緊急クエスト「パルネの事情」
パルネの思いもよらない発言に、俺とメニーナはフリーズしてしまっていた。
まさか彼女から、そんな言葉が飛び出すとは思いもよらなかったからだ。
絶句する俺達とは対照的に、パルネの表情に変化はなくその瞳は真剣そのものだった。
まぁ……元々パルネは感情の抑揚が表情に出ないタイプだからな。そこからその真意を探るのは難しいってもんだ。
もっとも、それも俺の前だけって可能性もあるんだが……。
「……パルネ。一緒に行くとは……メニーナと共に村を出るって事かい?」
何とか動揺から立ち直った俺は、出来るだけ冷静に且つ優しく彼女へとそう話しかけた。
しかしそんな努力も虚しく、俺の言葉を聞いた途端パルネは身体をビクリと振るわせたかと思うと、そそくさとメニーナの影へと引っ込んでしまったんだ。
予測通りとは言え……面と向かってその様な態度を取られると、流石の俺も少なからずダメージを負うってもんだ。……主に心にな……。
「どうなの? パルネ?」
俺が目でメニーナを促すと、状況を察した彼女がパルネに向き合ってそう質問した。
その問い掛けを受けて、真剣な表情へと戻ったパルネがしっかりとメニーナに頷き返す。
そしてそれを受けたメニーナが、俺の方へと確認の視線を送って来たんだ。
……何? この翻訳スタイル……。
「そうは言っても、村を出るってだけで安全な旅じゃあないんだが……その事も理解しているのかい?」
これはパルネに向けて言い放った言葉なんだが、俺は翻訳係のメニーナへと視線を送りながら口にしたんだ。
多分……パルネの方を見て話したなら、また彼女が怯えてしまう事請け合いだからな―――……。
俺の反問を聞き終えたメニーナが再びパルネの方へと向き直り、それを受けてパルネがまたメニーナへと頷き、それを見たメニーナがまたまた俺の方を見て確認して来た。
何とも面倒臭いやり取りだな……。
もしもパルネが俺達に……メニーナに同行すると言うのならば、このシステムを根本的にどうにかしないといけないな。
少なくとも、俺の言葉を一人で聞けるくらいには……。
うん、まずは彼女が怯える事無く俺の話を聞けるようにしないといけないだろう。
それは兎も角として、そして理由は横へ置いておいて、世界を周りたいという意見を持った魔族と言うのは大歓迎だ。
それがメニーナの友人だと言うのならば、それに越した事は無い。
少なくともパーティを組むに至って、コミュニケーションやら相性を危惧する必要はないからな。
パルネも魔族なんだから、少なからず戦闘には向いている事だろう。
それが直接攻撃なのか間接攻撃向きなのかは分からないが、聖霊ヴィスの話では種族として戦闘に特化している筈なんだからな。
そこで浮上する問題と言うのが……。
言うまでもなく、パルネの両親を説得する……と言う
派生クエスト……と言うのも珍しい事じゃあない。
一度
そしてこれは、その最たるもの。
メニーナを連れ出す過程で、パルネが合流するからもう一つの問題もクリアしなければならないという、派生クエストに他ならない。
そして、説得系のクエストと言うのは往々にして難易度が高いものが多いんだよなぁ……。
なんせ、力押しで解決できるというものの方が珍しいんだから。
「……そうか……。パルネ、メニーナ。それじゃあまず、パルネの両親に彼女の気持ちを伝えに行き、この村を出る事に了承を貰わないとな。案内してもらえるかな?」
俺の問い掛けにメニーナはパルネの方へと確認し、パルネはメニーナに頷いて返すとスタスタと歩き出したんだ。
その間、俺の方へは一切の視線を向ける事は無かった。
むぅ……何だかなぁ……。
俺は期せずして人材確保できた喜びと、それ以上に憂鬱な気分を同時に抱いて大きな溜息をついた……んだが。
「ああ……この娘が……アカパルネがそう決めたんなら、連れて行ってもらって構わんよ」
俺の予想をアッサリと覆して、パルネの両親は彼女を村の外へと連れ出すという事に賛成の意を示してくれたんだ。
その余りにあっさりとした反応に、俺の方が不安になっちまった。
しっかりと成人した女性ならば兎も角、少なくとも見た目はまだ幼い子供を連れ出そうってんだ。
普通に考えれば、そんな事を両親が許す筈なんてないだろう。
