気の置けないオヤジ

「何だお前ぇ……。この間聞きそびれた話を、ここでしてくれるって言うのかい!?」


 俺に話を振った当の本人であるマルシャンだが、素直に俺が肯定するとは思っていなかったんだろう、そんな言葉を吐きながら、それでもその表情に浮かんだ驚きを隠す事は出来ていなかったんだ。

 まぁ……何事においても、余り話しをしない俺だ。

 話す相手が……いなかったという事もあるんだけどな……。

 と……とにかく、奴が驚きで動きを止めてしまうのも、それはそれで仕方ないって言えなくもない。


「何だ? 話が聞きたいんだろう?」


 でも実際にそんな表情をされると、俺だって少しくらいは不快に思ったりする。


「ま……なぁ、そうなんだけどよ。それで……魔界で何があったんだ?」


 俺の声に不機嫌の要素が入り込んだのを感じたマルシャンが、慌てて話をする様に促して来た。

 別に俺は、本当に不機嫌となっていた訳じゃない。

 今の状態コンディションじゃあ、奴と言葉遊びをしてる余裕がないだけなんだけどな。


 そして俺は、魔界で魔王リヴェリアに会い話した事。


 そこに現れた聖霊様達の話。


 その時に語られた新たな……第3の世界の存在。


 そこに住まう、到底友好的とは言えない住人達の存在。


 それに対する為に、遥か古に分けられた人族と魔族。


 その試みは、聖霊たちによる壮大なパーティ編成の育成だった事など。


 大体思いつく限りの事を、端的に言い聞かせてやったんだ。

 今の俺には、詳しく要領よく話す事なんて出来ないからな。

 そんな俺のある意味簡潔な説明を、マルシャンはチャチャを入れる事無く耳を傾けて聞いていた。


「……そりゃあ何とも……壮大な話ではあるが、理解出来ない話でもないな……」


 そして聞き終えたマルシャンは、嘆息と共にそう呟いた。

 確かに、理解を超える規模の話ではある。それに、信じられないくらいに長い計略でもあるだろうな。

 それでも内容を聞けば、なるほどと納得するところもあった。奴はその事を言ってるんだろう。


「特にその、あれだ。人族と魔族が元は同じ種族だって話。確かに昔から『悪魔の子イヴリス・ペティ』の話はあったからな。あれは何処から迷い込んだのか、魔族と人族の間に出来た子供だったんだなぁ。それに前回の魔王侵攻で、この近隣の村々も魔族の支配下にあった。そしてそこでは、少なからずイヴリス・ペティが生まれてたって話だからな。その時は腹の子に悪魔の魂が乗り移った……なんて考えてたけど、冷静に考えれば人族と魔族の子供だって方が自然だわな。それも二つの種族が元を同じとしてるなら、不可能な話じゃないもんな」


 マルシャンの感想には、俺も大賛成だった。

 俺達人族や魔族と、獣人や魔獣との間に子供は生まれやしない。

 それがどれだけ容姿が近しくとも、そんな前例はどこにもない。

 しかし、人族と魔族の間にはそれが可能なんだ。

 そこから導き出される答えは、深く考える必要の無いものだった。


「……それで? お前さんはこれからどうするってんだ? その話だと、もう魔王を倒す必要もない……っつーか、倒す方が間違ってるって事になるわな。それほど強い猛者なら、その“第3の世界”とやらから来る侵略者共と戦う時の、強力な戦力になるからなぁ」


