査定結果

 クリーク達は、見事にキリング・スネークを倒した。

 それも、ただ単なる勝利じゃあない。

 この沼地でも大型の……恐らくは最強クラスの巨蛇に対して、圧倒的な戦略と連携で見事に倒しきったのだ。

 流石の俺も、此れにはケチの付けようも無いってもんだ。


 いやしかし……。


 こいつら、一体いつの間にここまで連携が上手くなったんだ?


 勿論、まだまだ粗はある。

 それに、敵が強くなればまた新たな戦術が必要となり、今のままの強さを維持できるとは言えないだろうな。

 でも現段階においては、次のステップに進むのに何ら文句の付けようがない程だった。


「先せ―――いっ! どうよっ!? 今の戦いはっ!?」


 よっぽど会心の戦いだったんだろうな。

 クリークの鼻息は荒く、その声は上擦っていた。


「ああ、大したもんだ。ちょっとびっくりしたぞ。皆も良くやったな。大した連携だった」


 もっともそれは、表に現れていないだけで他のメンバーも同様で、ソルシエはドヤ顔でこちらを見ているし、ダレンも控えめながらやり遂げたという実感に打ち震えている。

 俺がそう声を掛ける事で、達成感もひとしお……と言った処かも知れないな。

 そんな中で、イルマだけは少しその表情に翳りを落としていた。

 んん? 何が彼女の心に影を落としてんだ?


「……おい、イル……」


「なぁなぁ、先生っ! これで次に進んでも良いんだよなっ!? 『シュロス城』に向かっても良いよなっ!?」


 イルマの事が気になって声を掛けようと思ったけど、その前にクリークが興奮気味にそう問いかけてきたんだ。

 確かに、「巨蛇の牙」を10個集めれば次に進んで良いと言ったし、先程の戦いを見る限りでは問題ないだろう。

 何と言っても、特に厄介だと思われるキリング・スネークを倒したんだ。

 他の魔物にもそれなりに対応出来てるだろうし、彼等の表情を見れば問題なさそうだった。


「……そうだな……約束だしな。よし、次に進む事を許可してやるよ」


「やった―――っ!」


 俺の言質を取った事が余程うれしいのか、クリークとソルシエ、ダレンは大喜びだ。

 そんな彼等の顔を見るイルマも、どこか微苦笑を浮かべて眺めていた。

 う―――ん……彼女には、何か心配事でもあるのかな?

 まぁ、今すぐに問題が起こるとは思えないし、何か悩みがあればまた聞いてやればいいだろう。


「いいか、『シュロス城』へ向かう事は許可してやるが今まで同様、決して無理はするな。油断なんかせずに慎重に、ゆっくりと攻略するんだぞ、良いなっ!」


「はいっ!」


 兎も角クリーク達は、数日後には「シュロス城」のに向かうだろう。

 いきなり苦戦すると言う事は無いだろうが、釘を刺しておくに越した事は無い。

 俺の訓告に、彼等は実に現金な……もとい、元気のいい声で答えたんだ。


 ―――廃城「シュロス城」。

 このドルフの村周辺で、最も攻略が困難な古城だ。

 言うなれば、プリメロの街におけるトーへの塔……と言った処だろうか。

 そこは正しく、アンデッドの住処……。

 霧の沼地の北東に位置し、この周辺で最も濃い霧に覆われた場所にある。

 というよりも、この霧の沼地に流れ込んでいる霧は、そのシュロス城から発生したものだとも言われている。

 そしてそこは、様々な「不死者アンデッド」の巣窟と化しているんだ。

 まぁ、ちょっと考えれば想像つくとは思うんだけど、年中霧に覆われた日の光も届かない朽ち果てた廃城と言う屋内ともなれば、陽光が弱点となるアンデッドには格好の住処だからな。

 そこに発生するアンデッドは、ドルフの村北にある墓場とは数も種類も段違いだ。

 1体1体の力が弱いゾンビであっても、集団で襲われれば劣勢に立たされるかもしれない。

 それにそこには、ゾンビだけではなく「死肉食いグール」や「死霊ワイト」、それに「鬼火スピリット」と言ったゾンビの上位種であったり実体を持たないモンスターも少なくない。

