エレスィカリヤ村の少女

 俺の口にした「提案」に魔王リリアは勿論、四天王の面々も驚きの表情を浮かべていた。

 まぁ確かに、人族である俺が魔族にも人材に心当たりがある……なんて切り出されれば、驚かれるのも無理はないな。


「……その……すまない、勇者よ。もう少し詳しく説明してもらえるだろうか?」


 俺の目の前では、リリアがやや困惑した様子でそう答えた。

 先程の話では、リリアや四天王にだって魔族に当てがないと答えていたんだから、その動揺も当然だな。


「ああ……。俺はこの魔界で、ある事が切っ掛けで魔族の村に厄介となる事が出来たんだ。そこで知り合った魔族の少女が、もしかすればこの案件に適任かも知れないって思ってな」


 俺は、エレスィカリヤ村のメニーナを思い浮かべてそう返答したんだ。

 彼女の、俺が人族の勇者と知っても物怖じせずに接してくれる感性と、何事にも興味を示す好奇心はまず冒険者として適性があると言って良いだろうな。

 もっとも。

 その好奇心が旺盛過ぎて、不安と言えば不安なんだが……。


「この魔界で、人族である勇者が……? その村……何と言う……?」


「ああ、エレスィカリヤって辺境の村だ。魔龍山の麓にあって、そこの墓守をしているって言ってたな」


 俺は、その村の長に聞いた話をそのまま彼女へと伝えた。

 ただ長老はそう言っていたが、ここ最近で魔龍山にある「竜の墓場」へ足しげく通ってるのは俺くらいみたいで、そう考えれば何だか体よく利用されている感が拭えないんだが。

 リリアは俺の話を聞くと、その視線を聖霊ヴィスの方へと向けた。

 それを受けてヴィスは、コクコクと頷いて応えた。


「え……と……。勇者様のおっしゃっている事はその……本当です。あ……あの村の娘を助けた事がき……きっかけで、か……彼はあの村に客人としてその……馴染んでいます」


 そしてヴィスは、俺の話の真偽に答えたんだ。

 それを受けたリリアは、小さく溜息をつきながら顔を俺の方へと戻して。


「あのエレスィカリヤ村に……。あそこは同じ魔族であっても入村を拒否する様な偏屈な村で知られているのだが……良くもまぁ、受け入れて貰えたものだ」


 半ば呆れ交じりにそう口にした。

 どうやら俺は、知らずに難易度の高いクエストをクリアしていたみたいだ。

 まぁクエストの達成には実力も然る事ながら、運が大きく必要になる事も多いからな。


「それで、そこの少女が勇者の眼鏡に適っていると……そう言うのだな?」


 その端正な顔に笑みを浮かべて、リリアは再度そう確認して来た。

 頷いて返答とした俺を見て、リリアは暫し考え込む様に顎に手を当てて「フム……」と押し黙った。

 そして暫しの後。


「……分かった。人材の方は勇者の提案で一先ずは動くとしよう。此方も相応しい人員がいないかどうか、魔界全土を隈なく調べる事とする」


 そう言いながらリリアはナダの方へと顔を向け、ナダは頷いてそれを了承した。


 さて、こうなったら俺は、エレスィカリヤ村へと赴いてメニーナと、長老にエノテーカを説得しなきゃならないって訳か……。

 ここ最近で、ここまで難易度の高いクエストなんてあっただろうか?

 何か、自分で苦難の種をまいている様な気がしてならないんだが……。


「それでは、兎に角この場は此処までとしよう。新たに問題が起こったならば、その都度話し合いにて事に当たると言う事で宜しいか?」


 そんなネガティブ思考に囚われかけた俺の考えを打ち消す様に、リリアがこの会談の終了を宣言した。

 現実に引き戻された俺は、頷く一同にやや遅れて同様に了承した。

 それを合図として、この場は解散となったんだ。

 真っ先に退室したのは四天王だった。

 魔王の近従として、この部屋に俺とリリアだけを残して良いのか? という疑問も浮かばないでもなかったが、今となってはそれさえ些事なのだろう。

 既に事は、俺と魔王の勝敗等と言う事には留まらず、人と言う存在全ての存亡が掛かってるんだからな。


「それじゃあ私達は、このまま姉さんの様子を見てきます。何かあればすぐにご連絡する様にしますね」


 そして聖霊アレティとヴィスもまた、そう言葉を残してこの部屋から消え失せたんだった。

 俺達がどれくらい準備を整える事が出来るのか?