 確かにその通りだ。

 魔王と戦う……魔王を倒す……そんな事は、今となっては論外だ。

 第3の世界の住人達が、どれ程の強さを持っているか未知数なんだ。

 ならば、戦力として頼りになる者は一人でも多いに越した事は無い。

 そしてその理屈から、俺はもう魔界へと赴いて魔王と戦う必要は無くなったといって良いだろう。


「……俺は……これからは、人界と魔界の橋渡しをする為に……世界を周らなければならないだろうな……」


 その代り、俺には新たな使命クエストが与えられたんだ。

 魔界と……魔族と手を結ぶ。でもそれは、俺と魔王だけの個人的な友誼で済ませてしまってはならない。

 聖霊達の言うように、人界と魔界、全ての人々を結び付ける為に動かなければならないだろう。


「ほ―――ん……。人界と魔界を……ねぇ……。けどそりゃあお前ぇ、無理ってもんじゃ無いのか?」


 まったくこのオヤジは、何でそんな面に合わないほど鋭いんだよ。

 奴の全くいう通り、「全ての」……と言うのは、恐らく不可能だ。

 それ程に、人族と魔族は離れていた期間が長すぎる上、根付いた怨恨は根深いものだ。

 こればっかりは、俺が生きている間に成就できるとは思えなかった。


「ああ……だろうな。だから俺は、出来るだけ……可能な限り……力の有りそうな奴らだけでも、互いに協力関係を結ばせようと思ってる」


 恐らく、これが一番現実的だろうな。

 聖霊様達に何か取って置きの策でもあれば良いんだけど、それは余り期待できないしな。

 なら、出来る事で最大限の効果を上げるしかないだろう。


「ほう……そうかい。ならもし、お前ぇがこれと言った人物を見つけたんなら、ここに連れて来な。た―――っぷり、持て成してやるぜぇ」


 ニヤリ……と、マルシャンは会心の笑みを浮かべているつもりなんだろうが、どう見てもお前、悪の親玉にしか見えないぞ……。

 もっとも、奴の言葉は俺の心を少なからず軽くしてくれた。

 そんなマルシャンの気遣いを、真実を語って台無しにすることは無いだろう。

 俺は、ここ最近で一番の慈愛を込めてその事には口を閉じ、ここ数年で最大の笑みを奴に向けたんだ……が。


「おいおい……なにを気味の悪い顔してやがるんだ……。まじで寒気がしたぜ」


 そんな気遣いも、奴にはどうやら通用しなかった様だな。……やれやれだ。


「それで? 此処に来たのは、俺の喜びそうな話題を持って来てくれただけ……じゃあ無いんだろう? 何しに来たんだよ」


 そして、大事なお得意様に対して何て口の利き方なんでしょう。

 この道具屋に客が寄り付かないのは立地条件も然る事ながら、どう考えても店主の容姿性格に起因してるとしか思えなかった。


「そうだった。確かここに、俺が昔使ってた装備……預けてたよな? まだあるか?」


 もっともそんな事は兎も角、確かに奴の言う通り俺は此処へ近況報告に来た訳じゃないんだ。

 俺は、この道具屋へ来た目的をマルシャンに告げた。


「ああん? 昔の装備って……いまさら何に使うんだよ? だいたいその話、一体何年前の話だと思ってんだぁ?」


 そう答えながらマルシャンは、本当に面倒臭そうに奥の倉庫へと歩いて行った。

 言われてみれば、俺がマルシャンに使い終えた装備を預けたのは……何年どころか、十何年前の話だな。

 聖霊様の装備一式を授かってからは、そればかりを使っていた。

 それ以上の装備なんて、この人界には何処にも無かったからな。

 それに俺は、それまで使っていた装備をマルシャンに預ける時こう言ったんだ。


『もう使わないからさ、マルシャン……預かっててくれよ。何なら売っちまってさ、この道具屋の運営資金にしてくれて良いからさ』


 実際、聖霊様の恩寵を受けた最上級の武器防具を手に入れたんだ。

 それ以上の物は見つからなかったし、手に入れた処で文字通り“お荷物”なのは間違いない。

 もう二度と使う機会が無いのなら、マルシャンの好きにして貰っても良いと思ったんだ。

 まさか……十数年の時を経て、再び必要になるなんて思いもよらないよな?


「マルシャ―――ン。無ければそれでも構わないからな―――。ここで新しい装備を買う……」


 俺は倉庫に向かってそう叫んでいたんだが、出てきた奴の姿を見てその声がフェードアウトしてしまった。

 マルシャンが両脇一杯に抱えているのは……間違い様も無く、奴に預けた俺の装備だ!


「とりあえず、一番最後に預かった装備はこんな所か……。もっと古いのが必要なら取って来るが?」


 無造作にカウンター上へと置かれた装備の数々を見て、俺は驚きを隠せなかった。

 これは……十何年、倉庫の中で放置されてた装備の輝きじゃあない!

 それこそ定期的に……毎日とは言わずとも頻繁に手入れをしていなければ、ここまでの状態を維持する事は難しいだろう。


「……マルシャン、お前……まだ持ってたんだな―――……」


 俺は「氷結の剣」を手に取って、それを頭上に掲げながらそう感想を述べた。

 いや、感想と言うよりも……これはちょっとした感動かも知れない。

 氷結の剣は窓から射しこむ光を受けて、蒼く透き通った刀身を輝かせていた。


「……ふん。こんな使い古しの装備、おいそれと買って貰えるわけがないだろう。まぁ、所謂売れ残りよ。必要なら、とっとと引き取ってくれ」


 カッカッカと豪快に笑うマルシャンは、恩着せがましい様子など更々見受けられない。

 売り物になるかどうか以前に、倉庫の中にしまっていたら客には分からないだろうと心の中でツッコみながら、それでも俺は奴に感謝した。


 クリーク達はこれからどんどん強くなってゆく。

 そんな彼等の傍にいれば、俺だっていつ怪物に襲われるか分からない。

 それに彼等が危機に陥れば、それが俺の目の前であったならば多分……手助けしてしまうに違いない。

 そんな時、武器があるのと無いのでは随分と違う。

 勇者の装備では仰々し過ぎる。

 でもだからと言って、無防備でいる事も出来ないのだ。


「そうか……有難く使わせてもらうよ」


 この人界でいまや気の置けない存在と言うのが、この厳ついハゲ樽っ腹道具屋店主ってのも悲しくなるが、それでも俺は奴に感謝と親愛を込めてどう呟いたんだ。

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