最高難易度の「クエスト」

 俺とリリアとの、は成立した。

 だがここで、俺達だけが仲良くなったところで意味はないんだ。

 なんせ敵……と言って良いんだろうな。聖霊達の言う「脅威」は、人族と魔族全体にその危険を及ぼしているんだ。

 ならばこちらも、今までの対立した垣根を乗り越えて手を取り合う必要がある。


「ナダ、ハオス、ウムブラ、ザラームッ! 入って良いぞっ!」


 リリアは、部屋の外で控えているであろう魔王四天王である4人に声を掛けた。

 それをまるで待っていたかのように、すぐに扉が開いてナダ達が一列で入室して来たんだ。

 正しくそれは、魔王に忠義の厚い武人然としていたのだが……。

 それが露骨に表されていて、4人の俺を見る眼が異常なぐらい鋭く痛い。


 ……もう……やだなぁ……。


 4人は魔王の前に横一列で整列すると、僅かに頭を下げて礼を取った。

 そして顔を上げた彼等は、今度はこの部屋にいなかった筈の人物達に鋭い眼差しを向ける。


「そなた達がこの御方たちに会うのは初めてだったな。この御方たちは、この世界を古くから見守って下さる聖霊様。此方が「闇の聖霊」ヴィス様。そしてこちらが「光の聖霊」アレティ様だ」


 リリアに紹介された聖霊たちが、僅かに頭を下げて挨拶とする。

 そしてナダ達と言えば。


「こ……これはっ!」


 すぐに片膝を付き、深々と頭を下げたんだった。

 まぁ……万人が知る処の聖霊様なんだ。彼等の反応は至極当然のものだろうな。

 でも何というか……この、俺の対応との違い。

 わかっちゃいるけど何というか……釈然としないな……。


「そなた等、顔を上げるが良い。聖霊様も、その様にかしこまれていては話し辛いと言うものだろうから」


 僅かに微笑みながら4人に声を掛けたリリアは、その視線を聖霊様達の方へと向けた。


「はい。私達を敬っていただける事は有難いのですが、この場では不要です。それよりも大切なお話があるのですから」


「……です」


 そしてそれを受けたアレティがそう答え、ヴィスもそれに応じて深く頷いた。

 聖霊のその言葉を聞いた彼等は、僅かに躊躇を見せたが立ち上がり不動の姿勢を取った。

 そして、再び「人の今後について」の話が開始されたんだ。


 彼等を招き入れたのは、正しく「全ての人の今後」を話す為だ。

 俺とリリアが個人的な友誼を深めた処で、結局は人全体の結束とはなり得ないからな。

 ……いや、少しばかりは効果があるかもしれないが。

 そんな壮大な話をするんだ、近辺の者達は少なからず事情を理解して協力してくれるようにしておかないと、今後の話なんて出来やしない。


「な……何と言う事でありますかっ!」


 事情を聞いたナダ達は、一様に驚き絶句し、困惑の表情を浮かべていた。

 そりゃそうだ。

 今まで人族を……少なくとも、俺の事を敵だと思って来たんだ。

 それを今更、そして今日この時から味方だ同士だなんて言われた処で、混乱の度合いが増すだけだろうな。

 そしてそれは、此処だけには留まらないだろう。

 この事を全ての「人」に公表すれば、大きな波紋となって人の住む社会は混乱の極みに達する事は容易に想像出来た。

 でも……やらなければならない。


「さて、この場だけでもこれだけの混乱を招いているんだ。精霊アレティには何か腹案があっての事だと思うんだが?」


 ただ単にこの事実を公表しても、人族と魔族が手を取り合うとは思えない。

 いや……なまじ国家として成り立っているからには、もしかすればどちらがイニシアチブを取るかで揉めて、一向に話が進まないって事も考えられる。


「……さぁ……? どうしましょうか……?」


 顎に人差指を当てて、小首を傾げた聖霊アレティが俺の質問にそう答えた。

 その隣では、聖霊ヴィスも同じ仕草で頭に疑問符を浮かべている。


 いや、二人してそんな仕草は美しくも可愛らしいけど、聖霊様達がそんな事でどうするんだよ!


