人族と魔族の混成パーティ

「良いですか、魔王様! 私は……いえ、我々は、あなた様の勇者との世界外遊など、決して認めないのでありますっ! 宜しいでありますねっ!?」


 散々説教されて、リリアはグロッキーだ。

 更には最後にその様な言葉で締めくくられて、彼女はKO寸前だった。


 やめてっ! やめてあげてっ! 彼女のHPはもう……真っ赤よっ!


「確かに、リリア。お前がこの魔王城を離れるのはまずい」


 だから俺は、彼女に助け舟を出す事と決めた。

 と言っても、それはナダ達に真っ向立ち向かう……と言うものじゃなく。

 むしろその逆だった。


「ゆ……勇者……」


 まさか俺からも反論を受けるとは思いもよらなかったのか、彼女は僅かに眼を潤ませて俺の方を見つめた。

 いや、そんな目で見ないでくれよ……。


「い……いいか、リリア。俺は勇者と言う立場ではあるが、ある意味では自由の効く『冒険者』の様なものだ。対してリリア、お前はこの城を……延いては魔族を束ねる長……魔王なんだ。そんなお前が長期間城を空けるとなれば、それはそれで新たな問題を引き起こす事とならないか?」


 それでも俺は、心を鬼にしてそう話した。

 そしてその言葉……俺の気持ちが彼女に伝わったようで、リリアの顔には真剣ながらハッとした表情が浮かび上がった。

 この場合の俺の助言と言うのは彼女に賛同するのではなく、ナダのように頭ごなしに否定するんじゃなくて、リリアにも受け入れやすい理由を優しく提言する事だった。

 そうする事で、感情的な否定や反論を緩和すると言う効果がある訳だが……。

 ただ最も驚きを露わとしていたのは、誰あろうナダ達だったんだがな。

 まさか自分に援護射撃をしてくれるとは思いもよらなかったんだろう。

 まぁ何というか……失礼な話だ。


「た……確かに、そこまで私は考えていなかった……。『人』の存亡を考えれば、人界魔界と分けて考える事自体が間違いではあるが、それでもそこに過ごす人々が居り、私はその者達を率いて守る義務があったのだ……。これは……少しばかり私の考えが軽薄だったかもしれない」


 そしてリリアは、俺の言葉にどこか恐縮した表情でそう反省したんだ。

 彼女が俺の言葉に耳を傾けて、理解してくれて良かった。

 俺としても、彼女との良好と言える関係を壊したくはないからな。


「だが、何かしら人族と魔族を結び付ける算段が必要だとは思う……。ただそれは、すぐに効果を得るのは無理だろう。残された時間は少なくとも、それでも双方を歩み寄らせる案が必要なのだが……」


