霧の沼地へ

 マルシャン道具店を後にした俺は、そのまま転移魔法シフトを使ってクリーク達の待つドルフ村へと移動した。

 一瞬で到着したその場所は、村の入り口から僅かばかり離れた所だ。

 当たり前の話だが、人通りの有る様な場所にいきなり人が現れれば誰だって驚くし、下手をすれば事故にもなりかねないからな。

 俺はそのまま、村の方へと歩き出し彼等と合流しようと考えたんだが……クリーク達を探す必要も無かった様だな。


「あっ、先生だ」


 真っ先に俺を見つけたソルシエが、他のメンバーにも聞こえる様にそう声を出した。

 その言葉に反応して、木陰で寝そべっていたクリーク、そのそばで大人しく座り本を読んでいたイルマ、少し離れて武術の型をなぞっていたダレンが俺の方へと振り向いた。

 そして村の入り口付近に立つと、近づく俺を迎えたんだ。


「待ちくたびれたぜ―――先生―――……」


 見るからに気怠そうなクリークは、俺への第一声がこれだった。

 全くこいつは、年上を敬うって気持ちに欠けているな。


「今日はお疲れの処、ありがとうございますっ!」


 それに反して、必要以上に礼儀正しいのは最年少のダレンだった。

 クリークみたいに誰が見ても失礼な態度は論外だが、ダレンのように緊張感を漂わせた対応ってのも他人行儀で調子が狂うな。


「先生、体調の方はもう大丈夫なんですか?」


 そしてイルマ。彼女は本当に優等生だな。

 優しい笑みでそう問いかけて来た彼女に、俺は微笑んで頷いたんだが。


「な―――に、先生? まだ疲れが抜けないんだ? やっぱり年なんじゃないの―――?」


 そんな心温まる雰囲気を台無しにする言葉が最後の一人、ソルシエより放たれたんだ。

 全く、このメンバーで問題児なのは、クリークとソルシエだな。

 もっともそれも、若気の至りってやつなんだろうけど。

 そして大人な俺は、そんな子供の生意気な台詞にいちいち腹を立てたりはしない。


「お前達よりは確かに年を取ってるけどな。それだけ経験豊富って事だ。体調を早く回復させる方法だって色々知ってるし、お前等が気にする程じゃないから安心しろ」


 ソルシエの小賢しい物言いをサラリと受け流して、俺はその場の全員にそう返したんだ。

 ただしそれは……殆ど嘘だけどな。

 体調は万全には程遠いし、頭には未だに霞が掛かった様でどんよりと重い。

 しかし大人な俺が、あそこが怠いだここが痛いなんて愚痴や弱音を吐ける訳もない。

 これはあれだ。大人の意地ってやつだな。


「さ……流石は先生ですっ!」


 そんな俺の言葉に過剰反応するのは、何時だってダレンだった。

 どうにも彼は、俺を尊敬……って言うか、もはや崇拝でもしている様な接し方をして来る。

 悪い気はしないんだが、どう対応して良いのかこれだけは困るな。


「でも先生? 余り無理はなさらないでくださいね?」


「そうそう。先生は今日は、傍で見てるだけで良いんだからさ」


 イルマの、俺を心から心配してくれた台詞を台無しにしてくれるのは、何時だってクリークだ。ほんと……ありがとうと言いたい。


「そうだったな……。それじゃあ今日は、久しぶりにお前達の成長した姿を見物させてもらおうか」


 ただ今回の彼の言葉に関しては、全くの軽口と言う訳では無い。

 クリークの言う通り、今日は彼等の戦いぶりを確認しに来た……いわば査定の日なのだ。

 まぁ、俺なんかがクリーク達の戦いぶりにあーだこーだ言う事自体が間違ってるんだろうが、此れも彼等の先生となった……言うなれば“義務”だな。

 冒険なんて、無茶だろうが無理だろうとも自身の身体で経験しながら進んで行くもんだ。

 そこには確かに、命の危機が少なからず存在している。

 如何に聖霊様の祝福を受けて「レベル」なんて強さを得た冒険者だろうとも、「それ」はすぐ自分の隣に佇んでいて、ともすればすぐにでも自身を闇の世界へ……つまりは死へと誘って来るのだ。


