強制された役割

 「そして勇者よ……。あなた達の住む世界『人界』もまた、私の影響下にあります。人族は総じて高い智慧ちえを得る事となり、その力を以てして様々な知識を得、それを利用する術を得たのです」


 聖霊ヴィスの話を受け継ぐようにして、聖霊アレティが俺にそう語りかけて来たんだ。


 確かに、人族は魔族に比べれば非力だ。

 それでも俺達人族が魔族と渡り合えているのは、その力の差を補って余りある「知恵」のお蔭だと言えなくもない。


 ……まぁ、勇者である俺は例外だがな。


 人族には魔族では作れない……いや、少なくとも使った処を見た事が無い物を作る事が出来、利用することが可能なんだ。

 戦闘に際しても実に効率よく、そして連携を得意としている。

 こんな戦い方は、一騎当千を旨とする魔族には出来ない事だった。


「何故……何故わざわざそんな事をしたんだ?」


 例え「異変」とやらがあったとしても、世界を分割などする事が無ければ、人族と魔族は争うような事は無かった筈だ。

 そして出会い方さえ間違わなければ、もう少し違った関係を築けたかもしれないんだ。


「それは、3つ目の世界が出現するその時に備える為……。仕方の無い事だったのよ」


 やや顔を伏せたアレティは、その表情に物憂げなものを浮かべていた。

 もしかすれば、聖霊たちの決断も断腸の思いだったかもしれない。

 ただ、疑問は尽きる事が無く湧いて来る。

 そもそも、その「3つ目の世界」ってのは何なんだ?


「聖霊アレティよ……私達の世界の他にもう一つ世界がある事は分かった。しかし何故その世界と繋がる為に備えなければならなかったのだ? それも……すべての『人』を巻き込んでまで……」


 人界と魔界の出会いは、最悪なものだった。

「異界洞」が見つかって、魔族がそこから大挙して人界へとなだれ込んで来たらしい。

 そして、初めて会う種族同士として接見した双方は、戦いという手法で互いを認識したのだ。

 その結果、魔族は長期にわたり人界へと居座り続け、多くの人族の命を奪った。

 聖霊アレティの話が真実ならば……いや、真実なんだろうけど、本当だったならもう少し争いなく分かり合えていたかも知れないんだ。


 そんな多大な犠牲と大きなしこりを残す結果を生んでまで、「人」を2つの世界に分けて住まわせた理由は……何なんだ?


「それは、人族と魔族のそれぞれの特性を見ればわかると言うもの。魔族は戦士の種族として、人族は前線で戦う魔族のサポート役としてそれぞれ成長してもらう為です」


 リリアの問いに対するその返答に、俺とリリアは言葉を失ってしまっていた。


 それは……なんて壮大な……。

 なんて壮大な「パーティ」の育成なんだ……。

 1人や2人を育ててと言う話なんかじゃない。

 人族と魔族……全人類を巻き込んで、魔族を前衛とし人族を後衛役と捉えて、何百年にもわたって取り組まれた気の遠くなるような長さの育成だと言えた。


「私達の姉である『聖霊ヴェリテ』の見守る第3の世界では、正しく異形の人種が生息しています。彼等との会合や和解は有り得ません。人族と魔族の取り得る道は、戦って生き残る以外にあり得ないのです」


 ここで漸く、伏せられていた「第3の世界」についての概要がアレティによって語られた。

 その話の片鱗から推測するに、どうにも第3の世界に生息する奴らは好戦的であり、話の通じない相手らしい。

 なるほど、そう考えれば全人類で事に当たらなければ、こちらに多大な被害が及ぼされるだろうな。

 でも……。


「しかし、その『第3の世界』の住人とやらは、そこまで警戒しなければならない程の存在なのか? 例えば人界と魔界の戦士達を集めれば、それに立ち向かえると言う事は無いんだろうか?」


 俺の疑問に、リリアも頷いて賛同した。

 何も、全人類を巻き込んでまで戦いに備える必要などないんじゃないか?

 魔族が総じて高い戦闘力を持っている事は分かっているとして、人界にもそれなりに強い人材はいる。戦う事の出来ない一般人や女子供まで巻き込んで、第3の世界に当たる意図が今一つしっくりと来なかったんだが。


「勿論、そうなれば良いとは考えていますが……彼等は強い。個々の力だけで言えば、人族魔族を大きく凌駕します」


 そう返答したアレティは、「あなた方は例外ですけどね」と付け加えた。

 確かに、俺やリリアのような存在がそこかしこに居たら、この世界のバランスは著しく崩れもっと血生臭くなっていただろうな……。


「故に様々な事態を想定して、人族魔族全ての人々にそれぞれの役割を課したのです。種族として襲い来る者に対しては、種族として立ち向かわなければなりません。この事に関しては、誰一人として関係の無い者など居ないのですから」


