接敵

 クリーク達と共に、霧の沼地を目指して歩を進める。

 しかし俺は、僅かに違和感を覚えたんだ。


「なぁ、クリーク。これって遠回りなんじゃないか?」


 まだまだぼやけてる俺の頭だが、それでも霧の沼地へのルートが分からないほどじゃあない。


「……ん―――? これで良いんだよ」


 ただ彼等の選ぶルートは、間違っているという訳でも無さそうだ。

 意図的に、霧の沼地への最短ルートを避けている様だった。


「だってよ―――。このまま北に向かったらその……墓場があるだろ?」


 その後に続いた言葉で、俺はクリークが何を言いたいのかを察した。


 彼の言う通り、ドルフの村より霧の沼地へ向かって北に進めば、墓場を通過する事になる。

 そこは随分と古い墓地であり、すでにその役割を終えて放置されている処だ。

 ただ、如何に新しい墓地が作られたからと言って、村民が簡単に放棄する訳がない。

 そこには少なからず、村の人々の祖先と呼べる者達が埋葬されているんだからな。

 それでも彼等がそうしなければならなかった理由は……至極簡単だ。


 生ける屍ゾンビの徘徊だ。


 いつの頃からか、その墓地ではゾンビが出現し、動き回る様になったんだ。

 本来は夜に活動する動く死体たちアンデッドだが、ここが霧の沼地付近である事が災いした。

 一日中、一年中濃い霧に覆われた沼地……その付近にあった墓地もまたいつしか霧に呑まれ、日中でも陽の光が届かない場所となったんだ。

 それまで夜だけ気を付けていればよかった墓地も、そうなってしまってはおいそれと近づく事なんて出来ない。

 村民たちは、それこそ泣く泣く新しい場所に墓地を移し、それまで使っていた墓場はそのまま遺棄されたんだ。


 勿論それでも、その墓場に赴き墓参りを済ませたいという村民が皆無じゃあない。

 そう言った人たちの要望は依頼クエストとなり、この村に立ち寄った冒険者たちの資金源となったり、経験の糧になったりしてるんだけどな。


「なんだクリーク? ゾンビは苦手なのか?」


 俺は彼を揶揄う調子で、そう声を返した。

 ゾンビは確かに、厄介な相手だ。

 まず、元々死んでいるのでゾンビが痛みを感じる事が無い。

 攻撃をヒットさせたからと言って、奴らが怯んで動きを止める事は無いんだ。

 まず最初は、ここで戸惑うものが多いだろう。

 どれ程攻撃しても効いた様子を見せないという相手は、攻撃する側にとっては不気味なものだ。

 ダメージの有無を測る事も難しいからな。

 そして何よりも、その容姿に問題がある。

 殆どのゾンビは、まず墓から蘇った姿をしている。


 つまり、人の形をしているんだ。


 余程の人でなしでない限り……若しくは、余程割り切っている者でもない限り、人を……元来人だったものに切りつけると言うのには、多少の抵抗がある筈だ。

 ただ幸いなのは、大抵の場合がゾンビは腐敗した肉体を持っている。

 顔にも表情と言ったものは無く、どう考えても生きていると思えるような部分は無い。

 そこに慣れれば、いずれは冷静に対処できるはずなんだけどな。


 それにゾンビは、総じて「火」に弱い。

 弱点が火だと言う訳では無く、単純に元は「人」だった事により本能的に火を恐れているし、体内に内包した油脂分やリン成分が燃えやすいという事もある。

 兎に角火に弱いと言う事であれば、ソルシエの魔法で対処できるはずなんだ。

 だから強敵と言う程ではない。

 勿論、得手不得手ってのはあるだろうけどな。


「まぁな―――……。おっと、ここを曲がるんだった」


 少しばかり意地の悪い言い回しだった俺の言葉に、クリークは興味なさそうにそう答えて意識を別の方へと切り替えた。


 ―――いや……意図的に話題を変えた……?