 それは、彼女達の頑張りに掛かっているのだ。

 少しでも長く、時間を引き延ばして貰いたいものだ……。


 せめて……あいつ等が一人前になるまでは……な……。


「あの……ゆ……勇者……?」


 俺も席を立ちこの部屋を後にしようとしていた矢先、魔王リリアから声を掛けられた。

 ただその声音は小さくか細く、何事か照れている様にも感じられた。


「どうしたんだ、リリア?」


 俺には今、彼女と話さなければならない事に心当たりはない。

 ただ、リリアの方にはそうでない雰囲気が醸し出されていた。


「その……きょ……今日は! 会談に応じてくれてその……ありがとう! こうして話す事が出来て……ほ……本当にうれしかった!」


 声が小さくなったり大きくなったり、どう言った心情なのか俺には理解出来なかったが、どうにも彼女が照れまくってると言う事は理解出来た。

 内容としては謝意を表している様だし、彼女が照れるのも無理は無いと言えるが。


「いや、それは俺も望んだことだからな。寧ろこちらが礼を言いたいくらいだ」


 そう答えた俺だが、あまり時間が無さそうだと言う焦りも感じていた。

 それは言うまでもなく「勇敢の紋章フォルティス・シアール」の後遺症……反動によるものだ。

 あの技を使えば、その後すぐにとはいかないまでも確実に睡魔が襲って来る。

 そして俺は長時間意識を失う事になり、目覚めても指一本動かせない状態に陥るんだ。


「いえ……これは、私が望んでいた事だ。それも、そなたが願うよりも遥か昔より……」


 僅かに驚いた俺だが、そんな事はすぐに思考から消え失せた。

 考えてみれば、彼女は俺の何倍も生きている訳だ。

 ならば、俺が「魔王と話したい」という考えに達する等、もう何回も頭の中で検討したに違いない。

 遥か昔に……と言う事ならば、彼女は何代も前の勇者の時から、この場が開かれる事を望んでいたのかもしれないな。


「そうか……。まぁ、新たな問題が浮上して、俺達が話し合っても即平和とはいかない様だが……これから協力して、頑張って行こう」


 俺がそう答えると、リリアは何故か身震いをして更に顔を赤らめて硬直してしまったんだ。

 何だ? 何が彼女に起こってるんだ?


「せ……聖霊様達の話には上らなかったのだが……ほ……本当は、人界と魔界を結び付ける方法は考えられていたのだ……。もうその時間も……無いのかもしれないのだが……」


 俺の言葉にそう答えるリリアは、正しく緊張の度合いMAXだ。

 ただし、俺が思考を正常に保ち続けるのも、そろそろ限界だった。

 辛うじて俺の意識が残っている間に、人界へと戻り装備をマルシャンに預けて、自室へと戻らなければならない。

 ただ、彼女の話す内容にも興味はある。

 人界とこの魔界を結び付ける方法が残されているなら、俺達はその案も採用する方向で考えなければならないからな。

 もっとも疑問なのは、なぜそれをさっきの場で話さなかったのか……と言う事だが。


「そ……その方法とは勇者! わ……私とそなたが……」





 ……あれ? その後の台詞が出てこないな?

 何だか、かなり重大な事を言われた気がしたんだが……。

 まぁ、あの後ショックを受けて動けなくなった俺は、文字通り背中を押される様にしてリリアの私室を後にしたし、時間が無かったから深く考える事も無く急いで人界へと戻ってきた訳だし……。

 仕方がない、この事はいずれリリアに問い直すとしよう。

 俺は随分と長い……本当に長い回想を打ち切って、兎に角眠りに付こうと考えた。

 今は全く動けないが、イルマのお蔭で随分と楽になった気がする。

 この調子なら、3日後にクリーク達の戦闘を見に行けるってもんだ。


 俺は、そんな事を考えながら再び眠りについたんだった。

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