 そんな事は分かってる。


 でももう、俺はこいつらに関わっちまった。

 それに、俺がある程度ブレーキをかけてやらないと、クリークなんかはすぐにあっさりとを越えやがるのは目に見えてるんだ。

 少なくとも、簡単に命を落とさない程度に強くなるまでは俺が面倒を見てやらないとダメだろうな。


 こんな事……昔のメンバーが知ったら何て言うか……。

 それ以前に、マルシャン辺りが知ったら、良い物笑いの種になるだろうな―――……。


「それじゃあ先生っ! 早速行こうぜっ!」


 このパーティのリーダーらしく、クリークが音頭を取ると他のメンバーもそれに頷いて移動の準備をする。

 そこにはどこか、微笑ましさと頼もしさを感じたんだが……。

 どこか浮かない顔をしているイルマとダレンの態度が、若干俺には気になった。





 村を発った俺達は、クリークの先導で歩を進めた。

 向かう先はドルフ村の北にある「霧の沼地」だ。

 そこには俺が課題とした「巨蛇の牙」をドロップする、「キリング・スネーク」が生息しているんだ。

 そして今回俺が確認するのは、クリーク達が間違いなくキリング・スネークを倒せるかどうかだ。

 既にクリーク達は、巨蛇の牙を10本集めて持ってきている。

 勿論、ずるをすれば道具屋で買う事も出来るから、無条件で彼等がキリング・スネークを倒して集めて来たと信じる事は出来ない。

 いや……俺は信じたいとは思ってるけどな。

 ただしそんな事は、キリング・スネークとの戦いぶりを見れば済む事だ。

 巨蛇を倒す事が出来るんなら、牙を集めた方法なんて関係ないからな。


「先生、今日は武器を持って来てるんですね。それに盾も」


 隣に並んで歩を進めるイルマが、俺の腰に差した剣と左手に装備した盾を珍しそうに眺めながらそう話しかけて来た。


「ああ、まあな」


 俺は今日、マルシャンの所から受け取った武器防具を装備している。

 と言っても、剣と盾だけなんだけどな。


「何と言うかその剣……すっごく強い気配がするんですけど―――……」


 マジマジと俺の剣を見やるソルシエが、喉を鳴らしながら珍しく真剣な眼差しでそう呟く。

 そりゃ―――そうだろう。


「これか? これは『氷結の剣』と言ってな。俺が昔から愛用してた武器だ」


 若干の語弊はあるけど、俺は彼女にそう答えてやった。

 この剣は、俺が聖霊様の装備を得るまで使っていた、恐らくはこの世界でも屈指の剣だからな。

 氷結の剣はその刀身に冷気を纏っていて、斬りつけた相手の傷口を凍らせる事が出来るいわば……魔剣だ。

 その他にも、剣の力を解放してやれば極低温の吹雪を相手に見舞ったり、氷鏡壁と言う防御障壁も展開する事が出来る優れ物なんだ。


「さ……さすが先生ですねっ! 正しくそれが、勇者の装備なのでしょうかっ!? で……では、こちらの盾もっ!?」


 ちょっと大げさな気もするが、ダレンが驚きを露わにしながら絶賛し、その後に左手に装備した盾の事も尋ねて来た。


「ああ……。この盾も、昔からの愛用品だ。『雷光の盾』と呼ばれている」


 この「雷光の盾」もまた、この世界屈指の防御力を備えた逸品だ。

 その強度も然る事ながら、表面には雷の力を纏っていて、盾に触れた相手に電撃を流す事が出来る。

 更には表面に張り巡らされた電雷で、敵の攻撃を受け流す効果も持ってるんだ。


「ほえ―――……。それじゃあそれが、『勇者の装備』って事か―――……」


 武器や防具……自身を強化し能力を底上げする物に興味津々なのだろう、クリークが感心したように俺の剣や盾を見つめていた。

 そして恐る恐る、俺の剣に障ろうと手を伸ばしたんだが。


「クリーク……。迂闊に触ると、その手が凍り付くぞ?」


 俺の忠告を受けて、彼は剣に触れようとしていた手をサッと引いたんだった。

 勿論、鞘の外から触れただけで手が凍るような事はない。

 もしもそんな危険な装備なら俺は身に着けないし、そもそも俺の腰や太腿は既に凍っている事だろうな。

 ただしそんな事情も知らないクリークは、俺の言葉を素直に信じた様だったが。


「……ちぇ―――っ……。少し触ってみたかったのにな―――……」


 彼の気持ちも分からないではない。

 自分のレベルでは到底手に入れる事の出来ない装備と言うものは、目にする事も珍しいと言って過言ではないだろう。

 更に言えば、この装備はどうやってもで手に入れる事なんて出来ない。

 もしも“2本目”が存在しているのなら、それはやはりこの大陸を出た、別の大陸にある事だろうな。

 だからこういった機会に憧れるとも言える装備を見て、触れたいと考える事自体はおかしなものじゃ無いんだ。


 ただし、より高価で美しく強い装備を手にしたならば、今の装備が随分とみすぼらしく物足りない様に感じてしまうのも道理だ。

 そしてそれは、向上心の妨げになる恐れもある。


 ―――ああ……あんな武器があったなら……。


 ―――くそっ! ここにあの武器さえあれば……!


 何て言った、自分の未熟さを武器防具のせいにする様な考えが浮かばないとも限らないからな。

 本当は俺だって、これ位の装備ならいくらでも見せてやりたいんだが……。


 俺としては「昔の装備」を持ってきたつもりだったが、彼等には目の毒だったかもしれない。

 次はもっと昔の武器を持ってくるべきか……そんな事をぼやけた頭で考えながら、俺はクリーク達の後に付いて行ったんだ。

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