「しかし……村の外は想像以上に危険です。それに、俺が考えている事はただ単に世界を周ると言うものではありません。冒険者として様々な場所へと赴き、危険な場所を訪れたり手強い魔獣の相手をしなければなりませんが……。そうなればその……命の危機も保証は……」
そんな考えが先行するあまり、俺は事実だが言わなくても良い事を口走ってしまっていた。
折角了承を貰ったって言うのに、こんな事を言っては途端に反対されるかもしれないからな。
心中で「しまった」という言葉が浮かび上がったんだが……それは杞憂だった様だ。
「そうかもしれませんが、あんたがこの娘を鍛えてくれるんだろう? 少なくとも、一人前になるまでは面倒を見てくれるんならそれでいい。それに……」
パルネの父親が言っている事、望んでいる事に間違いはない。
パルネも……そしてメニーナも、もしもこの村から連れ出す事が出来たんなら、俺は彼女達に一通りのレクチャーを施すつもりではある。
ただそれでも、どれだけ万全を尽くした処で、危険は……生命の危機は付き纏う。
その事が分からない彼等ではない筈……なんだが。
「この娘には、残して上げられるものがないからなぁ……。自分の道を自分で決められるだけ、まだましかもしれん」
そう言ってパルネの両親は、ゆっくりと周囲を見回したんだ。
パルネの実家は農家を勤しんでおり、そこではパルネの
そう……パルネは魔族でも珍しい、4人の兄姉の末っ子だったのだ。
魔族は何故だか子供の少ない家族が多く、大体が1人……多くても2人と言った処だ。
その理由は定かではないが、そんな中でこの一家の家族構成は「大家族」と言って差し支えないだろうな。
そして彼女の父が言った言葉。
―――残してやれる物が無い。
とは、そのまま田畑であったり財産の事だろう。
長男次男がいる以上、家督を継ぐのはこの2人のどちらか……若しくは2人で分けてと言う事になると推察される。
更に田畑を若干拡張したとしても、長女に与えればそれで限界だろうな。
この村では……いや魔界では、安易に田畑を拡大する事なんて出来やしない。
周囲に蔓延る魔獣が強すぎて、その縄張りを犯さない様に気を付けなければならないからな。
人の生存域を確保しつつ田畑を広げるのは、生半可な事じゃあないだろう。
そう考えれば、どうしたって長女の分を確保するだけでも難儀な話なんだ。
もしかすれば、女性達を嫁にやると言う手段も取り得たかもしれない。
そうする家族も少なくなく、それが家族を生き長らえさせる手段の一つにもなっているからな。
ただそれだと、嫁入りする側には自由と呼べるものが無くなるだろう。
絶対にそうだとは言い切れないが、大体が輿入れした先で必死に尽くさなければならないだろうからな。
そう考えれば、自分で自分の将来を決める事が出来ると言うのは、ある意味では幸せかもしれないんだ。
「……アカパルネ……。あなた……本気なのね……?」
それまで口を
母の真摯な表情を受けて、パルネもその瞳をしっかりと見据えて力強く頷いて返していた。
メニーナに持ちかけられた提案に乗った形となっているパルネだが、実は彼女もあの短時間でしっかりと考えていた様だ。
「……勇者さん……。人見知りも激しく口数も少ない子ですが……どうぞよろしくお願いします」
母親は俺に向かってそう言うと、深々と頭を下げた。
そしてそれに続いて、父親の方も俺に深く頭を垂れて来た。
2人にそんな殊勝な態度を取られては、俺の方だってそのままではいられない。
慌てて俺も、2人に向かって頭を下げて了承の意を示したんだ。
パルネはそのまま、2人の元に残る事になった。
俺達は次に、メニーナの事を了承してもらうために長老の元へと向かわなければならなかったが、彼女とは一旦ここで別れる事にしたんだ。
このままパルネがついて来ても仕方が無いし、何よりも家族と色々話す事もあるだろうからな。
という訳で、パルネの方は驚くほどあっさりと了承を貰う事が出来たんだった。
ホント……メニーナの方もここまで簡単に事が進めば問題なし……なんだけどなぁ……。
それでも、一つ肩の荷が下りて俺の気分も幾分軽くなっていた。
そしてそんな俺の心情を知ってか知らず、メニーナは足取り軽く俺の前を長老宅の方へと進んでいたんだった。
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