 もっと食って掛かって来るかと思ったんだが、ある意味で拍子抜けする反応だな。

 まぁ、図星を刺されて言い返すのを躊躇ったって風でもあるけどな。

 俺達は彼の先導に従って、濃くなってゆく霧の中を進んだんだ。





 その後も正しく紆余曲折……くねくねと林を抜け草を掻き分けて進んでいったんだ。

 道なき道を進んでいるって言うのに、クリークには迷ったり思案している様子は見受けられない。

 そこもまたどうにも違和感を覚える処なんだが、その事について俺がどうこう言うのも筋違いってもんだからな。

 程なくして俺達は、霧の沼地のほとりへと到達したんだ。

 ここまで、全く怪物モンスターたちと遭遇していない。

 確かに目的は「キリング・スネーク」を倒す事なんだが、俺としては他の怪物との戦いも見ておきたかったな。

 この地域では、「始まりの街プリメロ」とはまた違ったタイプの怪物が多く出現する。

 それ等に対応し、新たに戦法を構築するだけでも時間はかかるが、それでもその経験は後に活きて来る。


「じゃ、じゃあ、キリング・スネークを探してきます!」


 そんな事を考えていると、準備の出来たダレンがそう言い残して沼地へと足を踏み入れて駆けて行った。

 ダレンは「キリング・スネーク」を……なんて言っているが、此処にはそれ以外にも様々な怪物が存在している。

 人なんてあっさりと一飲みにする巨大なカエル「ジャイアント・トード」もそうだし、攻撃的なトンボ「ドラゴン・フライ」もそうだ。

 更に水棲や両生類系、爬虫類系の魔物が多く存在する……この沼地はそんな所だった。

 そんな場所で目的の巨蛇だけを見つけて探して来るなんて、それは余程の幸運って奴じゃないだろうか?


「みんな―――っ! 連れて来ました―――っ!」


 な……なに―――っ!?

 俺のそんな予測を覆して、ダレンは驚くほど短時間でキリング・スネークに遭遇してここまで引っ張って来たんだ!

 必死でここまで駆けて来るダレンの後ろには、間違いなく大蛇がついて来ている!


 ―――キリング・スネークだ!


 爬虫類の中でも蛇って奴らは、存外に執念深い。

 一度得物を定めたら、余程大きく距離を取られない限り何処までも追いかけて来るんだ。

 ダレンもそれが分かってるんだろうな、余り離れ過ぎないようにスピードを調節しながら、それでも簡単に追いつかれない絶妙な距離をキープして引き連れて来た。

 足元を取られて本来の素早さには程遠いだろうに、その見事な位置取りは大したものだった。


「よしっ! みんな、やるぞっ!」


 クリークの掛け声で、他の者も全員戦闘態勢を取った。

 俺は一歩下がって、彼等の戦いぶりを見つめる事にしたんだ。


 瞬く間に、クリーク達とダレンとの……キリング・スネークとの距離が縮まって行く。

 それに併せてクリークは抜刀。ソルシエが魔法の準備を始めた。

 若干クリーク達と距離のある処で突然ダレンが側方に飛び退き、巨蛇と彼等の間から姿を消した。

 いきなりダレンに方向転換をされたキリング・スネークは、そのまま目標をクリーク達に切り替えたのか、スピードを落とす事無くそのまま向かって来た。


 状況としては、最善と言って良い。


 沼地内での戦闘なら、クリーク達は足を取られて動きも制限される反面、巨蛇にしてみればそんな事は関係なく動く事が出来る。

 それに慣れてなければ……若しくは巨蛇とのレベル差がある時なんかは苦戦が必至で、未熟なら全滅する事も考えられるシチュエーションとなるだろう。

 だが今クリーク達は沼のほとり……未だしっかりとした地面に足を付けている。

 この状態で戦えるというのは、何よりも有利を保てる……若しくは、平常で戦えるって事だからな。


 そして、みるみる接近して来たキリング・スネークとクリーク達は接敵コンタクトしたんだ。

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