「……ふむ……。これは……出だしから難題の様だな……」


 そんな2人の姿を見ても、魔王リリアはダメージ無くそう独り言ちた。

 成程、女性であるリリアには、彼女達のその仕草がどれくらい破壊力を秘めているのか分かっていないんだろうな。

 それが証拠に、俺だけじゃなくナダ達にも動揺やテレが伺える。

 うんうん、お前達……分かる……分かるぞ……。

 たったそれだけで……俺は何だか彼等に、親近感の様なものを抱いたんだ。

 いや……きっと彼等も……。

 そう思って、俺はナダ達の方へと優しい視線を投げ掛けたんだが。

 返って来たのは、全員からの射す様な視線だった……。


 何だよ、一体……。


「聖霊ヴィス様……。第3の世界がこちらと繋がるまでに、どれくらいの猶予があるのでしょう?」


 俺が四天王達から睨まれて居心地を悪くしている間に、リリアは何らかの考えをまとめたのか聖霊ヴィスにそう質問した。


「あの……わ……私達の姉である『聖霊ヴェリテ』が作り出している……は……『狭間の障壁』は……日に日にその力を……よ……弱めています……。だ……だから……」


「ですから、私達も姉と合流し「狭間の障壁」を維持するために力を貸そうと考えています。その結果、すぐに障壁が破れる事は無いと考えられますが、それがどの程度持続されるのかは……分かりません。数百年後か……数十年後か……数年後なのか……」


 話す事が苦手……と言うか、どうにものんびりとしたヴィスの後を継いで、アレティがそう説明した。

 その横では、姉の言葉に合意しているのかヴィスが頻りにうんうんと頷いている。


「ただ、今日明日と言う事はございません。それまでにあなた達には、人族と魔族を結び付ける努力をしていただきたいのです」


 そしてアレティは、そう言って話を締め括ったんだ。

 もっとも聖霊アレティは「努力」なんて言葉を使っているけれど、その実必ずやり遂げなければならないクエストに他ならない。

 まったく……。まさかこの歳でまたクエストをやる羽目になるとはな……。

 しかも、失敗は許されない。

 俺達がこのクエストを失敗すると言う事は、それは即ち「人」の敗北を意味するんだ。

 勿論、必ず人族魔族が全滅すると言う事は無いかも知れない。

 どちらかの種族だけでも、十分に渡り合える可能性だって否定できないだろう。

 でも……その被害は甚大だろうな。

 そして、そんな楽観論を鵜呑みにして何もしないなんて論外だ。


「そ……そこでだな。わ……私に一つ案があるのだが……」


 途方もないクエストを前にして押黙った時間が流れ、それを破ったのは何故か俯き顔を真っ赤にしたリリアの発言だった。

 当然の事ながら、俺達の視線は彼女へと向けられる。

 そして彼女は、更に顔を赤らめて小さくなったんだ。

 どうしたんだ、一体……?


「ま……まずは少なくとも、人族と魔族が手を取り合っているという姿を見せる必要があると思うのだ。それには、その様にな……仲睦まじい姿をさらす必要がある……と思う。そ……そこで……」


「なりませんぞ、魔王様っ!」


 話せば話すほど顔を真っ赤にするリリアがいよいよ核心を話そうとしたその時、控えていたナダが何かを察したのかリリアの話に割り込んでそう静止したんだ。


「ナ……ナダ!? 私はまだ、全てを話しては……」


「いいえ、魔王様、私にはあなた様の言おうとしている事が分かるであります。おおかたそこな勇者と人界魔界を周り、その姿を公表すると言う事でござりましょう?」


「う……」


 リリアの懸命な反論も途中で遮られ、ナダが話した内容を肯定する様に彼女は言葉を詰まらせてしまった。

 俺としては、まさか彼女がそんな事を考えたなんて思いもよらなかったんだが。

 成程、そう言った行動でアピールするのも一つの手ではある。

 ナダのように、頭ごなしに否定するのは如何なものかと思わないでもない。

 ただし、その方法ではどれ程時間が掛かるのか知れたものでは無いんだが……。

 なんせ回るのは人界と魔界の全て……洩れなく世界の隅々なんだからな。


「魔王様、あなた様はその勇者と世界を見て回れ、楽しいとお考えでありましょう。それにその方法では途方もない時間が予想されましょうが、あなた様はそれさえも良しと考えておられましょう?」


「いや……それは……その……」


 まさかリリアがそこまで考えていたとは、流石に俺も思いつかなかったな。

 でも確かに……2人で世界を改めて回ると言うのは、それはそれで楽しいかも知れない。

 俺も、俺と同等の実力者とパーティを組むなんて、随分と久しぶりだしな。


 ただリリアには別の思惑もあったらしく、終始ナダの反論に押されていたんだった。

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