VSキリング・スネーク

 クリーク達に接近するキリング・スネーク。

 その大きさは7mクラス……この辺りにしては、大きめの個体と言って良いかも知れない。

 普通の爬虫類同様、脱皮を繰り返す毎に大きくなる巨蛇は、それに併せて能力も高くなって行くんだ。

 大きめの個体と言う事は、それなりに強力な……間違いなく、この「霧の沼地」では最強クラスと言って良いだろうな。

 ただしそれは単純な攻撃力や体力、俊敏性を見ればと言う事。

 様々な種類が生息するこの沼地では、地形特性やら特殊攻撃やら、得手不得手も加味すればどれが一概に強いとは言えないんだけどな。

 それでも今は、目の前のキリング・スネークが最も強いと言って差し支えないだろう。


「我が敵を燃やし尽くせっ! 火炎魔法フラムッ!」


 もはや射程距離に入ったキリング・スネークに向けて、まずはソルシエが先制攻撃を仕掛けた。


「ジャアアァァ―――ッ!」


 彼女より初級火炎魔法「フラム」が放たれ、その攻撃が鎌首を持ち上げ今にも襲い掛かろうとしていた巨蛇の胴体で炸裂する!

 その威力は以前にプリメロの公園で見た物より大きく、攻撃力も更に上がっている様だった。

 それは確かに向上したレベルによるものではあるが、それとは別に「魔女」である彼女の能力によるところが大きいんだろうな。

 ただし、強力になったと言った処でフラムはフラム。

 初級の火炎魔法でキリング・スネークを倒す事は勿論の事、大きくダメージを与える事さえ出来ていないだろう。

 それでも、此方から仕掛けた事で相手の出鼻をくじく事は出来た筈だ。


「でいや―――っ!」


 そして巨蛇が怯んだところへ、先程側方へ回避していたダレンが飛び出してその胴体へ渾身の一撃を喰らわせたんだ!


「シャアッ!」


 タイミングとしては、申し分ない一撃だ。

 彼の手には拳をガードして攻撃力を上げる「ナックル・ダスター」が装備されている。

 それで間違いなく、今の攻撃はキリング・スネークに少なくないダメージを与えた筈だった。

 でも、それも戦いを決定づける程じゃあない。


 ダレンの攻撃力は、以前よりも格段に上がっている。

 多くは望まない。普通に足元がしっかりした大地での攻撃だったなら、それこそ戦況を左右する程の痛手を与えていたかもしれないな。

 ただ、今の状況ではそうはいかない。

 彼の立っている場所は沼地であり、確りと踏ん張る事は不可能だ。

 勿論、そんな不安定な足場でも攻撃力を落とす事無く戦う者もいる。

 ただしそれは、ある程度熟練した冒険者で無いと不可能な事なんだ。


「おおお―――っ! せいっ!」


「シャギャ―――ッ!」


 ダレンの攻撃で大きく体勢がブレたキリング・スネークに向かって駈け出したクリークが、至近距離から剣を横なぎに払った!