 そう言った意味では、この霧の沼地で経験した全ての事を総動員して、冷静に対処しないと生き残る事は難しいだろうな。

 そしてもっとも厄介なのが……。


「じゃあ、先生。もうここには用事もないだろ? さっさと帰ろうぜ?」


 そんな物思いに更けていた俺に、クリークは既に移動準備を済ませてそう声をかけて来たんだ。


「んん? もう帰るのか? 1戦しかしてないんだし、もう少しここで戦っていけば良いんじゃないのか?」


 そんな拙速なクリークに、俺はそう提案した。

 キリング・スネークとの戦いは見事だったが、俺としては他の魔物と戦うクリーク達も見てみたかったんだが。


「ええ―――っ! もう良いよ―――っ! それよりも、『シュロス城』に向けて準備したいんだよ」


 だが俺のそんな思いも、クリークの全力な否定で却下された。

 むぅ……そこまで拒絶しなくても……。

 ただ、先に逸るクリークの気持ちも分からないではない。

 格下相手にいつまでも戦うと言うのも効率が悪い上に、その行為自体が同じ作業の繰り返しにもなりかねないからな。


「……そうか―――? まぁ……残念だけどな……」


 どこで何と戦うかを決めるのもまた、彼等の自由だ。

 そんな所まで干渉してたんじゃあ、クリーク達は何時まで経っても独り立ちしないからな。

 そう考えていた俺は、渋々彼の決定を受け入れたんだ。

 もっとも俺としても、そろそろ帰りたいとは思っていた。

 まだまだ本調子じゃない体に、どうにも注意力が散漫になる思考力。

 これじゃあもしも彼等が危機に陥っても、ちゃんと助けに入れるかどうか怪しいものだ。


 ―――まぁ、この辺りの魔物に後れを取るなんて、天地が逆になってもあり得ないんだが。


 それでも、俺自身が休息を求めてるんだから仕方がない。

 動けなくなる前に、早いとこ自室に戻るに限るからな。


 それに、俺には今後もやる事がある。


 魔界に赴いて冒険者となれそうな……人界の冒険者と協力できそうな人材を見つけなけりゃあいけないんだ。

 それには、魔界全土を周らなければならないかもしれないし、何よりももう一度魔王リヴェリアに会う必要もあるだろう。

 それを考えれば、一刻も早く体調を万全にまでもっていかなければならないし、クリーク達に掛かりっきりとなる訳にもいかないんだ。

 既に歩き出したクリーク達に続くように、俺もその場から歩を進めたんだった。





 村に付き、クリーク達が拠点としている宿屋に辿り着いて、俺は新たな課題を彼等に告げた。

 と言っても、怪物モンスターがドロップする様な物を集めろ……と言った類のものじゃあない。

 簡単な事だ。シュロス城の最奥へと赴き、「到達の証」を手に入れてくれば条件達成だ。


 このシュロス城もまた、ギルドにて新人冒険者達の登竜門として設定されている場所だ。

 だから城の最も深い処には、そこまで辿り着いた証である「到達の証」が安置されている。

 そしてそれがそのまま、その城を攻略した証明になると同時に、その証をギルドへもっていけば1回限りでゲルト(G 1G=1円)に換金してくれるんだ。

 シュロス城を攻略したとしてもまだまだ新米の域を出ない冒険者達には、ゲルトはいくらあっても十分と言う事は無い。

 そう言った意味では、クリーク達も喉から手が出るほど欲しいだろうな。


「……いいか? 決して油断する事の無いようにな。まずは城の事をしっかり調べて出現モンスターの特性を知り、周辺からゆっくりと……」


「わ―――かってるって、先生!」


「お……おう……」


 俺の訓告を、クリークはそう言って遮り再びソルシエやダレンとワイワイ語り出した。

 内容としては「到達の証」で手に入れた金を使って、次はどんな装備を買うかと言った事だった。


「俺はさぁ、武器もそうだけどそろそろ防具が欲しいな―――……」


「ぼ……僕も、少し強度のある防具が欲しいです……あと、武器も……」


「あんた達ねぇ―――、まずはあたしの装飾品が先なの、忘れないでよね」


 と、こんな調子だ。

 まぁ、期待と希望を膨らませるのは勝手なんだが……大丈夫か、本当に?

 それでも、この「霧の沼地の試練」をアッサリとクリアした奴らだ。

 恐らく要領よく、「シュロス城」の事も調べ上げるだろうし、そう危険な事にはならないだろう。


「……あの……先生……」


 そろそろ部屋に帰ろうかと思った矢先、イルマが僅かに沈んだ声で話しかけて来た。

 思えばさっきから、彼女はどうにも元気が……と言うか、浮かない顔をしている。


「どうしたんだ、イルマ? 何か相談事か?」


 俺が彼女の頭に手を置いて、出来るだけ優しくそう問いかけてやった。

 ただその行為は、女性にとってはやや失礼だったかもしれないな。

 顔を赤らめたイルマが、更に俯いてその表情を隠してしまったんだ。

 ……やべ……怒らせちまったか……?


「……いえ……あの……相談という訳では……」


 彼女にしては珍しく、どうにも歯に物が挟まった様な言い方だな。

 ただその雰囲気は深刻なものじゃ無く、言うなれば個人的な悩みを打ち明けようかどうしようかと言った処だった。


「……そうか。なら、また何かあったら何でも話してくれ」


 そして俺には、そう時間が残されていない。

 そろそろ本格的に眠くなって来たし、何よりも今日は頭が冴えていない。

 今難しい問題を相談されても、まともに答えられるか怪しいものだからない。


「……はい」


 そんな俺に向けて、顔を上げたイルマは笑みを作ってそう答えたんだ。

 ただそれは、どうにも無理して作っている様に俺には思えた。

 それでも、彼女から話してくれないんじゃあどうしようもない。


「……ああ、それとな……。また時間が合ったら、飯でも作ってくれないかな? イルマの言うように、『コンビニ』の飯ばっかじゃあ飽きちまってな」


 そんな彼女に、俺は少し迷ったがそう要望したんだ。

 これは、残念ながら真実だった。

 ここ最近は雑貨屋「コンビニ」で済ます事が多くて大衆食堂「ファミレス」で食事を済ます事さえ減っている。

 如何にコンビニのメニューがコストパフォーマンスに優れてるとは言え、こうも毎日じゃあ飽きるってもんだ。

 それに……イルマの飯は美味いからな。


「あ……は……はいっ! 今度プリメロに寄ったら、必ず伺いますねっ!」


 そしてイルマは、先程の表情から一転して笑顔でそう答えたんだ。

 それを見た俺は、一先ず安堵した。


「じゃあな。無理だけはするなよ」


 彼女の雰囲気が好転した事を確認して、俺はその場の全員にそう告げると部屋を出て、そのまま転移魔法シフトで自室まで戻ったんだ。

 そしてそのまま俺は、ベッドに飛び込んで眠りについたんだった。

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