろう。
世界の命運が掛かっているんだ、それは至極当然の事だと俺も思う。
だが、俺は未だにその話を切り出せずにいた。
いや……切り出せないんじゃあなくて、話すつもりが無いと言った方が正しいかも知れないな。
それは俺が、この話を秘密にしておきたいという訳では無い。
この場でこの話をするのは、時期尚早だと思っていたからだった。
世界の危機を笠に着て若者を……子供を連れて行くなんて、それじゃあまるで徴兵か強制連行じゃないか。
例えそれが本人の意思に依る処だったとしても、家族や保護者の理解が得られないんじゃあ意味がない。
もしもこれが、明日にも世界を巻き込んだ大戦争になると言うのなら話も違って来るだろうが、実際の処は何時“その時”が訪れるのかは分からないんだ。
それを考えれば長い目で見た場合、本人と周囲の理解を得る事は必須だと俺は考えていた。
「第3の世界」と俺達の住む世界が繋がるのが、必ずしも俺が生きている間だと言う事は無いんだからな……。
次の代、その次の世代も視野に入れておかなければならないんだ。
「人」の敵と言う脅威の話だけではなく、人族と魔族の融和と言った事にも目を向けておかなければならない。
―――んだが。
「……長老。今日の処は一旦退散するよ。また日を改めて話しに来る」
このまま話し続けても、きっと平行線を辿る事になるだろう。
ここで頑なに「しきたり」を持ち出され続けたり感情論に訴えた処で、折り合いをつけるのは難しいと考えたんだが。
「ええ―――っ! ちょっと、ゆうしゃさま―――っ!? 何で諦めちゃうの―――っ!?」
納得のいかない者が約一名……言うまでもなく、メニーナだった。
まぁ、目の前に御馳走を並べられてお預けを食った形になるんだから、彼女の不平も仕方ないよな。
そんな彼女には何も答えず俺はさっさとその場を後にし、ぶーぶーと不満を垂れながらメニーナも俺の後をついてきたんだった。
長老宅の外へ出ても、メニーナの不機嫌は晴れる様子を見せなかった。
と言うか、ますます膨れっ面を露わにしていたんだ。
こうやって感情を剥き出しにしていると、やっぱりまだまだ子供だと思わされる。
それを考えれば、長老の言っている事やこの村の“しきたり”も強ち間違いじゃあないって思わされるな。
もしかすると俺は、焦るあまり人選を間違ったのかも知れない……。
もっとも。
人選もへったくれも無く、俺の知っている魔族で……となったら、彼女しかいない訳だが。
「メニーナ、まぁ……落ち着け」
ぷりぷりと怒ったままのメニーナに、俺は出来るだけ優しく、そして極めて冷静な口調でそう話しかけたんだが。
「だって! や―――っとこの村から出られると思ってたのに―――っ! もうちょっとで、おじいちゃんもウンって言ったのに―――っ!」
メニーナの不機嫌は収まるどころか加速していたんだ。
その気持ちも分からないでは無いが、さっきの会話を、どこをどう好意的に受け取れば「もうちょっと」で長老が首を縦に振ったというんだろうか?
それとも、俺には分からなかったがメニーナには何かしらの手応えがあったというのか!?
もしもそうならば、あの場を早々に後とした俺の行動が……早計だったというのか!?
……なんてな。
まぁ、メニーナの「もうちょっと」に根拠がない事は分かり切った事だ。
「……メニーナ。今すぐにこの村を出ると言う事は難しいかも知れないけどな。俺もこの話を諦めた訳じゃあない。だからもう少し……待っていてくれないか?」
そして俺の方はと言えばこの言葉通り、長老の説得を観念した訳じゃあない。
と言うよりも、最初からスムーズに事が進むなんて思っちゃあいなかったんだがな。
ただパルネの場合が余りにも上手く行き過ぎた……ってのもある。
あれで俺も、そしてメニーナも「もしかすれば……」なんて思っちまったんだが……やっぱりそう甘くなかった様だな。
「……本当?」
少し俯いて立ち止まったメニーナが、僅かばかり間を取った後に小さな声でそう問い返して来た。
彼女にしても、俺がこのまま諦めてしまう可能性が怖かったんだろうな。
「ああ、本当だ。今日明日は無理かもしれないけどな。でも、何年も掛けるつもりはないから、それまで我慢してくれ」
そんなメニーナに、俺はその場凌ぎの適当な物言いではなく本心を語って聞かせたんだ。
「うん……うん、うんっ! 待ってるっ! 私、待ってるからっ!」
現金なもので、俺の言葉に嘘偽りが無いと見抜いたメニーナは、瞳を輝かせて満面の笑みでそう答えたんだ。
勿論、俺はこれを嘘のまま終わらせるつもりはない。
根気よく、気長に長老とエノテーカを説得し続けるつもりだ。
俺はメニーナの頭に手をやり、彼女も気持ち良さそうな笑顔でそれを受け入れていた。
大抵物事と言うのは、自分が考えている通りには運ばないものだ。
昼間に長老との話し合いは決裂し、機嫌を悪くしたメニーナを宥めながら改めて彼等を説得しようと決意していたその夜。
いつもの通り俺は、エノテーカの営む酒場の二階で休んでいた。
「……こんな夜中に一体何の用なんだ、エノテーカ?」
そんな俺の部屋に、エノテーカは音も無く入って来たんだ。
まぁ、部屋の扉に施錠はしていないから、入って来るのは誰にでも出来る。
でも、気配を殺して忍び込む……となれば話も違って来る。
もしも俺じゃなければ、眠っている枕元に立たれても恐らく誰も気付かないだろうな。それ程に優れた隠密術だったんだが。
残念ながらレベルキャップ間近の俺の感性は、今までと違う雰囲気を纏ったエノテーカの接近を早い段階で気付いていたんだ。
「……付いてこい」
勝手に部屋へと入った事に詫びを入れるでもなく、その場で襲ってくるような素振りも見せずに、エノテーカはただそれだけを俺に言うと部屋から出て行こうとしていた。
夜も夜中に人の休んでいる部屋を訪れて、何の理由もなくただ付いてこいとは何とも失礼な奴だ。
もっとも、彼が不愛想で口数の少ない性格なのは今知った訳じゃあないけどな。
それにこの来訪は、少なからず俺の方でも予想していたんだ。
俺は何を聞く事もせずに、先を行くエノテーカの後を付いて行ったんだ。
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