 なるほど確かにこれは、種族の存亡をかけた総力戦となるだろうな。

 そんな中では、誰一人として例外となる者はいない筈だ。


 ただしそれは、現状で聖霊たちが思い描いているだけの話でしかない。


「そうは言っても、今の状況で双方が手を取り合う……なんて、考えられると思うのか?」


 何度も言っている通り、人族と魔族の出会いは最悪だった。

 そして今現在でも、人族は魔族を嫌悪している。いや……そんな言葉では生ぬるい……憎悪していると言えるだろう。

 魔族の方がどう考えているかは分からないけどな。

 俺の言った事は聖霊アレティの話に対する否定論であり後ろ向きな発言だが、現実的な問題でもあるんだ。


「それに関しては勇者よ……魔族を代表して謝罪しようと思う……。いや、謝って済まされる事で無いのは重々承知しているのだが、それでも謝らせてほしい」


 そんな俺の台詞に応えたのは、聖霊ではなく魔王だった。

 彼女は言葉だけではなく、その表情にも申し訳ないと言ったものを浮かべて、何処かしらしゅんとしていたんだ。

 そんなリリアを見ると、何だか俺が彼女を責めている様でどうにも居心地が悪くなる。


「いや、リリアが気にする事じゃない。元々魔王軍が攻めてきたのは、もう二百年も前の話だったんだ。お前が指示した訳でも無いだろう? だから気にするな」


 だから俺は、彼女に謝罪は無用だと言ったんだ。

 だけどそれは、何も彼女の事を慮っての事だけじゃあない。

 魔王軍が人界へと攻めてきたのは、もう何代も前の勇者が活躍した時代の筈だ。

 昔の事に、今を生きる俺達が責任を感じる必要なんて無いんだからな。

 事実俺は、魔界にも魔王にも何らしがらみを感じていない。

 だから俺は魔族の人達とも普通に接せられているし、魔王とも話をしようと思えたんだ……けど。


「いや……人界に兵を派兵したのは私の指示だったのだ。本当は私自らが赴きたかったんだが、魔王と言う立場ではそれも儘ならず……。送り出した部下の行動も、報告を聞くだけに留まっていたんだ。まさか人界では魔族によって非道が繰り返されていたなどとは……つい最近まで知り得なかったのだ」


 どうやらそれは、俺の考えを大きく飛び越えていた様だった。


 って、やっぱりか―――っ!

 やっぱりリリアは、見た目通りの年齢じゃ無かったのか―――っ!

 分かってたけど、やっぱり事実を知ると愕然とするな。

 それもちょっとぐらい……なんてレベルじゃない。

 人族と魔族の争いの種をまいたのは、ある意味で彼女だと言う事なんだからな。


「え……と……。その……あれだ。それでもあれは、どちらが先に攻めていたかという話であって、それが偶々魔族の侵攻が先だったという事らしいからな。結果論だけど、お前が気に病むことじゃ無いよ。それに……」


 そう……俺はその事実を、以前旅を共にしていた仲間、魔女のエマイラと武闘家のロンから聞いたんだ。

 新天地への道が開けたと聞いた人族もまた、今でいう魔界への侵攻を準備していたんだ。

 もっともそれも、攻め込んで来た魔族軍に蹴散らされて大敗、結果として居座られる事となったんだけどな。

 それを聞いた俺は……ハッキリ言ってあきれたんだ。

 被害を受けたのが最終的には人界側だったというだけで、まるで一方的な被害者の態度を取る王族達に……だ。


 ただそれは、俺が言い触らしたり非難するような事じゃない。

 事実としては、居座る魔族に苦しめられていた人族がいたんだからな。

 俺の使命は、そんな窮状に置かれている人々を救う事だったんだから。


「……リリア、お前は王だろう? 王たるものは、そう簡単に自身の決断を翻したり謝罪するもんじゃない。お前の決断に、多くの者が命を賭して付いて来るんだ。例え後々間違いだったと気付いても、それを悔いて歩みを止めては駄目だ」


 それに彼女は、俺とは決定的に立場が違う。

 リリアは魔王として、この魔界全土を統べているんだからな。

 時には意に添わぬ決断も迫られるだろうし、納得がいかなくとも進まなければならないだろう。

 まぁそんな話も、俺は仲間達に聞いた事なんだけどな。


「……そうか……分かった。その……アリガト……」


 俺の言葉に目を丸くして耳を傾けていたリリアが、どうやら納得たのか顔を真っ赤にしてそう返答した。

 声が小さくて最後の方は聞き取れなかったが、兎も角彼女が自責の念に苛まれ、それを追い目と感じるような事は無くなった様で何よりだった。


 だが、ここで俺とリリアが過去の事を水に流しても意味はない。

 問題は、どうやって人族と魔族を結びつけるかと言う事なんだからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る