 そしてリリアは、そう付け加えた。

 それは正しく、その通りだ。

 出来ない……若しくは難しい……達成出来ても時間が掛かるから取り組まない……何ていう事は、本当に愚策だ。

 出来る出来ないの判断は、まず行動を起こしてから考えるべき事だ。

 動き出す前に諦めるなんて、俺には出来ないしリリアもそう考えている様だった。


 しかしその場合、どうするかという代案が必要だった。


 俺とリリアならば、正しく問題ない。

 どちらも蟠りなく、不信も抱いていない。

 行動を長く共にすれば、もしかすれば信頼関係だって築けるかもしれないんだ。

 でもそんな事を、他の者達に期待するのは……難しいだろう。

 だが。


「そうだな……。此方には。魔族からも若くて好奇心があり、人族にしがらみの無い人物を選んで、双方を引き合わせる……と言う所から始めるのが現実的だろうな」


 俺の心当たり……と言うのは、言うまでもなくクリーク達だ。

 彼等に魔族との橋渡し役を頼むのは、正直言って荷が重いだろう。

 ましてやクリークには「魔界へ行って魔族を倒す」と言う目的……と言うか夢があった筈だ。

 そんな彼に、魔族の者を引き合わせると言うのは危険かもしれない。


 でも、これは一つの賭けでもある。


 彼は魔族を憎んでいる……と言う事は無い……筈だ。

 単に勇者となった目的として、魔界へ向かう事を望んでいるに過ぎない。

 ならば、彼と魔族が打ち解け合う可能性も……皆無じゃないんだ。


 それに、彼の様な考えの者を懐柔出来たなら、他の人族も同じ様な考えに変える事さえ可能かもしれないんだ。

 そして何より、この「クエスト」には時間がない。

 勿論、数年か数十年……数百年の猶予がある。

 だが有史以来互いを知らず、出会った結果として双方の感情は最悪のものであると考えれば、その認識を変えて行くのにも途方もない時間が必要と考えるべきだろう。

 更にこれが一番の理由なんだが……。


 ―――俺には、他に思い当たるような人物がいない。


 と言う事だ。

 今現在で俺の知人と言えば……。

 過去の仲間達、ライアン、マリア、エマイラ、ロン。

 そして辺境道具屋のマルシャン。

 新人冒険者であるクリーク、イルマ、ソルシエ、ダレン。

 後は……。


 大家さんと……大家さん夫人……か……。


 これが、俺が39年生きて来た人脈……。

 これが……俺が20年以上勇者をして来た結果だ……。


 やべ……涙が出てきた。

 なんか俺……勇者としては兎も角、人として色んなものを犠牲にして来たんだなぁ……。


「どうしたのだ、勇者? 何か……あったのか?」


 そんな俺の異変を察したリリアが、どこか不安気に……心配そうに声を掛けてくれたんだ。

 でも……やめて! 今、声を掛けないで!

 その優しさが……心に染みるから!


「いや……ちょっと色々考えていてな……」


 俺は至極自然な素振りで顔を手で覆い、さり気なく涙を拭きとった。

 大丈夫、彼女にも誰にも気づかれていない筈だ。


 ……と、何だか視線が……?


 その感じた視線を追うと、その先には……聖霊アレティ!

 なんだその、憐みを帯びた眼は!?

 やめて! そんな視線が、一番堪えるんだから!


「兎に角、人族の人材は一先ず勇者に任せるとして……問題は魔族の方だな」


 そう口にしたリリアは、確認する様にナダの方へと顔を向けた。

 それに応える様に、ナダも他の四天王に向き直る。

 ナダに意見を求められた四天王だが、一様に首を振って応えた。


「申し訳ありませぬ、魔王様。我等の知る限りでは、魔族の中に人族との共闘を好んで望む様な者は……いないと思われるであります」


 そしてナダは、本当に申し訳なさそうにそう答えた。


「済まぬな、勇者よ。人選については、もう暫く猶予を頂きたい。何せ魔族には、人界の『冒険者』なる者たちのように、好んで村や町を出て旅をする者は少なくてな。そんな者がいたとしても、それは恐らく一人旅であろうから、探し出すにも苦労がいるだろう」


 成程、それは魔族の性格上分からないでもないな。

 魔族は、その村や町できつく戒められている「しきたり」を大事にしている。

 自分の勝手や希望で、安易にその故郷を離れるような事は出来ないんだ。

 俺はそれを、立ち寄った魔界の村「エレスィカリヤ村」で知ったんだ。

 そこでは、村を出て行きたくとも出来ない少女、メニーナと出会ったっけ……。


 ―――あ……いた……人材……。


 でもそれは、俺の一存ではどうにもならない。

 何よりも、彼女を危険な目に合わせるには気が引ける。

 そして一番の問題が、その村の長と彼女のお目付け役であるエノテーカの猛反対を受けるだろう事は、火を見るより明らかだからだ。


 ただしメニーナの冒険者としての資質は……高いと思う。


 初めてメニーナに会った時、彼女は村の周囲に生息している魔獣「死狼族ヘル・ハウンド」に襲われていた。

 その時彼女は、それまで戦いに身を置いた事が無いにも拘らず魔獣達の攻撃を上手く捌いていたんだ。

 戦いの適性と言うのは、攻撃よりもむしろ防御に表される。

 戦闘とは結局、生きるか死ぬか、倒すか倒れるかなのだが、更に突き詰めれば「如何に生き残るか」と言う所に帰結する。

 俗に「倒される前に倒す」等と言う言葉があり、それはまるで高い戦闘力が求められる言葉と考えられる事が多い。

 だが、実は違う。

 倒される前に攻撃し、相手に全力を出させる前に倒しきる。これは立派に、生き残るための……防御としての手段に他ならないんだ。

 単純に戦いが……どちらの攻撃力が上かと言う事を競いたいなら、相手の攻撃も目にしなければならない。

 そしてそんな馬鹿な事をした結果、待っているのは自分の死かも知れないんだからな。


 それを考えた時、やはりメニーナには高い資質があると思わされたんだ。


「俺に……魔族の方にも心当たりがある……」


 僅かに……だが熟考した挙句、俺はリリアにそう切り出したんだ。

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