約束の日

 クリーク達を送り出して2日。

 その間俺は、ただ只管に身体が回復する事だけに専念した。

 昨日までは室内を動くだけでも随分と苦労したが、それも今日には随分と復調して何とか外へと買い出し出来るまでになっていた。

 もっとも。

 その動きは、疲労を抱えた時の動きに輪を掛けて緩慢としており、その姿は比喩表現抜きで陽射しの元の“歩き回る死体ウォーキング・デッド”そのものだった。

 ハッキリ言って、すれ違う人達が俺を見る眼は驚きを通り越して驚愕を浮かべていた。

 これがもしも夜ならば、事案となっていた事は疑いようがない。


 俺としては普通に歩いていただけなので、そんな事を言われるのは言い掛かりも甚だしいのだが、それでも宿舎の下で会った大家さん夫人たちの表情を見れば、流石にこれはシャレでは済まされないと感じ取ったんだ。

 なんせ普段は口さがない大家さん夫人の一団が、俺を見て絶句し動きを止めていたんだからな……。


 あの反応は、ここに住んで長い俺でも初めて見た……。


 そんなにひどい表情と動きだったのか……。


 短くない人生で色々と達観しているつもりだった俺だが、随分と久しぶりにダメージを受けたな……。

 そう考えれば雑貨屋「コンビニ」の店長は、ある意味で諦観しているのかもしれない。

 なんせこんな俺に、普通に接してやり取りしてくれたんだからな。

 いや……それこそが、商売人って奴か。


 兎も角俺は、1日ぶりの食事にありついて一心地着いていた。

 身勝手なものだが、イルマがクリーク達と共にドルフの村へと向かってしまったのは痛かったな。

 今にして思えば、彼女が献身的に世話をしてくれて随分と助かっていたんだなぁ……。


 何とか自分で食い扶持を確保出来るようになったが、それでも頭の中に靄が掛かったようで、どうにも思考がすっきりとしない。

 今までの俺の行動理由は刷新され、考えなければならない問題、しなければならない事が新たに山積している。

 だが今の思考能力では、それらをじっくりと考えるだけの余裕はない。

 いや、考えようとするだけで再び意識が霞み、俺を睡魔の園へと引きずり込んだんだ。

 短いサイクルで眠っては起き、覚醒しては惰眠を貪る……。

 2日目もその繰り返しで、まともに諸問題へと向かい合う事が出来なかったな。


 そして3日目。

 今日は、クリーク達の戦いを傍で見てやると言う約束の日だ。

 そんな俺は、未だに自室のベッドで横になっていた。

 普通の人達ならば、既にこの街“始まりの街プリメロ”を発っていないとおかしいだろう。

 何故ならこの街からクリーク達のいる村まで、徒歩でならば1日以上かかる距離だからだ。それはレベルの上がった戦士だろうとも大差ない。勿論、夜通し走る続ける体力があれば、話は別だろうがな。

 それでも俺が未だにこの部屋でのんびりとしていられるのは……。


 ―――俺が……勇者だからだ!


 まぁ、そんな恰好の付けた言い方なんて改めて必要ないんだけどな。

 それに、勇者じゃなくとも高位の魔術師や賢者なら、俺と同じ事が出来る。つまり……。


 ―――転移魔法「シフト」の存在だ。


 光の聖霊アレティ様の御力が届く場所ならば、転移石の設置されている場所や自身の魔力で目印マーキングした地点へと一瞬で転送できる魔法だ。

 そして先日、クリーク達が拠点としているドルフの村と、その周辺の目ぼしい所に目印を打っておいたから、この街から彼等の元へは一瞬で行けるってスンポーなんだ。


 いや―――……こういう時には、勇者になってて良かったな―――って思うな。便利だし。


 他にも、勇者ならではの所謂「特性」がいくつかある。

 例えば俺は、毒や呪いの効果で死に至る事は無い。

 効かない……訳じゃない。

 もしも毒に侵されたとして、それで体力の低下が見られたり動きが鈍くなったとしても、その効果で死ぬ事は無い。

 もしも呪われたとして、それで身体に変調をきたしたとしても、その効果で心身が変異する事は無いんだ。

 確かに、戦闘中にそれらの状態変化攻撃を受けると、戦闘力が大きく低下する。

 以前に魔王城にて、魔神将ゼムリャが自身で作り上げたトンネルを毒霧で満たした事があった。

 その場でその穴に飛び込む事を俺は選択しなかったが、もしもそこへ突入したとしてもその毒の効果で俺が死ぬ事は無いんだ。

 ただしその毒のせいで、俺の動きは大きく鈍っていただろう。

 だから俺は、安易に毒状態になる事を拒否したんだが。


 ……あれ? 勇者になるメリットって……これだけ?