 彼の持っていた剣も以前の「鉄の片手剣」とは違い、「鋼の片手剣」にグレードアップしている。

 切れ味自体は、それ程の大差はない。

 だがそれも、数度切りつけただけなら……だが。

 刃物はどんな物でも、斬ればその切れ味はみるみる落ちて行く。

 剣や刀が切れ味を命としている以上、それが少しでも長く保てる武器は必須と言って良いだろう。

 それを補う方法であり最も簡単なのは、何よりも武器の素材強度を上げるに限るからな。

 クリークの一撃で巨蛇の腹は大きく割かれ、そこから多量の血が吹き出していた。


 ただ、蛇を元としている怪物ほど厄介なものもそうはない。


 胴体が長い分、急所と呼べる場所は分散され、即効性の高い部位と言えば頭以外に無いと言って良い。

 そしてこれ程の巨体では、鎌首を持ち上げている状態では普通の人間ならまず攻撃を届かせる事が出来ないんだ。


「聖霊の御力を束ね、聖なる光をっ! 聖光クレラオっ!」


「シャ……ジャアッ!」


 攻撃を受けても、それが致命的でなければ動きを止める事は無い。

 それが蛇であるキリング・スネークなら、尚更だ。

 血を噴き出しても尚、巨蛇はそれを気にする様子もなく眼下で立つクリークにその巨大なあぎとを向ける。

 攻撃の直後で動けないクリークには、その攻撃を受け止める事は難しいだろう。

 それを知っていたのかどうなのか……イルマが絶妙のタイミングで、慌てる様子もなく神聖魔法を発動した。

 彼女の使った魔法は、周囲を眩く照らす目つぶしの効果があるものだった。

 相手の動きを惑わせたり、こちらが逃走する時の目眩ましには最適の魔法だ。

 ただしそれも、相手が視覚を頼りに行動している場合に限るだろう。

 それ以外の感覚を頼りに動く魔物には、その効果も薄いと言えるんだ。

 そしてキリング・スネークは、視覚よりも熱を感知して動く怪物として有名だったんだ。

 このままなら、単純に目眩ましの効果としては期待できなかっただろうな。

 ただイルマの使った魔法「聖光」が秀逸なのは、放たれた光に僅かだが「熱」も含まれていると言う事だった。

 これで少なくとも、熱を頼りに動く事が出来る巨蛇にはクリーク達の動きを捉える事は困難だろう。


「凍てつく平原っ! わたれっ! 氷原リョート・サフル


「ジャッ!?」


 動きの止まった巨蛇を前に、即座にクリークとダレンが飛び退く。

 彼等が前線から撤退する手助けと言う一点でも、イルマの魔法には効果があったんだ。

 そしてそんなイルマと入れ替わるように、滑らかにソルシエが次の一手を繰り出した。


 ―――初級氷魔法「氷原リョート・サフル


 術者前方広範囲の地面を凍らせ、相対する敵の足止めを狙う氷系魔法だ。

 その効果は初級だけあって薄く、使い処も難しい……強いて言うならばあまり使わない魔法だな。

 そう言えば昔、戦闘中にエマイラがこれを使って、危うく全滅しちまいそうになったっけ……。


『そんなの、魔法に文句言ってよねっ!』


 何とか誰一人欠ける事無く戦闘を終えた後で、詰め寄った俺達にエマイラはそっぽを向いてそう言っていたっけ。


 しかし、彼等の見事な使い方はどうだ?

 場所……状況……タイミング。正しくこれ以上ないという使い処での魔法行使は、即座にその効果を発揮していた。

 沼地がみるみる凍り付き、その影響はキリング・スネークにまで至っていた。

 沼の中に体の大部分を浸していた巨蛇は、その凍った沼に取り込まれる形で動きを制限されてしまっていたんだ。

 更にそこには、ソルシエの「魔女」としての力が加味されていた。

 本来なら沼の表面を凍らせるだけだろう「氷原」の効果も、より深くまで浸透していた。

 それによって、少なくともこの戦闘が終わるまではキリング・スネークも身動きが取れないだろう。

 そこへ、クリークとダレンが肉弾戦を仕掛けて行った。

 素早さが売りの巨蛇の身体は沼地に縫い付けられ、逆にクリーク達はその氷面のお蔭でしっかりと足を踏ん張って攻撃を繰り出す事が出来る。

 地の利が、完全に逆転してしまっていた。


 クリークの斬撃。


 ダレンの打撃。


 エマイラの魔法。


 イルマは、注意深く周囲を窺っている。


 4人が見事な連携を見せ、どんどんキリング・スネークを追い詰めて行った。

 一方のキリング・スネークは完全に動きを封じられ、攻撃手段である牙も有効に使えないでいたんだ。

 胴体の大部分を氷に呑まれ方向転換すら出来ない状態では、攻撃方向を変える事が出来ないんだから仕方がないな。

 そしてクリーク達は、そんな巨蛇の死角から見事な連携攻撃を仕掛けている。

 これでは、如何に体力が高く動きの素早いキリング・スネークだって堪らないだろう。

 そう時間を掛けずに、彼等は巨蛇を致命的な状態まで追い込んでいった。

 そして。


「くらえ―――っ!」


 剣を逆手に持ったクリークが、大きなダメージを負い頭の下がったキリング・スネークに止めの一撃を繰り出した!

 その剣が、巨蛇の頭部を地面へと縫い止める!

 絶対的急所の頭部を貫かれ、それでキリング・スネークとの戦いは決したんだ。

 未だに胴体の大部分はのたうち回ってるけど、それもすぐに収まるだろう。


「どうだ―――っ!」


 勝利を確信したクリークは勝鬨を上げ、そしてそんな彼にソルシエとダレンが駆け寄って行く。

 俺はそんな彼等の戦いぶりに、驚くと共に満足していたんだ。

 ただ一つ気になったのが。


 他のメンバーと違って、彼等の元へと歩み寄るイルマの表情が余り優れていないって事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る