 俺は未だに動きの鈍い頭で、必死になって何とか思考を巡らせた。

 勇者になった事に依る利点がこれだけだなんて……あるわけ……。

 しかし残念ながら、その他にはこれと言って思い浮かばなかったんだ。


 確かに、聖霊の祝福を受けた装備一式を身に着けて戦う事が出来る。そしてそれは、勇者である俺だけに許された特権だ。

 でもだからと言って、それで俺が無敵の力を行使出来るという訳じゃあない。

 あれ等の装備はあくまでも、俺の持つ攻撃力や防御力を底上げしてくれているに過ぎないからな。

 勿論、その効果には俺も大きく助けられているんだが。

 他には、勇者は特に強力な雷撃系の魔法を多く覚える事が出来る。

 習得が難しく、比較的多くの属性に効果のある雷属性の魔法を多く覚える事には確かにメリットが存在する。

 ただこの雷撃系魔法も万能ではなく、当たり前に相克関係が存在するんだ。

 それを考えれば、その他の一般的な魔法と大差ないと言えるな。


 それ以外では、王の宣言の元で様々な行動を許可されたとか。

 まぁそれも、年を取る毎に行使し難くなったわけだけどな……。

 他は……他は……。


 ……まぁ……考えるのはもう止めよう……。また眠くなるからな。


 ……それ以上に……何だか鬱になる……。


 兎に角、そろそろクリーク達と合流する必要があるだろう。

 その前に俺には、寄らなければならない処があった。

 そう考えれば、あまりのんびりしている時間も無いんだった。

 本調子には程遠い身体を動かして外出の準備を済ませた俺は、一息ついて魔法を行使したんだ。


「……転移魔法シフト





 辿り着いた先は、禍々しい木々が鬱蒼とした森の中。

 それもその筈で、ここは旧魔王城の足元に広がる大森林だ。

 整備された道はおろか、獣道すら見つけにくい程ここの木々は群生している。

 そんな中でここだけは、ぽっかりと口を開けた場所のように開けていた。

 そしてそこには、やはりこんな場所には不釣り合いと言って良い、妙に小奇麗な丸太作りの山小屋……もとい道具屋が建っていた。


 言わずもがな、ここは「マルシャン道具店」だ。


 知る人も殆ど居ない、これ以上ない隠れ家的な道具屋……いや、もはや隠れ家だ。

 ここは、俺と長い付き合いにある知人マルシャンが経営している。

 主人の意向で、比較的稀有なアイテムが入手しやすいこの場所に道具屋を開店させた……らしい。

 そんな奴自身、未だに現役で一線級の冒険者だ。

 なんせ奴の信条が、


 ―――必要な素材は可能な限り自分で集めて、自分の手で加工し、で提供する。


 だからな。

 まぁ、その適正価格って奴には疑問符がつかないでもないが、そんな奴のポリシーは称賛に値する。

 世の道具屋や卸問屋は、出来上がった商品を仕入れて販売している。

 それが不正だとは言えないが、マルシャンの考えと実行力を考えれば見劣りすると言って良いだろう。


「こんちゃ―――っす……」


 俺は玄関である両開きの扉を大きく開いて、いつも通り気だるげな声を店内へと向けた。


「おお!? なんだなんだ、こりゃ―――勇者様じゃないか。まだ数日も経ってないってのに、もう疲労回復したのか!?」


 その声を受けて、珍しくカウンターに腰を下ろしていた店主マルシャンが驚きの声を以て俺を迎えた。

 マルシャンはこの人界で数少ない、俺の本当の目的を知る人物だ。

 そして3日前、俺は彼に、俺がいつも魔界へと行く時に身に着けている装備一式を預けに来たんだ。

 彼には道具の保管は勿論、そのメンテナンスも頼んでいるからな。


「いや……まだ本調子じゃない……。だから今日は、魔界へ行く為に此処へと来た訳じゃないんだ」


 奴の疑問に、俺は気だるげな様子を隠そうとせずにそう答えた。

 奴と俺の関係を考えれば、今更他人行儀に取り繕う事なんか不要だからな。


「へぇ……。それじゃあ何で、此処に来たんだ? 小汚い部屋でゆっくり寛いでれば良いものをよ。それともお前ぇ、俺にこの間の続きを聞かせにでも来たのか?」


 身を乗り出したマルシャンが、興味深げな表情でそう問いかけてきた。

 この間の……とは、言うまでもなく数日前に魔界であった出来事の事だが……。


「……ああ、別に聞かせてっても良いけどな……」


 俺の返答を受けて、まさかそんな言葉が返されるとは思ってなかったのかマルシャンの顔が驚きの表情で固まったんだった。

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